10-4 他種族
「――と、話が逸れたな。
とにかくギイは、お前の話を広めるために魔界を回っていた。
そして、約半数に伝えたところで――魔王がギイの前に現れた」
「へーいいなぁ俺も会いたむぐ」
正直な感想を声にしたら、後ろからフィルに口を塞がれた。次いで、しーっ、と耳元で囁かれる。話の邪魔をするな、と言いたいのだろう。
わかったよ、大人しく聞いてるよ……
一拍の間を置き、フィルが俺から手を離したところで、グレイヴァは短い溜め息を吐いた。
「お前が世界を渡ったことと、ギイが広めた話で盛り上がっていた妖魔どもを、シンの頼みで魔王が鎮めたことを知ったのはその時だ。
ギイの作戦がシンにばれたっつーのもやばいと思ったが……お前が地球を出たことが一番やばいからな。ギイは慌てて作戦を変えようとした。
――だがその前に、魔王から非常に良い知らせを聞いた。
"元エルナは主護者になることを選んだ"――ってな。
だからギイは、魔王にこう提案した。
『戦うことを選んだってことは、そいつは強くなるはずだ。なら、妖魔どもをたぶらかしてそいつを狙うように仕向けた方が良い。元最強の主護者だから自力で片付けられるだろうし、それでシンは安全になる』
魔王はすぐに賛同し、有難いことに協力までしてくれた。
――つーわけで」
言いつつグレイヴァは片手を肩まで上げ、薬指以外をピッと立てる。
「エルナ弱体化の話を広め直して、騒ぎを復活させたから。
今後どかどか襲ってくるだろうけど頑張れ。後は任せた」
「えっ! 丸投げっ!?」
「あぁ。だから伝令役を買って出て、説明するついでに謝りに来た」
「しかも『ついで』!? 謝るのが『ついで』!? お前謝る気無いだろ!?」
「まぁな。けど、最初はちゃんと謝る気だったんだぜ。お前が相変わらず失礼な奴だったから止めただけで。まったく……人の話は最後まで聞けっての」
呆れたように言うグレイヴァに、俺も負けじと不満げな顔をして、
「だってなげぇんだもん。要するに、シンを護るために俺を囮にし直したってことだろ?」
「まぁ……結論だけ言うとそうですね」
ヘルが淡々と答えた。
俺は腕を組み、
「だろ? それでいいじゃん一言で。その方がわかりやすいよ」
と言うと、グレイヴァは三秒ほど間を開けてからヘルに顔を向け、
「……こいつ本当に記憶無いんだよな? ちょっと学付けただけじゃね?」
「いやー……私もそう思っちゃいましたけど…………でも、シンは確かに『変わった』って言ってましたし……」
ヘルは眉根を寄せて少し考え、次いでぱっと笑みを作る。
「――あ、ほら、やっぱりエルナじゃないですよ。
だってエルナは、私の話には興味津々でしたけど、妖魔がいないからって地球に行こうとはしなかったんですよ。だから地球のことは知らないはずです。
それに、エルナはちゃんと女性らしい言葉遣いでした」
「あー……そういやそうだったな」
「人格が変わっても、情報さえ残っていればここまで同じになるってことですよねぇ」
「バカなのは直っててほしかったけどな。
――まぁいい。そんなことより次の話だ。お前らの任務についてだが――」
「はーい! はいはいはいはい!」
グレイヴァの言葉を邪魔するべく、俺はこのタイミングで元気に手を上げた。
――ん? なんでそんな嫌がらせをするかって?
