表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第8話 「華月の災難」
46/119

8-1 オセロ  - No side -

「弱ったなぁ……」


 フィルが言った。

 その対面にいる矢鏡は下げていた視線を上げ、全く弱っているようには見えない爽やか笑顔のフィルを見た。

 矢鏡の屋敷の二階の中央辺りにはビリヤード専用の部屋と、その隣にテーブルゲームから家庭用ゲーム機器まで様々なゲームが揃う娯楽部屋がある。二人はその中の端の方に位置する長方形のテーブルを挟み、簡素な木の椅子に座っていた。


 フィルと佐藤がデートをした日の夕食後のことである。

 フィルの服装はデート時のままで、矢鏡はジャケットとネクタイを外し、白い長袖シャツに黒いスラックスだけという楽な格好をしていた。

 フィルは視線を横に向けており、矢鏡と目を合わせようとはしない。軽く顎に手を当て、まるで独り言のように呟く。


「まさか、早々に気付かれるとはね。やっぱり君、頭良いねぇ……」

「……フィルが言うと嫌味にしか聞こえないな」


 矢鏡は数ミリ程眉根を寄せてそう言い、机上に置かれた物を一瞥する。

 二人の間には正方形で緑色の盤と、片面が黒色でその裏が白色の円形の駒があった。駒は盤の横に置かれた縦に長い木箱の中に入っていた。

 矢鏡は木箱から駒を一つ取り、黒を上にして盤の上に置いた。すでに置かれていた駒を二つ裏返してから、視線をフィルに戻す。


「因みにそれは、どの話をしている?」

「ん? どれって……僕の"特別な人"の話さ」


 フィルは矢鏡を見返して、くすりと笑った。

 矢鏡が怪訝な顔をしていると、フィルは自分の腰に手を伸ばし、ズボンのポケットから何かを取り出した。


「これ、なーんだ?」


 にこにこ笑いながら、見えやすいよう顔の位置まで上げる。

 手のひらにすっぽり収まる大きさの、やや厚みのある黒いカードだった。

 矢鏡はそれを見て、僅かに目を開いた。どうやら驚いているらしく、しばしそのまま動きを止める。やがて、思い出したかのように急に自分の服を探り始め、シャツの胸ポケットに目的の物を見つけるとすぐに取り出し、指先で摘まんでじっと見つめた。


「……本当に油断ならない奴だな。いつの間に入れた?」


 それは円柱の形をした、一番細い注射器の針より尚細く、長さが数ミリ程度の小さな金属片だった。

 実はこのカード、見かけは違うが矢鏡が持っていた盗聴器と同じ物である。この小さな金属片で声を拾い、カードから発せられるという仕組みだ。因みに矢鏡は、腕時計の留め具にこの金属片を組み込んでいた。

