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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第5話 「魔界」
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5-1 通信機っていかにも任務って感じがする

 太陽が真上を通り過ぎ、心地よい春風が湖面に小さな波を立てる。

 そこそこ大きな湖で、形はほぼ円形。透明度の高い水と白い砂浜が陽の光に照らされて、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。魚は一匹も見えなかった。


 幻想的とも言える景色の中に、一つだけ不似合いなものがあった。

 波打ち際の水の上に浮かぶ黒い大穴。リンさんと初めて会った時に見たやつと同じもの。

 その時は中から黒ローブ男が現れた直後に消えてしまったが、目の前にあるこの穴は、俺たちがここに来る前からあり、今もずっと宙に浮かんだままだ。


「これが"通路"だったのか」

「そうだよ」


 穴から一メートルは距離を開け、前から横からまじまじと観察する俺に、真面目な顔のシンが応えた。


「魔族と悪魔だけが使える、魔界と地上を繋ぐもの。一度繋げてしまえば、作った当人が術を解くか死ぬかしない限りは壊れない。妖魔も人間も、私たちでも出入り自由だから、そのままにはしておけない危険なものだよ」

「危険……なのか? 便利そうだけど」


 俺が首を傾げて尋ねると、シンはフッと笑ってみせ、


「じゃ、言い方を変えようか。

 魔界と地上が通路によって繋がっている限り、妖魔は地上に出放題。このまま放っておけば妖魔がどんどん移り来て、一年もあればフーリ全体が埋め尽くされる。

 言い忘れていたけど、集落に張ってある結界はね、上位魔族と上級悪魔なら壊すこともできるの。

 ――もし、そんな状態で結界が壊されれば……どうなるか、わかるでしょ?」


 怒涛の如く押し寄せる悪鬼の大群が町を襲う様を想像し、俺の顔からさぁっと血の気が引いていく。


「それ……さ、人……全滅するんじゃ……」

「だろうね」


 おそるおそる口にした恐い考えを、フィルが即座に肯定する。

 いつもの爽やかな笑みを浮かべ、


「だから、華月もちゃんと覚えておいてね。たとえ任務の途中でも、よほどの事情が無い限りは通路破壊が優先だから。通路を見つけ次第、作成者を探し出して倒すこと。

 大体は自分の住処と繋げるから、探すのに手間はかからないけど……たまに隠れる奴もいるから、その時はシンに相談すれば仲間を送ってくれるよ」

「余力があれば、だけどね」


 フィルの説明に続き、にこりと微笑みシンが言った。

 次いで、俺の傍まで歩み寄り、黒いUSBメモリみたいな見た目の通信機を差し出してくる。前に矢鏡が使っていたやつと同じ物だ。


「これで通信できるから。華月にも渡しておくね」


 俺はそれを右手で受け取り、品定めするように全体を見回しながら、


「でもこれ……どうやって使うの?」

「通信したい相手を思い浮かべながら、横のスイッチを押せば繋がるよ。もちろん、通信機を持ってない人には繋がらないけど。

 ……試しにやってみる?」


 シンは言うなり、俺の返事も待たずに砂浜を駆けて行き、数十メートル離れて止まる。くるりと反転し、ひらひらと手を振った。超かわいい。

 俺は言われた通りシンを思い浮かべつつ、スイッチを一度押した。途端。


 チッチッチッ――


 と、時計の針のような音がどこからか聞こえてきた。

 等間隔(多分一秒)で鳴るその音は、シンが通信機を取り出し、俺に見えやすいように肩まで上げて、スイッチを押すと同時に止まる。


『聞こえる?』


 そう問うシンの声が、まるですぐ隣で発せられたかのように、とてもはっきり聞こえた。通信によるラグはないらしく、シンの口の動きともぴったり一致していた。


「すっげー……こんな感じなんだ」

『そうだよ。便利でしょ』


 感嘆の声を上げる俺に、シンはふふっと笑って応えた。

