10-5 空中要塞、インジデット
「そろそろか……」
後ろに顔を向けていたグレイヴァが、突然ぼそっと呟いた。
次いで、こちらに向き直り、
「もう雑談してる時間はないからな。任務の話するぞ」
子供を叱るような口調で言う。
俺は一瞬考えて、
「さっきから時間と後ろを気にしてるけど……なんかあんの? 急ぎの用とか?」
「あ、今更それ聞くんだ」
後ろで淡々とフィルがツッコム。
それを華麗にスルーして、俺はもう一度『どうなの?』と聞いた。
「あん? いや別に、ギイは急いでない。――来たってだけだ」
「来た……? 何が……?」
「お前らの任務の目標」
言って、グレイヴァは上を指差す。
俺は反射的にその先を目で追った。
視界に入るのは、大量の木の枝と緑の葉。
その隙間から覗く薄青い空と、低い位置をゆったり流れていく分厚い雲がいくつか。
この時見えたのはそれだけだったから、一瞬、どれが目標なのかわからなかった。
だから、もしかしたら、グレイヴァのように姿を隠せる妖魔なのかもしれない、と思った。
それは間違いだとわかったのは、次の瞬間――
突然、辺りが暗くなってから。
**
それは、雲より流れるのが遅く、雲よりずっと高い位置に浮かんでいた。
長方形の箱を大量にくっつけて、かなり歪な細長い楕円を形作る灰色の塊。なんの意味があるかは知らんが、ところどころになっがい棒が刺さっている。いろんな色の、ゆっくり点滅する小さなライトが付いた箱もある。
あまりの衝撃に、俺はすぐには反応出来なかった。
そこまで驚いたのは、箱の塊が浮いていたから――ではない。いや、それもあるが、もっと別の理由がある。
めっちゃでけぇ……
マジででかい。半端なくでかい。
どのくらいでかいかというと、豪華客船を真下で見るレベル。
枝葉のせいもあるが、空は完全に見えなくなってしまった。
「なにあれ!? でかっ!」
箱の塊の中心が頭上を過ぎたところで、ようやく俺は声を上げた。
グレイヴァが言う。
「あれがお前らの任務先だ。悪魔が作った空中要塞、その名も"インジデット"!」
「名前あるんだ!? しかもちょっとかっこいい!」
視線を戻してそう返すと、ヘルは片手を腰に当てて胸を反らし、
「でしょう? 私が名付けました」
「おぉ……さすがオタク。良いセンスだな」
俺は親指立ててグッジョブサインを作った。
それから再び要塞を仰ぎ見て、
「いやーしっかし……あんなでかいもんが空飛んでるなんて……いかにもファンタジーって感じがしていいな! テンション上がる!」
と浮かれまくって叫んだ瞬間、ふと、背後から声が聞こえた。
「――あれだけの質量を浮かせ続けるなら、魔力だけじゃ消耗が激しすぎて不可能…………魔力増幅と維持装置で補ってるってところか…………だとすれば、少量の魔力で飛び続けるように作ってある可能性の方が高いな……」
振り向いてみると、一人ぶつぶつ考察しているフィルと、ただ黙っているだけの矢鏡が揃って空を仰ぎ見ていた。
それからフィルは数秒黙り、ふむ、と小さく呟いてから、
「今回も厄介そうな相手だね。まず間違いなく、高度な科学技術と多大な魔力を持ってる」
「問題は倒すタイミングだな……
倒したら落ちるだろうから、人里が無いところを狙わないと」
淡々と矢鏡が返す。
これが、夢の無い大人たちの会話である。
おかげでテンション戻って冷静に話が聞けそうだよありがとう。
……あーつまんねー……
「――任務内容を説明する」
このタイミングで口を開くグレイヴァ。
自然とそっちに目をやる俺達四人。
「目的は一つ。
あの中に、討伐任務を受けた主護者が二人いるはずだ。そのどちらか片方にこれを渡してくれればいい」
言いつつグレイヴァはスッと右手を上げ、その中にある物をかざして見せる。
トランプより一回り大きく、薄い小説くらいの厚さの透明なプレート。俺から見て左上の角の方に、波線を組み合わせたような謎の模様が、黄色と白で描かれている。そのワンポイントアクセントはなかなか良い趣味してると思うけど、俺にはプラスチック製のただの板にしか見えない。
「それ何? どうやって使うもんなの?」
「お前が使うことはねぇから気にすんな」
質問したらそう返ってきた。しかもかなりぶっきらぼうに。ひでぇー。
後で矢鏡が説明してくれたが、このプレートは携帯みたいなものらしい。
その名も"リコゼ"。ようやく率直じゃない名前がきた。
通信機と同じ機能プラス、メールでのやり取りが可能だという。携帯との違いは、送り先も伝えたい文章も、思い浮かべるだけで自動的に書き込まれるというところと、何人でも同時に通話が出来るところ。
どう考えてもスグレカより便利な代物なのだが、ひじょーに残念な事にこれ一個作るのにかなり時間がかかるらしく、今現在六個だけしかない貴重なものなんだと。だから普通は、量産が可能なスグレカを使って、持っていた方がいいと判断された六人にだけリコゼを持たせているらしい。以上説明終わり。
「それだけでいいのかい?