だって、こうでもしないと俺の意見とか聞いてくれなそうだし……なにより、こいつらのペースで進められてるってのが気にいらない。
他人に合わせんの嫌いだからな……
グレイヴァはこっちに顔を向けると、チッと小さく舌打ちする。
「うるせぇ。なんだ?」
おぉ、やっと話を聞いてくれる気に……
さっき話の邪魔をしたのは正解だったみたいだな。よっしゃ。
俺は心の中でガッツポーズ取ってから、
「……さっきからすっげー気になってることがあるんだよ。
気になりすぎて話に集中出来ないから、先にそっち答えてくんねぇ?」
と尋ねると、
「あん?」
グレイヴァは不思議そうな声を出し、
「気になること……」
ヘルは顎に手を当て考え始めた。しかしすぐにポンッと手を打ち、
「……あ。わかりました。グレイヴァの種族のことですね?」
「あったりぃー♪
変わった種族って言ってたけど、どう変わってんの? 指が四本しかないってだけじゃないよな?」
「そうですねぇ……」
呟きつつ、ヘルはちらっと背後を見やり、再び俺に視線を戻すとやんわり微笑む。
「予想と違って、少し時間が余りましたから……いいでしょう。そちらから話します。でも普通に教えるとつまらないので、クイズ形式にするってのはどうです?」
「おぉ! いいなそれ! 面白そう!」
ヘルの提案に、目を輝かせて同意する俺。
なっがい溜め息を吐くグレイヴァ。後ろの二人は無反応。
「ふふふ……ではいきますよ。――第一問!」
ちゃんと司会っぽく、鋭い口調でヘルが言う。
「グレイヴァの年齢はいくつでしょう!」
「いきなり難易度たっけぇぇぇぇぇぇぇっ!
そんなのわかんねーよ! お前ら霊体だろ!? 歳取っても見た目変わらねぇじゃん!」
「確かに私は霊体ですけど、グレイヴァは違いますよ。ちゃんと肉体があります。なので、見た目で判断して頂ければ結構です」
「なんだそうか…………じゃあ――」
気を取り直し、俺はグレイヴァをじっと見つめ、
「十……二か三?」
「おしい! 良い線いってますが、残念ハズレです!」
なんだか嬉しそうに言う彼女。
俺は眉をひそめ、
「違うのか……。じゃ、正解は?」
「正解はですねぇ…………あ、前と変わってないですよね?」
答えを言う前に、ヘルは顔を横に向け確認を取った。
おいこら。問題出すなら前もって答え確認しとけ。
グレイヴァは一拍の間を開け、
「いや、一回戻ったから――今は百四十」
「…………は?」
思わず間の抜けた声を出す俺。
ヘルは感心した様子で、へー、と言い、
「じゃあ三年は移動しなかったんですね」
「シンに言われて、清紋結界を確認するために星を一周したからな。
気付いたらそんだけ経ってた」
グレイヴァは淡々と応えた。
「いーやいやいやちょっと待てって!
さすがに嘘だろ!? だってどー見てもガキじゃん! 中学入ったばっかって感じじゃん!
つーか、全然おしくねぇ!」
さすがに納得出来ず抗議の声を上げると、ヘルは俺に向き直り、
「言ったじゃないですか、変わった種族だって。"人間"の常識で考えてはいけませんよ。見た目はほとんど同じでも……グレイヴァは"人間"ではないのですから」
諭すように、静かに言った。次いで、人差し指をピッと立て、
「名は"ヌアザトス"。かなり長命な種族で、五百年以上生きるのが普通だそうです。一度フィルが調べたんですけど……体の作りも成長の仕方も何もかも人と違って、生後一年でここまで成長――つまり成人になり、以後見た目はこのままらしいです。髪は伸びても、老化はしないってことですね」
「ふーん……」
「驚くことに、急所は背中辺りにある"ゼオ"という部位の一つだけで、それさえ無事なら何度でも再生出来るそうです」
「え? マジで?」
「うん。人間だと確実に死ぬくらいバラバラに解体したけど、大丈夫だったよ」
答えたのはフィル。しかもすげー爽やかに。
……それ、爽やかに言ったらダメなやつ……
俺は肩越しでフィルにジト目を向け、
「では、次の問題にうつりましょう」
促すヘルの言葉を聞いてから、視線を不審者コンビに戻した。
ヘルはグレイヴァを手で差し、
「第二問、性別はどっちでしょう?」
「え……多分おと――」
「ハズレ!」
「まだ言い終わってもいないのに!?」
「正解はどちらでもありません。従って、どちらかを答えようとした時点でハズレです」
「なにそれひどくね!?