 シンが再びスイッチを押すと、ピッという短い音がして、それきりシンの声は聞こえなくなる。小さく口が動いていたが、ここからでは何を言っているのか分からなかった。


 しばらくして、シンがまたスイッチを押すと――

 突然、シンに呼ばれた気がした。

 声が聞こえたわけではない。ただ、そんな感じがしただけ。

 その感覚は、エルナと初めて会った時に感じたものと似ていた。だから少し驚いたけど、フィルたちは別の意味で捉えたことだろう。エルナについては完璧に隠しているからな。

 今度は俺がスイッチを押し、またピッと短い音が鳴る。


『逆だとこんな感じね。わかった?』

「うん。ありがとう、シン」


 再び聞こえたシンの声にそう返し、シンは通信を切ってから俺たちの方に戻ってきた。

 にっこり笑顔で俺を見上げ、


「じゃ、私は行けないから。何かあれば連絡して」

「えっ!? シンは行かないの!?」


 驚いて聞き返すと、シンは困ったような顔で小さく頷いた。

 魔界には邪気が充満していて、霊体だとその影響をもろに受けるからだって。

 邪気の影響ってなんぞ? と思ったそこの君。

 安心してくれ。ちゃんと聞いたから。


 矢鏡曰く、実体化の維持に通常の二倍の通力を消費したり、術の発動が不安定になったり、威力が弱まったりしてしまうらしい。人によって多少の誤差はあるものの、ほとんどの人がまともに戦えなくなるんだってさ。

 但し、人間であれば話は別で、肉体によって魂が守られているから邪気の影響は受けないらしい。


 つまり、今は人間である俺たちが魔界に行っても問題ないが、通力の残りが皆無である今のシン(霊体。しかも分身)では、行った途端に通力を使い果たし、消滅してしまうという。


 あー……じゃあ、一緒に行っても意味が無いのか……

 少々どころかかなりショックだが、そういうことなら仕方ない。

 シン一人残していくのも心配ではあるが……俺たちが湖に着いた時、そこら辺をたむろしていた悪鬼たちは全滅させたし、襲われることはないだろう。

 一応辺りを見渡して、敵の姿が見えないことを確認していると、シンが俺の名を呼んだ。


 その声に視線を戻すと、シンは薄く笑って左手を差し出してきた。手の平を上に向け、そこに乗せられた物を俺に見えるようにする。

 それは小さな四角い箱だった。大きさはサイコロと同じくらいで、色はキレイな薄紫。中心部には白っぽい玉があり、わずかに透けて見える。


「魔族を倒したらこの通路は消えてしまうから、戻ってくる時はこれを使って。転移するための術が掛けてあるの」


 俺は左手で小箱を摘まみ上げ、


「……使い方は?」

「この場所を思い浮かべながら箱を壊すだけ」


 シンの簡潔な説明に、俺は不安げに眉根を寄せた。


「壊す……のはいいけどさ、それ危なくない?

 だって、壊せるってことは、衝撃かなんかでも壊れるってことだろ?

 もし途中で壊れたらどうすんの? 転んだ拍子に、とか……」


 物質召喚で消しておくつもりだが、万が一壊れたら困るからな。まだ転移は使えないし。

 しかし、心配は無用だったようで、


「それは大丈夫。転移するつもりでないと、絶対に壊れないようにしてあるから」


 シンはにっこり笑ってそう言った。

 うむ。それなら安心だ。

 ……まぁ、どのみち持ち歩くには邪魔だから、通信機と一緒に消しておくけどな。


「それと、効果範囲は半径一メートルだから、使う時は気をつけてね

 普通の転移なら一緒に移動する相手を選べるけど、これだと出来ないからね。

 必ず、三人が範囲内に入った状態で使うように」

「りょーかい」


 俺が短く返事をして、


「じゃ、行ってくる」


 と、後ろで矢鏡が言った。

 シンの笑顔を最後に見て、俺たちは通路に入っていった。



 **



 自分以外、誰もいなくなった砂浜で――

 シンは一人、波の音だけを聴いていた。

 目の前に浮かぶ通路を眺め、ふいに、視線を左に向ける。

 眼に映るのは、白い砂浜と湖と、湖の周りを囲む背の高い木々だけだった。

 シンはその内の一本、丁度左真横の一番手前にある木を見つめ、わずかに目を細める。

 クスリと――誰かが笑った。

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