最強コンビに頼むにしては、随分簡単な仕事だね」
不思議そうにフィルが聞いた。
グレイヴァは腕を組み、にぃぃっと笑う。
「まぁな。けど、他に頼める奴がいない。
罠だらけの悪魔の要塞でも平気そうで、なおかつ今手が空いてるのはお前らだけだ。
――ギイの術は、姿は隠せるが透過は出来ねぇからな。罠に気付けなけりゃ引っ掛かっちまう」
「なるほど。確かに、グレイヴァとヘルには荷が重いね」
「明らかに死ぬ可能性のが高いだろ?
つーわけで、頼んだぞ。渡したらシンに連絡して、次の指示を貰ってくれ。
あぁ、それと――
華月京はまだ転移が使えないっつーから、上まではヘルが連れて行く。そしたらそこで、ギイ達とはお別れだ。次の任務もあるしな」
「りょーかい。けど、その前に一つ聞きたい」
俺はそう言ってから、すでに頭上を通り過ぎた要塞を指で差して、
「潜入してる主護者って誰? どんな奴? それ知らないと探せないんだけど」
「あん? あー……」
問われてグレイヴァは、口角を下げて数秒黙り、
「それはギイも知らねぇ。シンに教えてもらう余裕無かったしな……
でもまぁ、会えばわかるだろ。そっちの二人が」
俺は一度、肩越しに二人を見やり、きょとんとしている二人と目を合わせてから、再びグレイヴァの方を見た。軽く肩をすくめ、
「……りょーかい」
「とりあえず、こいつはディルスに渡しておく」
言いつつグレイヴァは、矢鏡に向けてリコゼを放り投げる。
スマートにさらっとキャッチする矢鏡。
イイイイイイ、と笑ってからグレイヴァが言う。
「華月京だと壊しそうだからな」
「失礼だな、壊さねぇよ…………多分」
「多分じゃ困るんだよバカ力。それ、かなり貴重な物なんだぞ」
「わかったよ。渡すのは矢鏡に任せる。
――ってことで、そろそろ行くとするか。頼むぞヘル」
「任せてください」
ヘルは小さく頷くと、一歩前に出た。大鎌を両手で握り、刃と逆の方の先端でトンッと地面を軽く突く。そして、
「パスティーピープルトリンクル! 空の彼方に飛んでいけ♪」
やたら軽いトーンで変な呪文を言い放つ!