つーか、どっちでもないって何!? どういうこと!?」
「そのままの意味ですよ。ヌアザトスには性別が存在しないんです。
詳しくは知らないんですけど……二百歳を超えると自分の意志で"分裂"が出来るようになって、その分裂体を子供と呼ぶんだそうです。なので、性別が無いのは生殖に必要が無いから、ということになります。わかりました?」
「…………いや、よくわからない……」
俺が首を横に振ると、ヘルはにっこり笑った。
……なんだ。普通に笑えるじゃん。
どうやら矢鏡とは違い、ちゃんと表情筋も使えるらしい。頻度は低いみたいだけど。
「わからないついでにもう一つ、教えましょう。
――グレイヴァ、フードを外してくれませんか?」
「あん? あぁ……いいぜ」
言ってグレイヴァは、フードに手をかけ、後ろに――って……
「え……」
目の前の光景に、俺の口から勝手に声が漏れる。
のっぺらぼう――
その有名な妖怪の名が、瞬時に頭に浮かんだ。
しかし、それとはちょっとだけ違う。
のっぺらぼうは目と鼻と口が無いが、グレイヴァには鼻と口がある。
――そう。
目と眉だけが、顔になかった。綺麗さっぱり無い。肌しかない。
「どういう経緯でこうなったのかはわかりませんが、ヌアザトスには目もないんですよ。
なんでも、頭部から超音波みたいなものが出せるらしくて、それで物体を認識しているらしいんです。それがあるから、目も必要ないってことですね。
なのでグレイヴァには、性別も目の必要性も、色ってのがなんなのかもわからないそうです」
「……こうもりみたいだな」
「あ、確かにそうですね。羽がないから空は飛べませんけど」
からかうようにヘルが言った。
グレイヴァはフードをかぶり直し、にぃぃっと笑う。
「ただの余談だけどな、初対面でギイの顔を見て驚かなかったのは――シンと魔王と、エルナだけだったんだぜ」
「……エルナは驚かなかったんだ」
俺はちょっと驚いたのに……
「そういえば、エルナって全然驚かなかったよね」
不思議そうにフィルが言った。
「エルナには学も常識も無かったから、どれが異常なのかもわからなかったんだろ。……で、不意打ちとかは、気配と勘で察知してたから驚かない」
「……なるほど」
淡々とした矢鏡の解説に、フィルはあっさり納得する。
ヘルはこくこく頷き、
「エルナは淡泊なところもありましたからねー。
――まぁそれはさておき、次の問題いきましょうか」
「よしこい! 次こそ当てる!」
俺はグッと拳を握って言った。
「第三問、グレイヴァの強さはどれくらいでしょう? 仲間の中で考えてください」
「…………問題全部むずくねぇ?」
「あくまで紹介がメインですので。
当てられるとは思ってないので、てきとーに答えていただければ結構ですよ」
そう言われると当てたくなるよな。……よし、本気で考えてみるか。
でも強さなんてわかるわけ…………と、待てよ……
確かこいつ、一人だけで特殊任務を――それも、魔界で活動してたって言ってたな。しかも、方法まではわからないけど、妖魔に情報を流せるほどで……それはつまり、いざとなったら妖魔と戦えるってことで……そんで、魔界には魔族も悪魔もいるはず……ってことは――
「わかった! トップファイブに入るくらい超強い!」
勝ち誇った笑みを浮かべて、俺は答えた。
それくらい強くなければ、妖魔だらけの魔界で活動なんて出来ないはずだからな。
いいぞ冴えてるぞ俺!
ヘルは一瞬意外そうな顔をして、すぐににこっと笑顔を作る。
「違いますよ」
「えっ!? 違うの!? さすがにこれは当てたと思ったのに!」
「残念でしたね、華月。何を隠そう、グレイヴァは――」
何故か一拍の間を開けて、
「超弱いです」
ヘルはきっぱりとそう言った。
俺は目を点にした。
「…………え」
「はっきり言って雑魚です。普通の人間レベルです」
「その言い方やめろ。傷付く」
遠慮なくぼろくそに貶すヘルに、耐えきれなくなったのかグレイヴァが言った。
ヘルは完全な棒読みで、すみません、と謝ってから、
「あ、因みに私は中くらいです」
「中くらいってーと……フィルと同じくらい?」
「大きくわければそうなります。でも、フィルよりは弱いですよ。
――さて、紹介はこれくらいですかね。
一度には覚えきれなかったと思いますが……とりあえず、世の中にはグレイヴァのような方もいるってことだけでも、頭に入れておいてください」
そう言って、この話を終わらせた。