10-2 めっちゃ怪しい二人組!
青い空と、白い雲。
眩しい太陽は真上より少しずれた位置にあり、周囲に立ち並ぶやたら高くて太い針葉樹とその枝葉を避けて、小さい雑草が敷き詰められた地面に光を注いでいる。
日本は真夏だったが、ここはまだ春らしく、空気に熱はあまり含まれていない。
近くに川があるのか、わずかに水のせせらぎが聞こえてくる。
――そう。
気付けば俺達は、大自然のど真ん中に突っ立っていた。
「……で? どーすりゃいいんだ?」
空をぼーぜんと見上げ、思わず俺は呟いた。
『さぁ……』
正面に立つ矢鏡とフィルが、揃って首を傾げてみせる。
俺はジト目を二人に向け、
「来ればわかるんじゃなかったのか?」
「すぐにわかる場合もあれば、何日か経たないとわからない場合もあるのさ。
その時の状況と任務の内容によってね」
のんびりとした口調でフィルは答えた。
矢鏡が小さく頷く。
俺は眉をひそめて首を傾げ、
「任務の内容……? 任務って妖魔退治以外にもあんの?」
「思い出して、華月。前回の任務、魔族討伐の他に人間の救出もあっただろう?」
爽やかにふふっと笑って、フィルが答えた。
あー……そういやそうだったな。完全に忘れてた。俺、攫われた人達見てないし。
矢鏡曰く、任務は討伐と救出の他に、護衛、調査、情報収集なんかがあるんだと。その他にも特別任務ってのもあるらしいが、俺達主力に任されるのはほとんど討伐だけだから、他のはそんなに気にしなくていい、と言われた。
「てーことはさー、妖魔が現れるまで、こんな何もない森の中で待機してろってこと?
そんな暇そうなの嫌なんだけど……」
不満丸出しで正直に言うと、フィルはにっこり笑い、
「むしろ逆かな。任務で向かう場所はね、大体この辺り、という大まかな予想でしかないんだよ。だから任務は、周辺を調べて目的を探すところから始めるんだ。
本当はね、シンならもう少し調べるだけで、的確な時間と場所を割り出すことが出来るんだけど……その分負担になるからね。少しでも楽になるように、それくらいは僕達でやることにしてるんだよ」
「……なるほど。シンも楽が出来て、俺も暇にはならない――ということか。一石二鳥ってやつだな……すげーいいと思う!」
俺も笑顔を作り、ビッと親指を立てグッジョブポーズ。
誰だか知らんが発案した奴ナァァァイス! シンのためってところが特に良い!
うむ、と大きく頷いてから、俺は前後左右をきょろきょろ見やり、
「ほんじゃ早速調べようぜ! どっちから行く!?」
意気揚々と言ってから――気付いた。
「とりあえず森は抜けたいな」
「ここじゃ視界が悪いしねぇ」
矢鏡、フィルの順で言う。二人は顔を合わせ、まずどっちに向かうかの話し合いを始めた。
どうやら二人は気付いていないらしい。
俺は口元から笑みを消し、視線をゆっくり動かした。
――誰かに見られている――
気配に聡いという矢鏡まで気付いていないから、初めは気のせいだと思った。……いや、思おうとした。でも思えなかった。スルーしようとすると、腹の中がもやもやするんだ。
「なんかいる」
ぼそっと静かに、二人に告げる。
絶対にいる、という根拠も証拠もないが、断言出来る。絶対に何かが近くにいる。俺の勘がそう言ってる。
矢鏡とフィルは、不思議そうな顔で俺を見た。
俺は足元に落ちていたこぶし大の石を拾い、勘だけを頼りに視線を彷徨わせ――
「――そこだ!」
俺の真後ろ、十メートルは離れた木の、そこそこ高い位置にある太い枝の上に向かって、全力で石を投げた。
石は高速で飛んでいき、そして――
俺の予想とは違い、何かに当たることなく枝の上を通り過ぎた。ガサッと音を立て、その向こうに広がる大量の葉っぱの中に消える。
俺の勘は、やっぱり正しかった。
「イイイイイイイイイイ……」
