7-1 完全無欠の超絶美形様
生まれて初めて異世界に行って帰ってきたのが五日前の木曜日。
その次の日――金曜には、部活勧誘などをしてくる生徒達の数が半分になり、昼休みと放課後以外は囲まれなくなった。その代わり、矢鏡と話していると『どうやって矢鏡と仲良くなったんだ!?』と驚かれて聞かれるようになった。
この時に知ったが、矢鏡にも友達がいなかったらしい。小学生の時から矢鏡を知っているという佐野曰く、俺に関わるなオーラ(話しかけても素っ気ないとか、常に無表情だとか)が半端なく、有名な矢鏡財閥の御曹司ということも手伝って、かなり近付きにくかったからだと。……通りで、普通に話しているだけで驚かれたわけだ。
――で、土日は家で普通に過ごして、昨日の朝にフィルが養護教諭として現れた。
そして今日。心の底から思い知らされた。
フィルの医者としての凄さと、超絶美形の威力をな。
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「キャー♡ フィル様ー♡」
「フィル様ステキー♡」
「こっち向いてー♡」
などと黄色い声援を送っているのが女子達。
「美人だよな♡」
「モデルみたい♡」
「かっこいいところがまた良いんだよなー♡」
などと言っているのが一部の男子達。
俺の時と同じであっという間に学校中に知られたフィルは、全校生徒の半数以上(ほぼ女子)と、数人の先生達のハートをがっちり掴んで大人気になった。昨日まではフィルは男だと思われていたため、男性陣からは妬まれていたのだが、今朝広まった『実は女性』という話を耳にした途端、無謀を悟った大半が戦意喪失し、マイナー趣味の一部だけが恋心を芽生えさせた。因みに、女だと知っても女子の反応は全く変わらなかった。
人気の理由は、超絶美形なことと、あの爽やか紳士な性格のため。
それに加えて――
「おや、君は少し顔色が悪いね。朝食はしっかり取った方がいいよ」
廊下ですれ違った女子生徒がたまたま今日は朝食抜きだったこと(他の人は全く気付いていなかった)を一目で見抜いたり、
「君、睡眠が足りてないね。あと二時間は寝た方が良いよ」
同じく廊下ですれ違った男子生徒が、朝晩と勉強するために一月前から睡眠時間を減らしていたこと(彼の友達も知らなかった)を一目で見抜いたり、さらには、
「教頭先生、肝臓がかなり弱っていますよ。七日程お酒を控えることをお勧めします」
家族以外には酒好きを隠していた教頭先生(初老の男性。寝る前に日本酒を飲むのが好きらしい)まで、やっぱり一目で見抜くというすご技を披露したからだ。因みにこれらは宮間から聞いた。言い当てられた人に、本当かどうかちゃんと確認もしたんだと。
そんなわけで、惚れた人と医者として尊敬する人と、怪我や体調不良で訪れる人(極僅か)達によって、フィルの周りには人だかりが出来るようになった。主に保健室に。
「良かったね、華月君」
昼休み。弁当を食べた後に教室前の廊下からその様子を眺めていると、左横に立つ佐野が話しかけてきた。
この廊下にいるのは俺と佐野だけ。矢鏡は昼飯も食わずにどこかに行き、宮間は『情報収集は大事なんだぜ!』と意気込んで保健室前の人混みの一部になっている。
佐野はにっこり笑い、
「フィル先生が来てくれたおかげで、囲まれることが無くなって」
「はは……まぁな」
俺は乾いた笑みを浮かべた。
すると佐野は不思議そうな顔をして、
「あれ? 嬉しくないの?」
「いや、嬉しいけど……ここまであっさり空気にされると、ちょっとな……」
「あぁ……でも、それは仕方ないよ。華月君も凄く変わってるけど、フィル先生の方がインパクトあるもん。顔が良いから」
「……悪かったな、フツメンで」
ややムッとして言うと、佐野は再びにこっと笑った。
「華月君はいいじゃん。俺のようにさ、どこにでもいるような奴とは違って、そんな綺麗な髪色してるんだから」
「え……綺麗か?」
初めて言われた言葉に驚き、俺は思わずおうむ返しで聞いた。
いや……別に綺麗だと言われたいわけじゃないが……
今まで『え? 生まれつきその色? 気持ちわるっ』くらいしか言われた事なかったからさー……ちょっとだけ嬉しい……かも。
佐野はどこか楽しそうに、うん、と頷き、
「すっごいコスプレが似合いそう。色白だし、目が大きいから女装でもいいかも」
「…………そういう意味なら嬉しくない……」
割と気にしていることを言われて、俺は少しだけ傷付いた。
確かに、俺の前世であるエルナは女性だったし、顔も体格もそっくりそのままだ。女装でも似合う、というのは……まぁわかる。俺にも男としてのプライドがあるから、似合いたくはないがな。
――ただ、勘違いしないでほしい。俺は別に女顔ってわけじゃない。いやほんとマジで。
