1-4 初めてのバトル
「さて、まずは倒そうか」
と、フィルが言い、矢鏡はフィルに目を向けて、
「お前やるか?」
「僕は非戦闘員なんだけど」
にっこり笑ってフィルは答えた。
あれだけ戦えるのに戦闘員じゃなかったんだ……
なんか、二人で譲り合いみたいなことをしていたから、
「はいはーい! じゃあ俺がやる!」
俺は元気に手を上げて、前に躍り出た。
『え?』
声を揃えて驚く二人を無視し、
「というわけでかかって来い!」
おっさん(ドラゴンになったけど)にビシッと指を突きつける。
「ちょっと華月! 君戦えるの!?」
「さぁな! やったことないから知らねぇ! でもきっとなんとかなるさ!
運動神経は良い方だ!」
狼狽えるフィルに、自信満々で言い切った。因みに根拠は無い。その場のノリってやつだな。
「お前らふざけやがって!」
おっさんはそう言って、獣のような鋭いツメを振り上げる。ぶんっと横に振り、俺はそれを上に跳んで避けた。
「ははっ♪ 当たったら痛そうだな!」
俺は楽しげに言った。
「まぁ、死ぬんじゃないかな」
「殴られるだけで全身骨折だね」
矢鏡とフィルが順に呟く。二人はあくまで冷静だった。
「うがぁぁぁぁぁ!」
おっさんが吠えて高くジャンプする。そのまま俺たちに向かって落ちてきて、俺は右前に飛び込みギリギリ避けた。受け身を取って、立ち上がりながら後ろを向く。矢鏡とフィルの姿はいつの間にか消えていた。
俺たちを踏み潰そうとして失敗したおっさんに、
「短気だなー!」
と言ってやる。
おっさんは鋭い目つきで俺を睨み、
「お前はコロス! お前さえ殺せば――」
**
「あー……やっぱり華月が狙いだったか」
華月と魔族より、それなりに離れた崖の上でフィルが言った。華月の姿が、指の一関節より小さく見える。
「嗅ぎ付けるの早いな……」
フィルの隣で腕を組み、矢鏡が呟く。
フィルは一度、矢鏡を一瞥し、
「"通力"の量が多いから、感知されやすいんだろうね」
遠くで敵の攻撃をひょいひょい避け続ける、華月を見ながら言った。
『あっはははははは! やっべ楽しー!』
華月の声が僅かに聞こえた。
矢鏡は感心するように、
「凄いなー華月。ちゃんと避けてる」
「記憶が無くても、体が勝手に動くんだろ」
フィルは当然そうに言った。
しばらく様子を眺めていると、
『あれ!? そういやどうやって倒せばいいんだ!?』
華月が頭を抱えて叫んだ。
矢鏡は呆れたような顔をして、
「無計画なのもそのままか……」
「おバカさんだったからねぇ」
何気なく言われた言葉に、矢鏡は少し驚いて、
「はっきり言うな……」
「そんなことよりディルス、流石に助けに行かないと。今の彼は、ただの子供だろう?」
それを無視し、フィルは真顔を矢鏡に向けた。矢鏡がわずかに眉をひそめる。
「それ、本人に言ったら怒られるぞ」
「わかってるよ」
フィルは華月に視線を戻し、
「…………ごめん。まだ少し……整理がつかないんだ……」
悲しげな顔で呟いた。矢鏡は横目でそれを見て、そして何も言わなかった。
『おわー! 掠った! あぶねぇー!』
しばらく経って聞こえてきた華月の叫びに、矢鏡は腕組みを解いた。
「……とりあえず行ってくるよ」
瞬時に矢鏡の姿が消える。
一人残されたフィルは俯いて、
「さっさと助けてあげなよ。彼はエルナじゃないんだから……」
誰に言うでもなく呟いた。
**
「うーん……疲れてきた……」
おっさんの左手パンチを横に避けて、俺はため息交じりに呟いた。
おっさんの攻撃は殴る蹴る踏みつぶすしか無いし……ちょっと退屈かも……
因みに辺りは今、結構広い空地と化していた。おっさんが全力で暴れまわったせいだ。花や木々はなぎ倒され、おっさんの巨体で踏みつぶされて肥料みたいになっている。
「華月、少し離れて」
「あれ? 矢鏡、どこ行ってたんだ?」
おっさんの後ろに、急に矢鏡が現れた。え、瞬間移動? まぁそんなことより……
俺は大きく跳び退って距離を取る。
おっさんは矢鏡の方に首を回し、
「げっ! ディルス!?」
「お前は天に帰ってろ」
パチンッ
矢鏡がフィンガースナップ(指ぱっちんの別名。こっちのがかっこいいだろ)を使った途端、轟音と共に激しい電撃がおっさんを襲った。
反射的に俺は両腕で雷の眩しさから目を庇う。ゆっくり腕を下ろして前を見ると、焼け焦げたおっさんはドスンと横に倒れ伏して、すぐに黒い粒子になって散っていった。