 フィルはいつもの爽やかな笑みを浮かべ、カードを盤の横に置いた。


「昨晩、君が寝ている間に入れさせてもらった。華月の考えを予想してそのシャツにしたんだけど……当たって良かったよ。これ一つしか持ってないし」

「……服装を当てるまでなら納得できる。だが、クローゼットに入ってる全く同じシャツの中で、これを当てられたのは不思議でならない」

「難しいことではないよ。僕は君のことも、ある程度は理解しているつもりだから。

 例えば、君はなかなか几帳面な性格で、クローゼットに並んだシャツを右から順番に着ている――とかね」

「…………」


 フィルの解説に、矢鏡は少しばかり表情を変えた。嫌そうな、気味悪そうな顔である。

 フィルは楽しそうにふふっと笑って、木箱から取り出した駒を盤の上に置いた。矢鏡が先程裏返したものも含め、七つの駒が白に変わる。

 その様をぼんやり眺め、


「……俺、お前のそういうところ嫌い。人を小馬鹿にするところ」

「そう。僕は君の無神経で臆病なところが嫌いだよ」


 フィルが即座にそう返すと、矢鏡はやや俯いて、大分間を開けてから小声で、そうか、と言った。

 フィルは矢鏡に気付かれないよう声を殺してしばらく笑い、


「でも正直で真面目なところは好きだよ♪」


 明るい口調で付け足した。

 矢鏡はちらっとフィルを見やり、長い溜め息を吐く。


「……やっぱりからかわれてる気しかしない……」

「君もなかなか面白いからね。一番は華月だけど」


 その言葉に呆れ顔をする矢鏡を一瞥し、フィルはにこりと笑う。


「まぁそんなことより。――あれは駄目だよ、ディルス」

「……? 何のことだ?」

「昼間の話さ。華月に教えようとしただろう? 鈍いから気付かれずに済んだけど」

「……あぁ、お前があいつを特別に思っていることか」

「そう。困るんだよね、それを華月に伝えられると」

「それくらい、いいんじゃないか? 恋心を抱いてるなら別だが、一番好いてるって程度なら伝えた方が良いと思う。あいつ、率直に言わないとわからないくらい鈍いし」


 矢鏡が不思議そうに言うと、フィルは視線を逸らし、


「君にヒントを与えたのは間違いだったな……」


 ぼそっと小声で呟いて、静かに溜め息を吐いた。


「確かに恋心ではないよ。……でも、一番好きなんて単純なものでもない」


 わけがわからず眉をひそめる矢鏡を見やり、フィルはにっこり微笑んだ。

 それが感情を読ませないための完璧な作り笑いなことくらい、矢鏡にはわかる。


「彼が大切なら余計なことはしない方が良い。僕のは情愛なんて綺麗なものじゃなく、暗くて醜い欲望だからね。もし彼がそれに気付いたら、多分歯止めが利かなくなる。

 ――そうなれば、困るのは君だよ。親友がいなくなるのは嫌だろう?」

「……お前、あいつに何かする気か?」

「何もしないよ。気付かれない限りはね」

「…………。もし気付かれたら何をする気だ?」

「知りたいかい?」

「………………いや、やっぱいい。聞かない方が良さそうだ」


 若干青ざめた矢鏡が、小さく左右に首を振る。


「賢明な判断だね」


 フィルはくすりと笑い、まるで他人事のように言った。

 それから矢鏡は再び箱から駒を取り出し、盤の上に置いて黒で挟んだ白い駒を裏返した。フィルも同じように行っていき、徐々に盤の上の駒が増えていく。二人は交互に打ちながら話を進めた。


「――まぁ、そういうわけだから。ただの人間が伝えるのはいいけど、君は駄目だよ」

「……人間はいいのか」

「うん。だって、付き合いの浅い人間達がどう言ったところで彼は信じないからね」

「そうか? 単純だから信じると思うけど」

「おや? これは意外だな。長年連れ添った君なら、彼の事をよく理解していると思ったのに……気付いていなかったんだね」


「……何に?」

「誰に対しても普段通りの対応をしているからわかりにくいけど、あの子はかなり警戒心が強いんだよ。よほど気が合わない限り、簡単には心を許さない。

 ――信じられなければ自分の目で確かめてみなよ。僕の読み通りなら、月曜日に学校に行けば、その様子が見られるから」

「……わかった」


 言って矢鏡は小さく頷いた。

 パチッと軽い音を立て、フィルが最後の駒を置く。対応する駒をいくつか裏返し、逆の手で頬杖をついた。

 矢鏡はフィルをじっと見つめ、


「フィル」

「何?」


 フィルがにっこり笑う。

 矢鏡はわずかに頬を引きつらせ、盤の上に視線を落とした。


「さすがにこれは無いだろ……」


 升目を埋め尽くす駒は、全て白になっていた。黒面を上に向ける駒は一つとして無い。


「初めてやって……これは無い……」


 呆然とした口調で、矢鏡はもう一度言った。

 フィルは済まし顔を作り、


「でも君強いね。全部白にするの、なかなか難しかったよ」

「あのな……これそういうゲームじゃないから……」

「おや、そうなのかい? 全て自分の色にすれば勝ちだと思ったよ」

「違う……というか、普通は一色に出来ない。だから自分の色の駒が多い方が勝ちなんだ」

「へぇ。それじゃああまり面白くないね、簡単すぎて」


 あっさりそう言うフィルに、矢鏡は完全に呆れた目を向けた。


「……お前それ、同じことを華月に言ってみろ。絶対に怒られるから」


 フィルは数秒考えて、ごめん、と素直に謝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