石が見えなくなったと同時に、謎の声が聞こえてきた。喉の奥で笑う――そんな感じの声だった。
次の瞬間、俺が狙った枝の下に突然影が一つ現れ、地面に落ちた。そいつは軽やかに足から着地して、大きな口を横に伸ばし、にぃぃっと不気味に笑った。
裾がぼろぼろの黒いズボンに、だぼっとしたグレーのティーシャツ。その上に大きなフードがついた黒い羽織を、胸元だけボタンで止めて着ていた。尚、フードを目深にかぶっているせいで、口と、フードの隙間から垂れる赤黒い髪と、薄茶色の肌しか見えないため、性別と年齢はわからない。けど、多分子供で多分男。背が俺より十五センチは低いし、声もちょっと低いから。中学生になったばっかって感じだな。
「よくわかったな……さすが元エルナ」
言って、少年は再び『イイイイイ』と笑う。怪しさ大爆発。
俺は警戒に満ちた目で見返し、
「誰だお前! 妖魔か!?」
と叫ぶと、少年は口の両端を下げ、
「あん? そんなわけあるか。相変わらず失礼な奴だな」
呆れたように応えた。
途端――
「仕方ないですよ。貴方は十分、怪しく見えます」
棒読みのような声と共に、少年の横に黒い霧が生まれた。霧は矢鏡くらいの大きさになるとすぐに宙に溶け、新たな人物を残して消える。
現れたのは、十代半ばくらいの少女。驚くことに、こいつもかなり怪しい風貌をしていた。
服装はフード付きの黒ローブ。少女だとわかったのは、こいつはフードをかぶっていないため。顔はどこにでもいそうなくらい平凡で、肌色も普通。背も少年より若干低い程度。これで髪と目の色が黒だったなら、恐らく日本人に見えていただろう。それも背景に溶け込むくらい地味なタイプ。薄紫色の垂れ目と、ショートカットの白髪のおかげで個性が出ている感じ。しかも、何故か真ん中分けの前髪が腹に届くくらい長いし。
――と、ここまでなら怪しくはない。
問題なのは、デスサイズみたいなやたらでかい鎌を持っていること。
「今度はなに!? 死神!?」
思わず驚きの声を上げる俺。
少女はぼーっとしたような顔を俺に向けると、口だけを笑みの形にする。
「おや、このセンスがわかるなんて……嬉しいですね」
……完全な棒読みのせいで、全く嬉しそうに見えないんですけど……
さながら矢鏡二号だな。表情筋もなんか……ほぼ動いてないし。
――まぁとにかく、見た目は怪しさ満点だが、どうやら敵ではないらしい。
後ろの二人が静かだからな。殺気とかも出してないし。
「色々話はありますが、その前にまず名乗りましょうか。貴方とは初対面ですからね」
言って少女は少年を見やり、少年は小さく頷いてから再び口角を上げた。
どーでもいいけどこの少年、口が横に長い三日月型から変わらないな……口角が上がってるか下がってるかの二種しかない。今のところは、だけど。
「グレイヴァ・ギ・ゼイム。空の主護者だ」
「私はヘル。死神です」
少年に続き、少女が名乗る。
「あー……マジで死神なんだ。名前もそれっぽいな」
俺が感心してそう言うと、ヘルはへらっと笑い、
「嘘です」
「……え」
「役目がそれっぽいので、こう言っているだけです。
――でも、本当のことを言ったら、さすがの貴方も驚きますよ。それでも聞きますか?」
「そこまで言われて、聞かない奴がいんのか?」
即座に問い返すと、ヘルは一拍の間を開けて、
「あぁ……それもそうですね。では、ちゃんと名乗ります。
――私は冥府の管理人、後藤沙姫。貴方と同じ日本人です」
はっきり告げられた聞き慣れた言葉に、俺はビシッと固まった。
対して後藤さんはへらへら笑い、
「ほら、驚いたでしょう? 私もシンから聞いた時は驚きましたよ。
貴方が記憶を失ったというだけでも驚きですのに……転生した先が、まさか私の生まれ故郷だなんて。びっくりもいいとこです。世界は三万近くもあり、時間軸だって皆さんバラバラですから、故郷が重なる確率はゼロだと思われていましたし。
