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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第6話 「転校生」
33/119

6-2 慣れない日々

 次の日。

 空は快晴で、過ごしやすい涼しい気温だった。

 俺は七時半過ぎに家を出て、八時前には教室に着いた。この時間は生徒が少なく、あまり注目されずにすんだ。すでに登校しているクラスメイトは十二人。隣の金髪君もいて、席に着いて静かに本を読んでいた。後ろを通るついでに見たが、本はドイツ語で書かれていた。宮間と佐野はまだいなかった。


 始業時間まで暇だから、俺も自分の席で読書をした。最近買ったばかりの、大好きなファンタジー小説だ。剣も魔法も魔王もありの王道ファンタジーで、どこにでもいる平凡な少年が努力だけで勇者になる、というストーリー。努力家っていいよな、好感持てる。


 ほとんどの学校が同じだと思うが、この校舎も正面を南に向けて造られている。普通なら窓際の席には朝から夕方まで常に直射日光が当たるのだが、この校舎は三角屋根の裾が少し出っ張っていて、教室内に差し込む範囲を狭めてくれている。それ故、窓際の席でも日差しが直接体に当たることは無い。……つっても、壁に机をくっつけてないからだけど。人一人が余裕で通れるくらいに開いているからな。


 そんなわけで、窓際でも優雅に読書を楽しめている。日焼けはぜんぜん気にしない(むしろもう少し焼けたいんだが、海に行っても山に行ってもまったく日焼けしない。だから肌白くてちょっと悲しい)が、紙が光を反射すると眩しいからな。

 佐野は八時過ぎに、宮間は登校時間ギリギリの八時半前に来た。二人は俺にも挨拶をして、俺も本から目を外してちゃんと返した。


 今日は四時間目に体育があり、校庭で野球をする、と朝のホームルームで先生が告げた。

 因みに、体育教師は佐藤先生だ。思った通り、スポーツマンだったな。

 三時間目の国語が終わると、男子は教室で、女子は女子更衣室(男子更衣室は無いらしい)で学校指定の青ジャージに着替える。更衣室がどこにあるのかは知らん。興味無いし。


 現在は六月半ばだから、半袖になるには少し早い。ここ、避暑地だし。

 故に、ほとんどの生徒(もちろん俺も含む)が長袖長ズボン姿、元気のいい男子三人(宮間を含む)だけが半袖姿だった。

 隣の金髪君は、今日は普通に教室で授業を受けていたが、体育だけは不参加らしく、ジャージにも着替えずどこかに行った。宮間曰く、彼が向かったのは保健室で、体育の見学もしないで別の授業を受けるらしい。


「いつものことだよ」


 と、佐野が言った。次いで、


「日の当たる場所で立ってるだけでもダメなんだと。なんであいつみたいな、勉強できるだけの三白眼がモテるんだ」


 不満そうに宮間が言った。

 それはイケメンだからだろ。頭良いみたいだし。

 つーか、外で立ってるだけでもダメなんだな、金髪君。

 見た感じ病弱そうには見えないんだけど……まぁ、どうでもいいか。


 校庭の東側は野球部が使っている簡単な野球場になっており、近くには野球部専用の倉庫がある。その隣に、体育で使用する器具が入った大きな倉庫が二つ、横に並んでいた。先生は右の方の倉庫を開け、クラス全員で協力して中から道具を取り出した。軟式ボールとバットとグローブ。もちろん、グローブは全員分ある。


 試合をするため、A、B、C、Dの四チームに別けられていて、AとBが八人、CとDが七人ずつだった。先生は俺を、CとDのどっちのチームに入れるか悩んだ。クラスメイトの中には野球部部員とハンドボール部部員が何人かいて、体育の成績と合わせてバランス良く組んであるらしい。俺の場合、体育の成績もわからないから、悩むのも仕方ない事だ。


 やがて、いいかてきとーで、と明るく言って、結果的に佐野と同じCチームになった。宮間はAチームだった。

 前回の試合はAチーム対Bチーム、Cチーム対Dチームだったらしい。で、今日はA対C、B対Dで試合。Dチームには一人足りないが、人数合わせで先生が参加するそうだ。不公平にならない範囲で。

