10-3 現在いろいろやばい状況らしい
「無駄話はそのへんにしておけ。時間が無くなる」
グレイヴァがため息交じりにそう言ったのは、ヘルがアニオタアンドゲーマーで死神のコスプレをしているのはそのためだと話し、俺が『おー! やっぱアニオタか! じゃあ話が合うかもな!』と目を輝かせた時のことだった。
どんな話が好きかとか、未来ではどんなマンガが流行っているのかとか聞こうとした矢先だったので、俺は不満を込めた眼差しをグレイヴァに送る。
ヘルはきょとんとして、横目でグレイヴァを見やり、
「でもグレイヴァ。自己紹介をしないと本題には入れませんよ。なにせ彼は、私達の能力を覚えていないんですから」
完璧な棒読みで言った。
グレイヴァは、ふんっと鼻で笑い、
「趣味の話まではいらねぇ。ヘルに語らせるとなげぇし」
「それはしょーがないですよ。オタクはみんなそんなもんです」
ヘルは腕を組んで誇らしげに言った。次いで、両手を肩の位置に上げ『やれやれ』のポーズを作り、
「でもまぁ、今回は自制しますよ。状況があまり良くないですからね。
――そういうわけで華月、非常に残念ですが趣味の話はまた今度にしましょう」
「あぁ……うん……」
俺はほぼ反射で頷いてから、ふと、ある事に気付き、
「それはいいけど、状況が良くないってどういう――」
「順に話しますから待っていてください」
質問しようとしたらばっさり遮られた。ちょっと悲しい。
ヘルは顎に手を当て、少し考えてから隣の少年を手で差し、
「私の方は大体話し終わったので、次はグレイヴァの紹介をしますが……その前にお聞きします。グレイヴァが『空の主護者』と名乗りましたが、その理由はすでにご存じですか?」
俺は無言で首を横に振った。
「……そうですか。では、そこから説明しますね。
私達は仲間に自己紹介する時に、必ず自分の特性を教えることにしているんです。そうやって自分が使える術の系統を知らせておいた方が、共闘する時に戦いやすくなるからです。
その理由は言わなくてもわかり……わからないでしょうから説明します」
うわ勝手に判断された! 確かにわからなかったけどなんかひでぇ!
「例えば特性が火の人と、水の人が一緒に戦うとします。その際、同じ威力の術を二人同時に放ったとしましょう。すると火と水は互いに打ち消し合い、威力を相殺してしまいます。
しかし逆に、風と雷のように相性が良い場合は術が混ざり合って、倍以上の威力になることもあります。
――というわけで、特性の相性が良いか悪いか、どのような戦法を取るべきか、などを判断するために特性と使える術の系統を教え合うんです。……とはいえ実際のところ、組む相手はほとんど固定なので、それ以外の人の特性を聞いてもあんまり意味は無いんですけど。一応教えとくわーって感じでやってます。
ぶっちゃけた話、華月のような完全単独行動タイプの人と、補助役に徹することが多い特殊系の人には関係無いことなので、別に今教えなくてもいいことだったんですが……気になってそうだったので質問される前に答えました」
「マジか……ビンゴだよ……後で聞こうと思ってたよ……」
「ディルスほどではないですが、私もエルナとは長い付き合いですからね。これくらいなら当てられます」
ほえーっと感心する俺に、ヘルは誇らしげに胸を反らした。しかしすぐに態勢を戻し、
「それでは、グレイヴァの話に戻します。
先程の説明でわかったと思いますが、彼の特性は"空"です。もちろん特殊系です」
「あー……やっぱそうか。つーかさぁ、特殊系少ないっつー割に、今のところ特殊系の奴にしか会ってないんだけど……」
「フィルは基本形じゃないですか」
言われて俺はぽんっと手を打つ。
「そういやそうだった」
「……ひどいなぁ、忘れるなんて」
背後でぼそっとつぶやくフィル。ようやく会話に入ってきたな。
俺は肩越しに振り向いてやんわり微笑むフィルを見やり、わりぃわりぃ、と謝ってから視線を戻した。
途端――
「……ここからは重要な話になります。よく聞いてください」
ヘルは急に真顔になり、シリアスな雰囲気を醸し出す。
つられて俺も笑みを消し、真剣な表情で頷いた。
