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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第8話 「華月の災難」
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8-2 ただならぬ雰囲気

「すまん華月。いやほんとマジすまん、頑張ってくれ」


 会って早々それだけ言うと、青い顔で苦笑いを浮かべた宮間は逃げるように教室を去っていった。

 月曜日の朝、教室に入った直後のことである。

 わけがわからずドアの横でぽかんとしていると、そろそろと佐野が近寄ってきて、


「……俺も謝る。ごめん華月君、グッドラック」


 宮間と同じく青い顔で言い、宮間のように教室を出て行く。


 ……なんなんだ一体……


 俺は呆然とその背を見送った後、このまま突っ立てても仕方ないからと、自分の席に座ることにした。


「おはよう」


 鞄を机の上に置いたタイミングで、隣に座る矢鏡が視線を寄こして挨拶してくる。今日も読書で暇を潰していたようで、手にはアメリカの経営学の本がある。ちょっと前に気付いたが、こいつは商業系に興味があるらしい。前はドイツの経営学の本だったからな。


「おはよ。……なぁ矢鏡、今日なんかあんの?

 佐野はともかく、宮間が俺より早いなんて今まで無かったんだけど」


 一応俺達の平均登校時間を教えておくが、俺は大体八時前には教室に着く。矢鏡はそれより早くて、佐野は八時十分くらい。宮間は八時半直前に来る。朝弱いんだって。

 矢鏡はいつもの無表情で、


「特別な事は何も無いよ。あと、その二人なら俺より先に来てた」

「え? マジで?」

「あぁ。理由は知らない」

「そうか……」


 俺は、ふむ、と顎に手を当て少し考えて、


「まぁいいや。大したことじゃないだろ」


 気にしないことにした。

 この判断が間違いだったことに気付いたのは、その日の夕方になってからだ。

 俺は全く気付いていなかったんだ。

 この時、学校全体が異様な雰囲気に包まれていたことに――



 **



 宮間と佐野はホームルームが始まる前には戻ってきたが、休み時間になるたびにどこかへと姿を眩ますようになった。席が近いためいつもは一緒に弁当を食べるのだが、今日はそれも出来なかった。

 一人で食うのもなぁ、と思ったので、俺は弁当を持って保健室に行くことにした。そこならフィルと、何故かいつも相談室で食事する矢鏡がいるからだ。教室で食べるの嫌なんだと。なんでだろうな。

 まぁそういうわけで、今俺は保健室横の相談室にいる。


「ところでさぁ、結局あの後どうだった? 美術館行ったんだろ?」


 母お手製の弁当を食いながら、長テーブルを挟んだ向かい側に座るフィルに問いかけた。

 矢鏡はフィルの左横(廊下側)にいて、なんかすげー豪華な弁当(四角いお重みたいな弁当箱。中身は幕ノ内弁当みたいな感じで栄養満点そう)をつっついている。

 因みに、フィルの右横にも同じサイズの弁当箱が置いてあるが、後で食べるから、とフィルは包み布をほどいてさえいない。


「行ったけど中には入ってないよ。閉まっていたからね」


 俺達の間に置かれたオセロ盤に、黒を上にして駒を置き、俺の白駒を三つ裏返しつつフィルは答えた。

 ブロッコリーを口に入れてから、俺も駒を置いて黒を一つ白にした。

 因みにこれ、六戦目。始めたばかり。


 矢鏡に勧められたからフィルと対戦しているんだが――

 いやー、強い強い。全然勝てねぇ。

 ……まぁ、今までに親父と五回くらいしかやったことない俺が、頭の良いフィルに勝てないのは当然だけど。

 でも一から四回戦まで升目が半分も埋まらない内に俺の駒が全てひっくり返されて負け、五回戦は最後までいったけどやっぱり全部フィルの色になって負けると、勝負を受けた時から負ける気しかなかった俺でもちょっとは悔しくなる。完全ふるぼっこはないわー。


 故に、最初は一、二回で止めるつもりだったが、もうちょいマシな負け方をするまでは――と何度も挑んでいる。

 フィルの爽やか笑顔は三回戦後までは変わらなかったが、四回戦が終わるとその笑みを引きつらせ、次から手加減しようか、と俺に気を使ってきた。さすがに哀れに思ったのだろう。

 俺の苦手な頭脳戦とはいえ、手加減されるのはちょぉぉぉっと不服だったが、一回も盤を埋められないまま負けて終了よりは良いと思い、五戦目からは加減してもらっている。それでも俺の駒残らなかったけど。


 だから今回は、一つでも白色残すのが目標!

 心の中でひっくい目標を掲げていると、フィルがくすりと笑った。


「そんなことより、華月達はどうだったんだい?」

「ん? あぁ……事情聴取のことか。特になんもなかったよ。目撃者がいないからめんどくさいことになると思ったんだけど、矢鏡が有名だったおかげであっさり終わったし」

「そう。それは良かったね」

「あぁよかったよ。それが原因でもあるがな♪」


 言って、あはははは、と朗らかに笑う俺。

 そんな俺に視線だけを向けてくる矢鏡。恐らく、ついて来いって言ったのは君だろ、とか、それは俺のせいじゃない、とかの意を込めて。

 はっはっは。ムダだぜ矢鏡。俺はそんな些細なことは全く気にしないからな!

