7-3 特別 - No side -
「……意外だったな」
華月が部屋を出て行った後、しばらく経ってから矢鏡が言った。
フィルは軽く首を傾げ、
「何がだい?」
「お前は実験以外に興味を持たないと思ってたから……"特別な相手"がいるとは思わなかった」
「それくらいいるよ。僕も人間だったんだ。好みだってあるさ」
「…………」
矢鏡は疑うような眼差しでフィルを見つめた。
フィルは少し考え、
「……そんなに意外だったの?」
「あぁ」
矢鏡は即答した。
フィルは再び考えて、それからふふっと小さく笑った。
「変なことを言うね。好みが無いなら、君達を友人だとは言ってないよ」
「……それもそうか」
矢鏡は素直に納得した。
それから間もなく、部屋の扉がノックされた。二人は扉に目を向けて、数秒後に銀のトレイを左脇に抱えたクラウスが部屋に入ってきた。矢鏡に許可を貰ってから空いた三人分の食器を片付け、一礼して出て行った。
しばらくは静寂が続き、ふと、あることに気付いた矢鏡が口を開いた。
「――そういえば、フィルはなんでここに来たんだ?」
言って、不思議そうな顔をフィルに向ける。
「お前、一人が好きだろ? 華月が心配だったのか?」
そう尋ねると、フィルは左右に首を振った。
「華月じゃない。僕が心配しているのは――君だよ」
「……俺?」
「そう」
フィルはにっこり笑い、一拍の間を開けてから言った。
「精神的な話だけど――
君は華月と違って、あまり強くはないからね。その上すぐに無理をしようとするから、止める人と支える人と、理解してくれる人が傍にいた方がいい。――とは言っても、その役目はエルナの来世である華月にしか務まらない。でも今はまだ、彼は君を理解しきれていないから……それまでの代わりになればいいなと思ってさ。僕では力不足だろうけどね」
「…………」
矢鏡は十秒ほど固まって、
「……俺はそこまで弱くないよ」
そっぽを向いてから蚊の鳴くような声で呟いた。
フィルはふふっと言って、にぃっと笑った。
矢鏡はその笑みに気付かなかった。