 因みに、試合は授業の成績には関係ないため、皆気軽に楽しくやっているそうだ。レクリエーションの如く。


 俺達が使うのは東側の校庭で、あとの二チームが西側。どっちで試合をしても、バッターが校舎側の角の方に立ち、裏門を向く形である。

 まずは各チームごとに別れ、ポジションと打順を決める。つっても、体育だからテキトーにだけど。

 とりあえず俺は様子見ってことで、打順は一番目、ポジションはライトになった。ピッチャー以外ならどこでもいい、と言ったらそうなった。

 八人だからキャッチャーはいなくて、代わりにネットが置かれた。


 チームリーダーである宮間と田村(クラス一背の高いバレー部の男子。ピッチャー)がじゃんけんをして、どっちが先攻かを決める。

 結果は田村の負け。つまり、俺達Cチームが先攻だ。

 うーん……個人的には勝ってほしかったな……

 初っ端から出番とか…………どうやっても目立つじゃん。


 俺は金属バットを握り、バッターボックスに入る前にちらっと後ろを見た。

 打順待ちのチームメイト達からは、


「頑張れ転校生!」


 と、応援の声がかかり、AだけでなくBとDチームからは、


「え? 転校生が打つの?」

「うわー気になる……」

「ちょ、ちょっと見ようぜ」


 などという声が上がった。ついでに視線が集まってくる。

 ――というか、すでに目立ってた……

 周りに気付かれないよう静かにため息を吐き、俺はバッターボックスに入った。

 相手チームのピッチャーは林。野球部の男子で、投球にはかなり自信があるらしい。次期エースだと佐野が教えてくれた。


「林ー! 手加減すんなよー!」


 レフトにいる宮間が明るく言った。


「あったぼうよ! 俺はウサギを狩るにも全力を出す男だぜ!」


 ボールを握った右手を振り回しながら林は応えた。

 周りからは笑い声と、ふざけんなー、お前以外素人なんだぞー、などという野次が飛ぶ。本気の文句ではなく、ただの冗談として。

 俺は一度、正面にそびえる小高い山の連なりを一瞥し、バットを構えた。

 林が振りかぶり、そして――


 カッキーン


「あ」


 良い音を残し、超高速で山の向こうまで飛んでいくボール。

 俺の口から自然と漏れる呆然とした声。


 や……やっちまった……

 三振するのもなんか嫌だし、とりあえずバットに当てるくらいはしようかな――とか思ったらこれだよ。思ったよりボールが速くて、加減するのを忘れてしまった……


 ゆっくり首を回して、周りの反応を窺う。

 AチームもCチームも、西側で試合をしている他のチームも皆ぽかーんとして、空の彼方に消えていったボールをじっと見つめていた。

 あー……すっげー逃げてぇ。どうすっかな…………どうしようもないな……

 周りの皆は誰一人として、ピクリとも動かない。

 時が止まったかのような静寂が続き、俺の中の不安が増していく。


 さぁて、どっちだろうな……

 化け物呼ばわり確定――は当然だろうが、それよりも――


「えーっと…………やっぱ弁償かな……?」


 俺は後ろ頭を掻きながら呟いた。

 俺んち、あまり裕福じゃない一般家庭だからな……

 弁償なんてことになったら、まーた母さんに怒られるよ……


「す」


 ようやく、誰かが言った。

 でも"す"ってなんだ?

 ……まぁ、なんでもいいか。どうせこの後の展開は決まってるし。有り得ないとか、化け物だとか言われるんだろう。


『すげぇ!』


 ほら、皆揃って化け物って――え?


「すげぇ華月! お前は天才か!?」


 真っ先に宮間が走り寄って来て、俺の左肩を叩きながら興奮したように叫んだ。


「え?」


 意外な反応だったため、呆然とする俺に、


「あんなに飛んだの初めて見たよ! 凄すぎでしょ転校生!」

「まさに神業じゃん!」

「実は野球部だったとか!? にしても飛びすぎだろ!」

「どうやったんだ今の!?」


 授業中試合中だということも忘れ、口々に言いながらほぼ全員が集まってくる。あっという間に囲まれる俺。

 先生も一緒になって俺の正面まで駆けて来て、両肩をガッと掴み、


「凄いぞ華月! そんな凄い力があったのか!」


 あ、怒られるのかな、と思ったらそう言われた。完全に興奮した様子で。

 テンパっている俺は、慌ててボールが飛んでいった方を指差し、


「え? いやあの……怒らないんすか? ボール、山の向こうに――」

「いいよいいよ! そんなの俺がなんとかする!