同時に、見えるもの全てが白い光に包まれ――
視界が晴れた時には、俺達五人は悪魔の要塞の上に移動していた。
位置はほぼ後ろ端。
でかい船の甲板みたいな場所であり、そこそこ離れた先頭の方には、ひじょーに雑だけど隙間を作らないように箱を積み上げたって感じのでかい建物がそびえ立っている。
要塞の色は灰色にちょっと青を混ぜたような感じ。全体的に機械っぽい印象なのだが、どー見ても鉄製ではない。表面つるつるの石――そう、大理石っぽい。異世界だから、多分大理石ではないと思うけど。
建物の左側には四角い大きなドアがあって、いかにも『ここから入れよー』と言わんばかりに、こちら側に開け放たれている。
要塞の移動速度は速くはないが、高度があるせいで風はそこそこ強い。
一通り周囲を確認した俺は、ジト目でヘルを見やり、
「……さっきのが転移の呪文? すっげー変だな。言うの恥ずかしくない?」
正直な感想を言うと、ヘルは遠い目をして口元に小さな笑みを作る。
「もし私が、術も何も使えない普通の人間だったなら、ただの"痛い人"とみなされるのでかなり恥ずかしいですが……幸福なことに本物の魔法使いですので大丈夫です。
むしろ、生前見まくっていたオタクの夢が叶っているので超ハッピーです。一年かけて自分で作った呪文なので余計に嬉しいです。
――貴方もそのうちわかりますよ。高位の術を使う時は言霊が必要になると思うので。その方が威力上がりますし、通力の節約になりますからね」
「あー……それ前に矢鏡が言ってたな……。そのへんは現実的だよなぁー……」
「世の中甘くはないってことです」
静かに言って、ヘルはグレイヴァをちらっと見た。
グレイヴァは若干首を傾け、すぐに戻してから、
「じゃ、確かに送り届けたからな。敵に見つかる前にギイ達は去る」
「次は趣味の話をしましょうね、華月。
――では皆さん、しばらくさよならでーす」
ヘルは片手を上げて、明るく言った。
途端。二人の周囲にオレンジの光が現れ、シュンッと一瞬で姿が消える。
そして、グレイヴァとヘルはこの場からいなくなった。
俺は一拍の間を開け、
「……あの変な呪文言わなかったな……」
ぼそっと呟いた。
言わなくてもいいんなら、なんでさっきは言ったんだろう……
しかもポーズまでつけて。
俺はくるっと体を反転し、矢鏡達の方を見て、
「すげー変な奴らだったな」
苦笑交じりにそう言うと、
「……あれくらいなら"普通"に入るよ」
「変わった人の集まりだからねぇ、主護者は」
矢鏡が淡々と、続いてフィルが爽やかに応える。
「そうなの?」
首を傾げて尋ねると、フィルはくすっと笑い、
「他人や世界のために、命を懸けて妖魔と戦おう――なんて、普通はしないよ」
「あぁ……それもそうか。"普通"の奴は弱いもんな」
素直に納得して、俺はうんうん頷いた。
そんな俺を、矢鏡は何か言いたげな目で見てきた。
ふっ……
そんなはっきり言うもんじゃない、なーんて目をしたって無駄だぜ。
俺は自分にも他人にも正直に生きるって決めているからな!
「――話はこれくらいにして、もう行こうよ」
穏やかな口調でフィルが促した。
俺は、あぁそうだな、と返してから、開きっぱなしの入り口を指差し、
「やっぱあそこから入る? すげーヤな予感するけど」
「じゃあ他の場所から入ろう。君の勘は当てになる」
言って矢鏡は、きょろきょろ辺りを見回す。
俺は片膝立ててしゃがみ、地面をこんっこんっと軽く叩きつつ、
「この辺壊して入るってのはどう?」
「いいかもしれないね。これだけ大きい要塞なら、異空間への入り口があれ一つだけってことはないと思うし」
入り口をじっと見たまま、フィルが答えた。
俺は少し考え、
「……どーいうことか聞きたいけど……聞いてもわからないだろうからやめる……聞かなかったことにする……」
苦笑いを浮かべ、小さく頭を振った。
すげー気になるんだけどな……俺ののーみそで理解出来る気がまったくしない……
実際、前回の城で異空間のことを聞いた時、ぜんぜんわからなかったし。
わかったのは、構造がめちゃくちゃになってて、常識が通じないってことくらいか。
俺は、ふーっと長く息を吐き、
「……ん?」
あることに気付いた。ゆっくり周囲を見渡して、
「なぁ……なんか聞こえない? 『きー』……みたいな」
と言った直後。
チュインッ!