「大丈夫?」
無表情の矢鏡が、俺の前まで歩み寄る。俺は数回まばたきを繰り返し、
「……倒した?」
「あぁ」
矢鏡が小さく頷いた。
俺はほっと息をつき、ついでに聞き忘れたことを思い出す。
「なぁ」
「何?」
「お前、なんで魔法使えるの?」
「通力を持ってるから」
「通力って何? 魔力なら分かるけどさぁ……」
魔力はゲームとかでよくあるしな。あれだろ? 魔法とか使う時の源だろ? 魔力って。
俺の問いに、矢鏡は簡潔に説明する。
「妖魔が持っているのが魔力で、神と俺たちが持っているのが通力だよ」
「あ、マジで神様いるんだ……すげーな。この世界はなんでも有りか」
「そうかもね」
俺がそう言った途端、言葉と共にフィルが現れる。こう、シュンッ、みたいな感じで。
「遅くなってごめんね」
フィルは矢鏡の右横に立ち、にっこりと微笑んだ。俺はジト目をフィルに向け、
「それはいいけど…………あんたらなんで瞬間移動まで出来んの?」
「これも術を使ってるんだよ」
「へー……攻撃系だけじゃないんだ。やっぱ術って便利なものなんだな」
そう呟くと、フィルは首を横に振った。
「そうでもないよ。出来る範囲は限られているから。人によって使える術も違うしね」
「そうなのか……」
どうやら、現実の魔法ってのは万能ではないらしい。
「そういえば、ディルスは任務でここに来たの?」
「まぁ……そうだけど……」
フィルの問いに、矢鏡は微妙な反応で返し、そして何故か俺を見る。
「任務内容…………華月を探すことだったんだよ」
「え? 俺?」
「あー……それでか。なるほどね」
俺は首を傾げ、フィルは納得したような呟きを漏らす。
「ここが別の世界だって聞いた?」
矢鏡の問いに俺はこっくり頷き、
「ならわかるだろ? 君がこのままここにいれば、地球では行方不明者になるんだよ」
この一言で事態が把握できた。さっと血の気が引いていくのがわかる。それはヤバい。マジでヤバい。捜索隊出てたらどうしよう!
まるで『ムンクの叫び』のように、へろへろになる俺。
「心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと、君が地球上から消えた時の時間と場所に戻すから」
「マジか!? 嘘じゃないよな!?」
跳びかかるように聞くと、矢鏡は、あぁ、と小さく頷く。そしてこう付け足した。
「それが俺の任務だし」
………………
なんか冷たくない? いや……出会って間もないし、仕方ないかもしれないけどさ……
フィルと俺が友人で、こいつとフィルが友人だったなら、俺とも仲良かったんじゃないの? 違うの? 友達の友達は他人……的な? あー……でも、これがこいつの標準って可能性もあるのか。よし。わからないし、ほっとこう。
俺はそう決めて、一人でうんうん頷く。
二人はそんな俺に構わず、話を続ける。
「華月が僕の所にいて良かったね」
「フィルに手伝ってもらうために来たんだけどな。運が良い」
「それはそうと、華月がここにいる原因は知ってるの?」
フィルが聞くと、矢鏡は左右に首を振り、
「知らない。だから急いで探しに来たんだよ。妖魔に攫われたのかもしれないと思って」
「あー……そういや、さっきのおっさんも『俺を殺せば』とかなんとか言ってたな」
俺も顎に手を当てて考える。
やれやれ……狙われる理由は俺には無いぞ。前世がどうかは知らないが。
ん? そういえばさっきフィルが、強い奴ほど狙われやすいって言ってたな。で、前世の俺はめっちゃ強かった……と。うん、嫌な予感しかしないな。
俺の顔が引きつるのがよくわかる。なんとも複雑な気分だ……
「あのさー……もしかしなくても、俺の命危なかったりする?」
さっきのおっさんは弱い方だって言ってたのに、俺は攻撃を避けることしか出来なかったし。あのおっさんは術を使ってこなかったから良かったけど……矢鏡が使ってたのとか、くらったらおしまいだよなー……。もっと強い奴が襲ってきたら、俺死ぬんじゃないか?
そう考えて聞いたら、二人はきっぱりと、
『それは大丈夫だよ』
みごとに揃って断言した。
その自信はどこから来るんだろうか。
「……根拠は?」
俺は少しの呆れと純粋な疑問が入り混じった感じで聞いた。
矢鏡は無表情のままで、フィルはふわりと微笑む。
「だってこっちには――」
「神様がついてるからね♪」
矢鏡の言葉を引き継いで、フィルが言った。息ピッタリだな。