「空の特性を持つグレイヴァの主な能力は"空気になれる"というものです。この術の利点は、発動中は人間も妖魔も私達でさえも、彼の存在を感知出来なくなることです。魂が見えるシンとリン、そして恐ろしく勘の良い貴方だけは例外ですが、普通は姿を見ることも気配を捉えることも出来ません」
あぁ……だから矢鏡が気付いてなかったのか。なるほど納得。
「その利点を生かし、彼は魔界での情報収集、及び情報操作という特殊任務を一人で行ってきました」
「ちょい待ち。情報収集はなんとなくわかるけど……操作って何すんの?」
「そこらへんは今からギイが説明してやる」
この問いにはグレイヴァが応えた。
俺は一瞬考え、
「"ぎい"って何?」
「後で詳しく話しますが……グレイヴァは変わった種族の方で、一人称は"ギイ"が普通なんだそうです」
即効答えてくれたヘルに、ふーん、と返すと、グレイヴァはチッと小さく舌打ちし、
「……先に言っとくが、ギイがここに来たのは、お前らに現状と任務を伝えるためだ」
「つまり伝令係です。因みに私は転移が使えるので、グレイヴァの移動手段として一緒にいます。基本的には任務を受けないんですけど……今回だけ特別に」
口だけ笑ったヘルが続けて言った。
グレイヴァは、話を折るな、と咎めてから俺の方に顔を向け、
「まずは現状から話す。
お前は知らないだろうが――現在、シンと天界は危機的状況に陥ってる。つっても、天界の方はすでに手を打ったから問題ない。……ヤバいのはシンの方だ」
「ヤバいってどういう――」
「黙って聞け」
質問しようとしたら注意された。
どうやらこの不審者コンビ、順番通りに話を進めないと嫌な性質らしい。
グレイヴァはため息一つ吐き、
「シンは今、力の大半を失ってる。天界とギイ達主護者を守ったせいだ。そこらへんの詳細はどーでもいいから省くぞ。重要なのは、今のシンには魔族と悪魔を葬る力すら残って無いってことだからな。
……で、そんなのが魔界に広まりゃ、妖魔どもが一斉にシンに襲い掛かっちまう。防ぐには事実を隠すしかない。けどそれには、神と並ぶほど人気のある、妖魔の誰もが飛び付くような魅力的な餌が必要だった。とはいえ、んな都合のいいもんがすぐに見つかるわけがねぇ。
だからギイは、待機してろっつーシンの指示を無視して独断で動いた。
まずはてきとーな嘘をでっち上げて時間を稼ぎ、その間に餌になり得る情報を集めようとした。そして、さっそく嘘をばら撒きに魔界に行ったら……えらく良いタイミングで極上の餌が手に入った。
――それがお前だ」
ゆったり右手を動かし、俺を指差す。
――あ。今気付いたけど、こいつ指が四本しかない。長さから見て小指が無い。切られたから、とかじゃなくて最初から無いっぽい。変わった種族って言ってたから……そういう人間なのかもしれない。
グレイヴァは再びにぃぃっと不気味に笑い、
「ギイは迷わずお前を囮にすることにした。
嘘の代わりに『エルナが記憶を失って弱くなった』ことを魔界中に広めた。そしたら思った通り、ほぼ全ての妖魔が血眼になってお前を探すようになった」
「……つーことは、フーリに行った途端魔族に襲われたのとか、その後来たのが上位魔族だったとか……それ全部お前の仕業だったってことか」
眉をひそめて呟く俺。
グレイヴァは笑みを消し、
「全部、ではねぇな……
言い訳にしかならないが、ギイは勝算が無いことはしない。
囮になったとしても、すぐに殺られりゃ意味がねぇ。その上、魂が捕られでもすりゃこっちが更に不利になる。
要するに、囮役に適してんのは『安全な状況下にいる』奴ってことだ。
だからギイは、妖魔に見つかる可能性が最も低い"地球"にいるお前を選んだ。
――わかるか?
ギイの計画じゃ、お前は何も知らないまま地球にいるはずだった。極上の餌が見つからないってのが理想だったんだ。世界を渡る、なんてのは考えてすらいねぇ」
「つまり、実際に華月を巻き込むつもりは無かったってこと?」
俺の後ろから淡々と問いかけるフィル。
「当たり前だろ。エルナの魂だから記憶が無くても強いとは思うが、妖魔を知らずに育った奴が妖魔に勝てるとは思えねぇ。これで居場所をばらしたら、囮じゃなくて生け贄になる。
……シンを隠すのに必要だったのは"犠牲者"じゃない」
腕を組み、静かな口調でグレイヴァが答えた。