「おわっ!」
右横から光る棒みたいなのがすげー速さで飛んできて、俺の足元に突き刺さった。棒は床に吸い込まれ、跡形も無く消える。
俺は慌てて、棒が飛んできた方を見た。
四角やら丸やらへと変形を繰り返す人の頭とほぼ同じ大きさの青い塊が、大分離れた要塞の端で宙に浮かんでいた。
「なんだあれ」
呟きつつ、とりあえず斬ろう、と俺は刀を現し手をかけて――
「壊してる暇は……なさそうだよ」
フィルの呆然とした声に、刀を抜くことをやめた。
要塞の下の方から、同じ塊が大量に上がってきた。それも十や二十どころじゃない。
多分、余裕で千に届く。
それら全てが、俺達の方を向き――
次から次へと、当たったらやばそーなビームを撃ってきた。まるで雨だな。
「それ反則! 近付けねぇじゃん! 矢鏡なんとか出来ねぇ!?」
術使って、踊るように前後左右に避けつつ俺は叫んだ。
「ディルスなら落とされたよ!」
「はぁっ!?」
慌てたようなフィルの声に振り向くと、フィルは少し離れたところで、緑色の半透明なでかい三角錐の中にいた。片手を胸の前に上げ、人差し指と中指をぴっと立てている。
不思議なことに、緑の三角は襲い来るビームを全て弾いていた。
「早くこっちに!」
フィルが叫ぶ。
迷わず俺は三角錐に向かい、触れる前に一瞬、俺も弾かれるんじゃね、と思ったけどそんなこともなくすんなり入れた。
三角錐はそんなに大きくないため、フィルとの距離はそこそこ近い。手を伸ばせば、余裕で肩を掴めるほど。
「矢鏡が落ちたってどういうこと!? あとこのすげーの何!?」
「あの塊が現れたと同時に、ディルスの足元の床が一瞬で消えたんだ。それで、そのまま落ちていって……床はすぐに塞がった。
――で、これは風系の特性だけが使える"障壁"。結界みたいなものだと思ってくれればいいよ。但し、通力の消費が激しいし、そんなに強くないから、長くはもたないけどね」
「ビームの次はバリアーか……一気にSFになったな……
つーか、矢鏡何してんの? 探す奴増えちゃったじゃん」
軽く呆れて言うと、
「……とりあえず、今はあれをなんとかしよう。もう、障壁がもたない……」
フィルは眉根を寄せて言った。ちょっと苦しそうな顔だ。
俺は慌てて考えて、
「あ、じゃあもうあそこから入ろう! 他に手が無いし!」
「うん……じゃあ、障壁維持しながら走るから……外に出ないようについてきて」
「おう!」
頷いたのを合図に、入り口に向かって走り出すフィル。余力がないのか、肉体強化は使っていない。なので、余裕で後ろをついていけた。ビームシャワーも追って来たけど。
それほど距離がなかったため、俺達はすぐに入り口に到達し、入ると同時にドアが閉まった。ガンッとでかい音が鳴る。
やっぱ閉まったか……予想通りだな。単純な罠だ。定番すぎてつまんねー。
俺は一度ドアを見て、それから周りを確認した。
左右と前に、広い通路が伸びている。前回の城とは違って昼間みたいに明るいけど、何故か奥まで見通すことは出来ない。奥に行くほど、ぼやけて見える。
いっとくけど、俺の視力が悪くなったわけじゃないぞ。さっきまでちゃんと遠くまで見えてたからな。
次に、俺は隣に目を移した。
フィルは若干前かがみになり、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返していた。
「大丈夫か?」
「……うん」
心配で声をかけると、フィルはこくりと頷いた。次いで、顔を上げてにこっと笑い、
「ごめんね。僕、障壁あまり得意じゃなくて……」
「使えるだけですげーよ。助かったし。ありがとな、フィル」
俺もにっこり笑顔で返した。
その瞬間――
正面から、ものすごいスピードで何かが飛んでくるのが見えた。
狙いは――フィル。
「ちっ!」
俺は咄嗟にフィルの前に移動し、刀の鞘でそれを受け止めた。
それは砲丸投げに使う球みたいな黒い塊で、不思議なことに当たった衝撃は無かった。
だが――
「なっ――」
黒い塊は当たるとすぐに、まるで液体のように眼前に広がる。
飛ばされる――
何故か、俺は瞬時にそう思った。
「華月――」
俺の名を呼ぶフィルの声が、すごく遠くに感じた。
そして、何も見えなくなった。
これで10話は終了です。