どちらかといえば、逆だ。エルナが男っぽい顔をしてるんだ。髪を切れば少年に見える……みたいな。そんな感じ。だから女装が似合いそうってのはな、顔は関係無くて、平均よりちょっとだけ色白で、どれだけ鍛えても腕にも腹にも筋肉がつかないから若干細身ってのが理由……だと思う。多分。今まで色々陰口言われてきたけど、女男だとか、女っぽいってのは言われた事無いし……
でもやっぱ、他人から色白とか言われるとショックだな……
内心で落ち込んでいる間に、佐野は明るく朗らかに、
「宮間はアニオタでさ。前にコスプレイベントみたいなのについて行ったことがあって、いろんなコスプレ見て、ちょっといいなーって思ったんだ。でも俺は似合わなそうだから、華月君が羨ましいよ。……女装は絶対にしたくないけど」
と言った。それに俺を巻き込まないでくれ……
「あぁそうそう」
佐野はまた話を変えた。
「宮間からあのこと聞いた?」
「……あのことって?」
「矢鏡君のファンクラブ。全員心変わりして、フィル様ファンクラブに改名したらしいよ。会員もかなり増えたってさ。男子も少しいるらしい」
「へ、へぇー……」
フィルが来てから、まだ一日しか経ってないのに……すげぇな。いろんな意味で。
佐野はなんだかすごく楽しそうに、ファンクラブのリーダーが誰だとか、今は一気に増えた会員のためにルールを作っているらしいとか、宮間から聞いた話を俺に教えてくれた。
ぶっちゃけあんまり興味無くて、てきとーに相槌を打っていたら――
『えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』
突然、閉じた窓の向こうから、大人数の驚愕の声が響いてきた。
俺と佐野は反射的に声のした方――保健室へと視線を移し、その前の廊下に密集している人達のほとんどが、変なポーズで固まっているのを確認した。
「な、なんだ? 今の?」
「さぁ……?」
ここからでは状況がわからず、首を傾げる俺と佐野。
今の声が気になったらしく、教室にいた生徒達の何人かが廊下に出てくる。なんだなんだと口々に言いながら、窓に近付き俺達と同じ場所に目を向ける。
人の群れはすぐに動きだし、ほぼ全員がおろおろと狼狽え始めた。
しばしそのまま眺めていると、
「おーい佐野! 華月! すげーの聞いてきたぞ!」
西階段から嬉々とした様子の宮間が現れ、こっちに向かって駆けて来た。
「どうしたの?」
俺達の前で足を止めた宮間に、佐野が聞いた。
宮間は、ふふふ、とわざとらしい含み笑いをして、
「まぁ落ち着け! 順番に話すからさ!」
と完全に自分を棚に上げたことを言って、周りにいる他の生徒達にも、さっき保健室で起こったことを話す、と声をかけて廊下の真ん中に移動した。一同の視線が集まる中、宮間は身振り手振りを付けながら説明し始めた。
「保健室には、昨日来たフィル先生がいるのはわかるな?
そして、フィル先生目当てに、あれだけの生徒達が集まっていた」
そんなの知ってるよ、とどこかから野次が飛ぶ。
宮間はそれをスルーして、話を続けた。
「本当は皆、フィル先生を近くで見たいから保健室の中に入りたかったんだけど、それだとフィル先生が困るからってことで、中に入るのは七人までってなったんだよ。で、一つ質問したら交代って決めてやってたんだ」
……あれ? 俺の時と結構違くね? もっと無遠慮だったじゃん……
これが美形効果か……?
「まぁ出身地とか誕生日とか、無難な質問が多かったんだ。全部答えてくれなかったけど」
あー……誕生日はともかく(つか、主護者に誕生日って意味あんのか?)、出身地は応えられないよなー……。異世界です、なんて言えないし。
「でな、何回か交代したある時、三年の女子グループがこう聞いた。
『付き合ってる人はいますか』
それに対し、フィル先生は困った顔で、
『付き合ってる人? それはどういう意味だい?』
と言った。まぁ、どーみても外国人だからな。日本語すっげー上手いけど、知らない言葉のが多いんだと思う。
てーことで、女子達は慌てて、
『あぁ、えっと……好きな人はいますかってことです』
と言い換えたんだ。そしたら先生はなんて言ったと思う?」
宮間はにやにやしながらそこで止め、周りの反応を窺う。
数人の生徒は、あの驚き方は『いる』って言ったんだろ、と返した。恐らく、この場にいる大半が同じ答えを出しているだろう。
けど、俺は逆だな。だって、主護者の皆さんは恋とか意識しないって言ってたからな。
一通り見てから、宮間はにやりと笑って答えた。
「超爽やかに微笑んで、『いるよ』って言ったんだよ」
………………あれ?
周りの生徒達は『やっぱりそうか』という反応をした。
俺は目が点になった。
「で、あんだけの叫び声が上がったのさ」
「へーそうだったんだ」
宮間の言葉に、佐野が納得した呟きを返す。
最後に宮間が『結局、フィル先生は個人情報については何も答えてくれなかった』と皆に言って、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「好きな人って誰だろうな?」
男子の誰かが言った。