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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第3話 「次なる予感」
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3-6 やっぱり術ってべんり

 太陽が真上にさしかかる頃。


「そういや、昼飯はどうすんの?」


 本日十五体目の悪鬼を斬り伏せた後、俺は刀を消して振り返り、三人に向かって尋ねた。

 出てきた町はついさっき地平線の彼方に消えたし、進行方向である北を見ても、遠くに見えてた山がほんのちょっとだけ大きくなったかな、という感じしかしない。

 順調に進んではいるのだが、恐らく今日中に平原を抜けることはないだろう。

 そのくらいこの平原は広かった。


「そうだねぇ……」


 フィルが思案顔をする。

 聞いといてなんだけど、答えなんて分かりきっている。

 旅での食事といえば! 携帯食料と相場が決まっているからな!

 ふふふ……実はちょっと憧れてたんだよね。テンション上がるわー。

 シンがにっこり笑い、


「じゃあ、ちょっと休憩しようか」


 すっと手を上げ、パチンッとフィンガースナップ。


 ぽんっ


 気の抜ける音と共に、シンの後方に突然現れる二階建ての家。外観は西洋の屋敷っぽくて、大きさはちょっとでかめのアパートくらい。壁は白色で、屋根は青。とてもオシャレな感じ。

 俺はそれを無表情で見上げた。

 わぁーちょうべんりぃー。テンション下がったわー。


「……シン、通力ほとんど無いって言わなかったっけ?」

「これくらいなら平気だよ」


 気の抜けた俺の問いにさらりと答え、シンは屋敷の真ん中にあるドアを引き開けて中に入る。続く矢鏡とフィル。で、呑気に家を眺めていた俺が最後。

 入って正面に二階へ上がる階段があり、左右に見える広い部屋。そこにドアは無く、階段で仕切ってるだけだった。

 右側には薄緑のシックなソファーとガラスのコーヒーテーブル。

 左側にはエレガントなデザインのダイニングテーブルと背もたれのあるイス。

 それぞれ部屋の中央に。丁度四人分で。


 俺たちは玄関で靴を脱ぎ、とりあえず左の部屋に入った。

 俺はきょろきょろ室内を見回し、奥にドアが一つあるのを発見。というか、それ以外何もなかった。どうやら最低限の物しか置いてないようだ。

 シンたちはテーブル前で立ち止まったが、俺は興味本位でドアまで行き、引き戸を開けてひょいっと覗き込む。


「おー……」


 そこは白を基調としたキッチンだった。それが右横に伸びている。

 日本でも売ってそうなキッチンで、新鮮味は全くないが……普通に新居を見学してると思えば、ちょっと楽しいかもしれない。

 ――まぁ、俺は引っ越したばかりだけどな。親父の仕事の都合で。


「しっかし……ファンタジーっぽくないな、ほんと」


 俺は振り返りつつ、呆れたような顔をして言った。


「こういう時って普通、携帯食料とか野宿とか――」

「じゃあ華月。野宿出来るの?」


 俺の発言を遮り、矢鏡が淡々と聞いてくる。

 そう言われてふむ、と考える。

 野宿――つまり野外。ベッドも無ければ布団も無し。風呂も無し。トイレも――


「無理だな」


 遠い目をしてきっぱりと答えた。現代という便利な環境に慣れた俺には出来ない。

 しかもここ平原だぞ。周り草しかないんだぞ。もしトイレに行きたくなっても、遮るものすらないんだぞ!

 それに俺、汚いの嫌いだし。地面に寝るのはギリギリ我慢できるけど、風呂に入れないのは絶対ヤダな。潔癖症ではないけど……これが一番の理由かも。


「材料は言ってくれれば出すよ」


 シンが言う。


「わかった。で、誰が作る?」


 俺が尋ねたその途端、シーンとなる一同。

 ……あれ……?


「えーっと……」


 とりあえず、フィルを期待の眼差しで見つめる。

 やっぱ家事といえば女性だよな! イメージ的に!