エルナの時からそうですが、本当に貴方には驚かされてばかりですよ」
「……俺もマジでびっくりした……
まさか、異世界で日本名を聞くとは思わなかった。しかもすげー普通の名前」
俺は正直な感想を言った。なるほど、通りで日本人に見えるわけだ。
因みに、髪と目の色はもともとは黒だったらしい。けど、それが気にいらないから、と術を使って変えているんだと。
後藤さんは、そうでしょうそうでしょう、と満足そうに頷き、
「あ、それと余談ですが……日本人なのは一緒ですけど、時間軸は違いますよ。
この世界に来る前に、貴方達が地球を出た西暦は二千○○年ですよね?」
「うん」
「私が生まれるのは、それの約五十年後です。なので、貴方から見ると、私は未来人ということになります」
「……マジで?」
「マジです。なんなら、未来の話でもしましょうか? 質問して頂ければ答えますよ」
「え、それ聞いていいの? なんだっけあれ……タイム……タイム……なんとかが起こるんじゃ……」
「タイムパラドックスのことなら大丈夫だよ」
ここで唐突に口を挟んでくる矢鏡。そのまま解説をしてくれた。
曰く、この世に多々ある矛盾を、なるべく減らすためのシステムというのがあるらしい。それにより、絶対にタイムパラドックスが起きないようになっているそうだ。
例えば、後藤さんが未来の事を話したとして、その内容が俺のこれからの人生になんの影響も与えない場合は、ちゃんと全部聞こえるらしい。しかし、少しでも影響する可能性がある場合は、その部分だけ聞こえなくなるんだと。
そしてもう一つ、これに関わる話だが――
同じ世界の同じ時間軸に、同じ魂が存在することは出来ないそうだ。例えば今俺が、時間を一日戻して日本に転移しようとしても、術が発動しないらしい。なんでも、三十年以上の間隔が空いていないと駄目なんだと。だから、今なら後藤さんは日本に行けるけど、あと二十年くらい経つと地球に転移出来なくなるらしい。
但し、一つだけ例外があって、その世界で生まれた生物が別世界に転移し、転移した時間より後に元の世界に戻るのなら可能だそうだ。生物には生物の法則があるからだって。そのへんの話は全く分からなかったが、とりあえず、俺達が任務のために地球を離れても、ちゃんと地球から消えた時間に戻れるのは、俺達が生きた人間だかららしい。
更に驚くことに、あのシンですら、この矛盾防止システムの原理を理解していないという。シンがつくったわけじゃなく、この世の仕組みが初めからそうなっていたからだって。
「つまり、貴方が聞くとまずいことは、絶対に貴方には聞こえないようになっているので、問題ないということです」
最後に話をまとめる後藤さん。
そうしないと、俺にはわからないとでも思っているんだろう。
くっそー、マジ悔しい。……当たってるだけに。
「――あ。でも質問を受ける前に、貴方の名前を聞いておきたいですね」
後藤さんが言った。
あぁ……そういや言ってなかったな……
「俺は華月。華月京」
「…………は?」
俺が名乗ったその途端、後藤さんは何故か間の抜けた声を漏らした。そのまましばらく固まって、やがてゆっくり左手を上げ、人差し指をピッと――いや、よれっと立てて、
「……もう一度、言ってくれます?」
「華月京」
「うわ、聞き間違えじゃなかった」
掠れた声で言って、後藤さんは左手を顔に当て、
「あー……なるほど、それで…………確かに、納得です」
わけわからん独り言を吐いてから、手を下ろして俺を見つめる。
「貴方の名前は、私の時代では超有名なんです。伝説扱いされてましたよ」
「で、伝説!? そんなに有名になんの俺!?」
「はい。それも日本だけでなく、世界に知れ渡るくらいの有名人です」
「うっわマジか……やだなぁー……どうせこの髪色で、とかだろ?」