 だからここはあえて、気付いてないふりをするぜ。


 俺に目を向けていても無駄だと悟ったのか、やがて矢鏡は小さく息を吐き、空になった弁当箱に蓋を被せて廊下側のドアに視線を移した。

 それから間もなく俺も食べ終わり、弁当箱を片付けて、食後のお茶を飲みつつフィルと他愛無い話をしながらオセロを進めた。


 ここで知ったが、デートの時にフィルが着ていた服は、草加さんがコーディネートしたものらしい。フィル用の私服を何着か用意してほしい、と矢鏡に頼まれた草加さんが、嬉々とした様子でフィルに似合いそうな服をどこかから大量に仕入れてきたそうだ。


 俺にはわかる。その服絶対高いだろ。シルクとかだろ。


 そして、デートの前日には様々な服を色々な組み合わせで着せられたんだと。もちろん全て男物。クラウスさんが『フィル様は女性なのだから、もっと女性らしい物がいいのでは』という助言をしたらしいが、草加さんが女物の服を用意することはなかったそうだ。


 その理由は聞かなくてもわかる。

 美少女と美少年、どちらが良いかと聞かれれば、大半の女性が後者と答えるだろう。草加さんも例にもれず(・・・・・)だったわけだ。矢鏡曰く、イケメン好きなだけで惚れてはいないそうだが。


 そんなこんなで、六回戦が終わった。もちろん負けた。目標達成も出来ずに。

 さすがに闘争心が消え失せたし、もう昼休みも終わる時間だったので、オセロをやめて一人で教室に戻った。次の授業が体育のため、矢鏡はそのまま相談室に残った。



 **



 本当は気付いていた。

 朝からずっと、授業中も昼休み中も、複数の人に見張られていたことに。

 痛いほどの視線が向けられていたことに。

 でも、俺は気付かないふりをした。無視をした。

 俺には関係無いと思ったから。

 どうでもいいと思ったから。



 **



 帰りのホームルームが終わると同時に、宮間と佐野が教室を飛び出て行く。

 俺はそれを尻目に見て、矢鏡に、じゃあな、と告げて一人で下駄箱に向かった。

 今日、フィルと矢鏡は何か用事があるらしい。だから今日は一人で帰ることになった。

 中央階段を下りて、正面玄関へとたどり着く。

 肩の位置あたりという丁度いい高さの自分の靴箱を開け――

 戸に右手をかけたまま、俺は動きを止めた。


 靴箱の中は二段になっていて、上に上履き、下に革靴を置くようになっている。

 その、今は何もないはずの上段に、四つ折りにされた小さな白い紙があった。

 俺はしばし考えて、戸から手を離し、その手で紙を取って開いた。

 紙には達筆な習字で、


『呪』


 と書かれていた。

 俺は視線だけを動かし、意味は無いが明後日の方を見た。

 十数秒ほど考えて、紙を折ってブレザーの右ポケットにしまい、靴を履きかえた。俺と同じく帰宅部の生徒達に混ざり、帰路につく。


 土手に差しかかったところで、後ろからフルネームで名を呼ばれた。

 反射的に振り向くと、すぐそこに女子生徒十人が敵意剥き出しの状態で立っていた。他人の顔なんていちいち覚えていないので、学年もクラスもわからない。上履きをはいていれば、靴底との境に引かれたラインの色でわかるんだけどな。因みに俺達二年の色は青。一年が緑で三年が赤だ。

 俺は真面目な顔で考えた。


 ……ふむ。おかしいな。こいつらを怒らせるようなことをした覚えがない。


「なんか用?」


 何故怒っているのかわからないので率直に尋ねると、女子達はぎっと俺を睨み、先頭にいるリーダーらしき女子が、


「フィル様、あんたが好きなんだって」


 と忌々しそうに吐き捨てた。


「……フィルが? 俺を?」

「宮間が言ってたのよ」


 思わず聞き返した俺に、リーダーが答える。後ろの女子達が頷いた。

 俺はすぐさま、


「ははははは! ないない! それはない!」


 軽快に笑い飛ばした。手をぱたぱた横に振る。

 すると女子達は更に眉間を寄せ、


「なっ! 宮間の情報が正しいこと、あんただって知ってるでしょ!?」

「というかあんた、フィル様の想いに気付いてないの!? 信じられない!」

「この激ニブ男!」


 などと言った。

 俺はにこにこしながら、


「それ嘘だって。確かに宮間の情報は正しいやつもあるけどさ、この間教えてもらったやつ間違ってたし」

「でも、フィル様から直接聞いたって言ってたのよ!」

「佐野も一緒だったのよ! 間違いないわ!」

「私達だって認めたくないわよ!」


 女子達は怒りをあらわに言い返してくる。認めたくないなら信じなきゃいいのに。


「とにかくさ、それ嘘だから。フィルが俺に惚れることはないから安心しろよ。じゃあな」


 一方的に言い残し、踵を返して歩き去る。

 追ってくるようなら走って逃げようと考えてたけど、女子達は追ってこなかった。

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