 けど、シンは多分無理だろう。食事しないのに作れるとは思えないし。姿は子供だし。


「フィル一人暮らししてたし……作れるだろ?」


 そう尋ねると、フィルはあごに手を当て、顔を右横に向けて黙考する。

 その左で腕を組んで立つ矢鏡が、視線だけをフィルに移した。その顔がどこか不安そうに見えるのは、きっと気のせいだろう。

 ――と、いうわけで。

 俺と矢鏡は向かい合って席につき、黙って待つこと十数分。


「はい」


 目の前に、ことりと置かれるスープ皿。

 その中身を見た瞬間、俺の目は点になった。矢鏡はビシッと固まった。

 フィルは二人分の皿を並べると、そのまま俺たちの横に立つ。

 その後ろに位置するドアからシンも出てきて、一歩進んで足を止める。

 俺はぎぎぎ、と顔をシンに向け、目が合うと、シンは苦笑いを浮かべて視線を逸らした。

 俺は再び手元の皿に向き直り、その中身を呆然と眺める。

 まるでライトアップされたプールのように、発光している薄青色の液体を。


「あのー……これ食えるの……?」


 ぎこちない笑顔で問いかける俺に、フィルはにっこり笑い、


「食べられるよ、ちゃんと。一日に必要な栄養は含まれてるし」

「へ……へぇー……」


 試しにスプーン(キッチンにあった)をスープの中に沈めてみる。そして分かったが、これただの液体じゃなくて、固まりかけのゼリーみたいなものだった。

 てきとーにすくって、口元まで持ち上げる。ちらっと前を見ると、矢鏡が『え。食べるの? ほんとに?』って顔をしていた。脂汗を浮かべて。

 まぁ……とことんアブナイ感じしかしないが……せっかくフィルが作った――いや、調合してくれたものだしなぁ……手つかずってのも失礼じゃん。

 てーことで、まず一口。咀嚼することなく飲み込む。

 んー……これは……


「普通のゼリーだな。ブルーベリーっぽい味の」

「え、ブルーベリー?」

「うん。結構美味いよ」


 矢鏡の問いに頷いて答え、俺は二杯目を口に運んだ。

 発光していることにさえ目を瞑れば、薬局で売ってそうな栄養補給ゼリーと同じである。それが分かれば躊躇うことはない。デザート感覚で食べ進める俺。


「お前、食事はいつもこれか?」


 矢鏡がフィルに向いて聞く。

 フィルはふふっと爽やかに笑い、


「少し違うかな。

 今回は時間短縮で作ったから液体だけど、完全版は固形だから。

 効果も結構差があるんだよ。完全版だと、それ一つで十日間は食事しなくていいからね」

「……どうせ、研究に没頭してたら食事忘れて、栄養失調になったから開発したんだろ」

「よくわかったね」


 感心したようなフィルに、矢鏡は呆れた顔をした。



 **



 結果的に非常食みたいな昼食を終えて、俺たちは再び歩き出した。

 シンの術で、今までそこに建っていたという痕跡すら残さず、一瞬で消える家。

 俺はてっきり、その辺の草を押し潰してその上に家が建っていた、と思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 シンは物質召喚を応用して、一定の空間ごと入れ替える、という技を持っていて、指定した空間内に生き物がいなければ、今のように交換できるようだ。

 自然破壊とか、スペースの問題を一切考えなくていいので、かなり便利な術である。


 因みに術名は『空間移転』。いつも通りそのまんまのネーミングだな。

 物質召喚の時から思ってたけど――どうせならもっとかっこいい技名にすればいいのに。

 あれかな。自動翻訳されるから、技名まで改変されるのかな。

 不満げにぶつぶつ呟きながら、俺は矢鏡の左後ろを歩く。


「それもあるけど、技名なんてなんでもいいからな。率直な名前の方が多いんだ」


 先頭を行く矢鏡が、振り向きもせずにそう言った。

 ひとり言のつもりだったんだが……聞こえてたか。


「同じ効果の術でも、使用者によって名前が違うのもあるから、気に入らなければ変えていいよ」


 俺たちの後ろでフィルが言う。

 その右横では、シンがいつもの笑みを浮かべていた。

 俺は肩越しでフィルを見ながら、


「それってやっぱさ、言霊と同じでイメージが出来てればいいからか?」

「そうだよ」

「なるほど。ようやく分かってきたぞ」

「あ。ようやくなんだ……」


 前を向いて満足げに頷く俺に、後ろでぼそりと呟くフィル。

 その時だった。



 ふふふ――



 どこからか、声が聞こえた。

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