 それより華月、野球部に入らないか? お前なら凄いバッターになるぞ!」

「そうだぜ華月! 一緒に野球やろうぜ!」


 先生に続いて、俺に打たれた林までもが嬉しそうに勧誘してくる。

 その勢いに飲まれて、いやあのえっと、と狼狽えていると、


「いいえ! 華月君は陸上部に入るべきよ!」


 横から別の女子が口を挟んできた。陸上部の伊藤さんだった。

 彼女は人の群れから一歩出てきて、ぐっと拳を握りしめ、


「昨日見たのよ! 帰るところを! あのおっかけ全員を余裕で振り切った走りをね!」

「あ、それ俺も見た。凄い速さだったよね」


 のんびりした口調で佐野が言った。群れから外れた場所で。

 あ、いいな……俺もそっちに行きたい。こんな環の中心じゃなくて。

 目立つこと自体は嫌いじゃないんだけど――


「華月君、是非陸上部に!」

「いやいや! ここは野球部だろ!?」

「ふざけんな! そんだけの身体能力があるなら水泳部によこせ!」

「いやサッカーだろ!」

「バスケはどう!?」


 こーゆーのはちょっと苦手だな。野球と陸上以外の奴らも参加してきたし。


「悪いけど俺、部活に入る気無いんだ。集団行動が苦手でさ……」


 困ったように笑い、ひかえめに正直に答えた。こう言うと大体は諦める――のだが。


「大丈夫大丈夫!」

「陸上は個人競技がほとんどだから! ね!」

「そんだけ凄い力持ってりゃ問題ねぇよ!

 それよりボールは投げられるか? ノックとか取れる?」

「ちょっと林! 何抜け駆けしようとしてんのよ!」

「いいだろ別に! こんな神がかった奴が他にいるか!」


 おおぅ……積極的ですね、皆さん……

 まさか、場外すぎるホームランを一本打っただけでこうなるとは……今までと反応が違いすぎる。むしろおかしい。


「華月君は陸上部が貰うわ!」

「野球部だよ!」

「水泳!」

「バスケ!」

「ここは間を取って吹奏楽部に」

『文化部は黙ってろ! 人数集めなら他当たれ!』


 運動部のツッコミ炸裂。すげーな、息ピッタリ。

 つーか、もうすでに勧誘の奴らだけで言い合ってないか……?


「人気じゃん、華月。よかったな」


 宮間が笑顔で言った。

 俺はジト目を返し、


「よくない。部活入りたくないんだよ、俺」

「なんで?」

「有名になるじゃん」

「どこに入ってもか? すげー自信だな」

「まぁな。でも、過信してるわけじゃないぜ。実際に何でも出来るからな、スポーツは」

「ふーん……」


 宮間はどうでもよさそうな返事をした。この分だと信じてないな……

 それにしても――

 俺は視線だけ動かして周りを見た。

 勧誘部員達(先生含む)は未だ勝手な言い争いを続けており、他の人達はそれを面白そうに傍観している。


 うーむ……やっぱりおかしい。今までだったら、こんなにしつこく勧誘してくる人も、凄いなんて褒めてくる人もいなかったのに……

 もしかして――いや、本当にもしかしたらだけど――

 俺が今までいた所が、淡泊で冷たい人達ばっかだったのかな……この学校が特別なんじゃなくて。



 **



 結局、今日の体育は勧誘達の争いだけで終わった。

 野球部顧問の佐藤先生まで目を輝かせて勧誘してたからな。それで授業が出来るわけない。

 そしてなんと、残念なことに。

 昼休みの間だけで、俺の場外すぎるホームランが学校中に広まってしまった。犯人は宮間。ぜってーゆるさん。楽しんでるだけだろこいつ。


 おかげで放課後にはいろんな運動部(顧問の先生達含む)が勧誘に来たよ。中には『それほどの力が本当にあるのか見せろ』と言ってくる人達もいて、断るのがマジで大変だった。

 まぁ……途中から心底面倒くさくなって、終いにはカバン持って逃げたけど。

 これじゃ、明日も大変だろうな……

 陸上部の短距離走選手と野球部とサッカー部の追撃をぶっちぎったのはまずかったかもしれない。余裕で離してきたし、わざわざ遠回りして閉まってる裏門飛び越えたし。


 それだけで歓声上がったからなぁ……それもまずかったのか。

 目立つつもりは無かったのに。どうしてこうなった。

 帰り道である土手を歩きつつ、俺は深い溜め息を吐いた。

 その時――


「ん?」


 後ろから視線を感じて、反射的に足を止めて振り返る。

 誰かに見られている気がしたが、道には俺の他に誰もいない。隣にも奥にもある山にも人の姿はなかった。


「気のせいか……」


 その後は特に何もなく、普通に家に帰った。体育でボールを失くしたことを母に言ったら、予想通り『またやったの?』と怒られた。

 次の日からは見物人達に部活勧誘と実力測定目当ての人達も加わり、俺の周りはさらに騒がしくなった。それらは翌週まで続いて、俺はずっと人に囲まれて過ごした。人気者として囲まれるという、慣れていない環境で。遠目から恐がられることには慣れてんだけどな……


 ――というか、こんな反応自体が初めてだった。

 だから、ずっと戸惑っていた。

 どうしていいかわからなくて、てきとーにあしらって逃げていた。







 そして――

 気付いたら異世界にいたんだ。

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