「いえ、違いますよ。貴方はたった一回×××××をしただけで、一気に×××××になったことで有名に――」
「ちょいタンマ」
淡々と語る後藤さんに、俺は慌てて待ったをかける。
うーん……不思議な感じだ……
二か所だけ、口は動いていたのに声が聞こえなかった。そこだけミュートにして、また戻した――みたいな感じ。違和感半端ねぇ。
「何をやって何になったのか全くわからない……聞こえないってこういうことか」
「あぁ、やはり聞こえなかった部分があるんですね……
それなら、貴方の話は止めましょうか。こちらも、どこが聞こえないのかわかりませんから……お互い混乱しそうですし」
「……そうだな」
ぶっちゃけ聞きたいのは俺のことだけだったんだが……まぁ、仕方ない。話がところどころ途切れるんじゃ、謎が増えるだけだもんな……
「しかし、貴方があの華月京――ということは――」
呟きつつ、後藤さんは今度は俺の後ろに視線を向けて、
「もしかして、ディルスの転生後の名前――矢鏡奏為、ですか?」
尋ねて一拍の間を開け、
「……やはりそうでしたか」
こくこく頷き納得する。矢鏡はジェスチャーで返したようだな。
後藤さんは、再びぼーっとしたような顔になり、
「実は、お二人はセットで有名だったんです。
矢鏡財閥を更に発展させた商業の天才『矢鏡奏為』には、神に溺愛されし男『華月京』という無二の親友がいた。彼らは一時期世界中を沸かし、その後、突然消息を絶った――そう伝わっているからです。
――私が生まれる前の事件ですので、あまりよく知りませんが……お二人を支持していた多くの方々が協力し、世界中を巻き込んでの大捜索を行ったそうです。しかし、痕跡どころか死体すら見つからなかったので……結局、事件は迷宮入りになりました。
噂では、神隠しにあったのではないか、二人ともかなりの変わり者だったから世界に飽きて心中でもしたんじゃないか、などとありましたが……実際は任務をやっていたからってことですよねぇ。好奇心旺盛な貴方のことですから、恐らく、任務にでも夢中になって、帰ることを忘れてしまって後戻りできなくなったのでしょう。
――いやー、昔の難事件が解けるなんて……いいですね。今とても良い気分です」
最後のセリフだけ嬉しそうな声で言った。表情変わってないけど。
話は終わったっぽいので、このタイミングで俺はすっと右手をあげ、
「はーい、後藤さんにしつもーん」
「……ヘル、と呼んでもらえると嬉しいです」
「じゃあヘル、質問」
「なんでしょう?」
「なんで俺、神に溺愛されし男って呼ばれてたんだ?」
「それはですね、ものすごーく運が良かったからだと聞いてます」
「ふーん……
あとさぁ、フィルは有名じゃないの? 俺と矢鏡だけ?」
「お二人だけでしたよ。多分ですけど、フィルは近い将来、地球から離れるのではないでしょうか。フィルは主力ではなく補佐ですから、貴方達にはついていけないでしょうし」
「……そっか、だからか……」
相槌打とうと出した声は、自分でも意外だと思うほど静かなものだった。
やっぱ、そういうことを聞くと……ちょっと寂しくなるなぁ……
「うーん……それにしても――」
視線をやや下にずらし、残念そうにヘルは溜め息を吐いた。
「シンから聞いていましたが、本当に男性になっちゃったんですね……あーもったいない。貴方は絶対に女性の方がいいと思うんですよ。めっちゃスタイルよかったですもん、ボンッキュッボンで」
「うわすげー、とーとつに話変えられた……しかもそれかよ」
思わず呆れる俺。
するとヘルはややムッとして、
「重要なことです。色白で細身でスタイル抜群だったんですよ。正直、羨ましかったんですから。私は完全に標準体型ですからね、そーゆーものに憧れるんです」
非常に残念そうに言って、再び溜め息を吐いた。
俺はしみじみこう思った。
あぁ、本当に日本人なんだな……




