3-4 情報屋
「ほぉ……」
立派な机に立派な座椅子。そこに腰掛けた中年の渋いおっさんは、俺たちを見るなり声を漏らした。白い紙に何やら書いていたが、その手を止めて、ペンを置く。
階段のすぐ目の前に位置する、全体的にエレガントな感じの、緑を基調とした部屋の中。
でかい机とイス。そして、書類らしきものが大量に詰まった棚が、机の後ろに並んでいた。その他には何もなく、ドアに向いた机の前は、卓球が余裕で出来そうなくらいのスペースが空いている。
なんか……指令室みたい。
フィルに続いて室内に入り、最初に思ったのがそれ。
「お久しぶりです、ダズさん。元気そうですね」
フィルは机の正面に立ち、笑顔で言った。
「アロイスが来るとは、珍しいな……」
見た目に似合う、渋い声で答えるダズさん。
髪は黒茶色の短髪、口元には整えられたひげがあり、キリッとした眼差しが超ダンディー。
いかにも旅人、という感じの異世界感あふれる服装がよく似合っている。
おー……渋くてかっこいいおっさんだな。
ダズさんはじーっと俺と矢鏡を眺め見て、
「で? そちらさんは?」
「旅人さんですよ。仲良くなりましてね、彼らに協力することにしたんです」
「それで案内してきた――と?」
フィルの簡潔な説明に、何故かダズさんは警戒するような眼差しをこっちに向け、両手を机についてゆっくり立ち上がった。
「まさか……ほ……惚れたとか言うんじゃ……ないだろうな?」
震える声で言うダズさん。その目がめっちゃ真剣だったりする。
あー……これがあの有名な『愛娘を嫁に出したくない父親』ってやつか。
うん、前言撤回。あんまかっこよくないわー……(失礼)
「以前も言ったでしょう? 僕にはそんな感情はありません。安心してください」
にこりと笑って、諭すように言うフィル。
しかしダズさんは怒りの形相で俺たち――じゃなく、矢鏡を睨み、ビシッと指差した。
「イケメンなんぞ信頼できるかっ!」
『えー……』
呆然と呟くフィルと矢鏡。
「悪かったなっ! どーせ俺はフツメンだよ!」
俺はそう言い返したかったが、一応止めた。
フィルの親父さん(多分)にケンカ売っても仕方ないしな……
フィルは小さくため息を吐き、営業スマイルを浮かべた。
「大丈夫ですよ。彼にはすでに、想い人がいます。
とても活発で、我が道を行くタイプの素敵な女性――だそうですよ♪」
「むっ! ……そうか」
ようやく安心したらしいダズさんは、静かにイスに座り直した。
やや不満そうに、後ろからフィルを見つめる矢鏡。
因みにこの時、勝手に捏造するな、と思っていたらしい。
道理で、矢鏡にも好きな人いたのかー、と左隣からにやにやしながら見てたら、べしっと頭をはたかれたわけだ。てっきり照れ隠しだと思ったのに……
まぁでも……主護者のみなさんは恋とか意識しないって言ってたもんな。
「――そんなことより、商売の話をしませんか? 情報屋さん」
右手を腰に当て、フィルは意味ありげににやりと笑った。わざわざ『情報屋さん』と言ったのは、分かりやすくするためだろうか。
ダズさんはしばし真顔でフィルを見返し、
「……いいだろう。何が聞きたい?」
「全国の情報を。何か変わったことが起きた場所、不可解な事件があった場所――
そういった情報があれば、教えていただきたい」
「ふむ……」
顎に手を当て、なにやら考え込むダズさん。
やがて、後ろの棚から一枚の紙を取り出し、机の上に広げて見せる。少し古びた感じのするその紙は、新聞くらいの大きさで、水をこぼしたような染みが所々に広がっており、短い文字が適度に散っていた。
どうやら世界地図のようだ。
ダズさんはその中心にある、一番大きな大陸の左上(俺から見て)を指差し、とんとんと軽く叩いた。
「エスルード国は知ってるな? その国の一角、ナレミアの町だ。若い男が一人、突如姿を消したらしい。今から半月ほど前、その男の弟に聞いた話だが――
ある日、男は無謀にも町の外、それも結界外へと狩りに出かけたそうだ。別に食糧に困っていたわけではなく、ただ単に、度胸試しがしたかったらしい。
それを聞いた弟は必死に止めたが、男は聞く耳を持たず、危ないからついてくるなと言い残し、外に向かって走り去ってしまった。弟は慌てて追ったが、町の外は薄暗い森が広がっていて、視界が悪かったため、すぐに見失った。
それでも一応、結界の範囲ぎりぎりまで行ってみると、結界の外だったが、男が長髪の青年と共にいるところを発見。弟は男が無事だったことに安堵し、二人に声をかけようとしたところ……一瞬で、二人の姿が跡形もなく消えてしまった。
驚いた弟は辺りを探し回ったが、二人を見つけることは出来なかったそうだ。
――私と会ったのは、その二日後。だからその後どうなったかは分からんが……不可解な事件といえば、これくらいだな。参考になったか?」
フィルは、すぐには返事をしなかった。何やら考えている様子。
十数秒くらい経ってから、にこりと笑って口を開く。
「……はい。ありがとうございます。――情報料はおいくらですか?」
「娘から金など取らんよ」
ダズさんはフッと笑ってそう答え、椅子の背もたれに寄りかかった。
「それより、アロイス。そこの方たちについていく気だろうが……
旅人と言うからには、強いのだろうな?」
「えぇ。彼らも僕と同じ"術師"なんです。心配はいりませんよ」
あれ? フィルたちって、主護者じゃなかったっけ? ……あれ?
ダズさんは一瞬驚いた顔をして、すぐに安心したような笑みを浮かべた。
「……そうか、術師か……なら、ただの人間の私が気遣うのは失礼だな」
言いながら静かに立ち上がり、真っ直ぐ俺たちを見据え、
「だが――娘に何かあったその時は、全力で抹殺しに行くからな! 覚えておけ!」
鬼のような形相でわめくダズさん。
「わかった! ありがとな、おっちゃん!」
俺は片手を上げ、笑顔で返した。
予想外の反応だったのか、ダズさんは面食らったようにぽかんとし、一拍置いて、優しげに微笑んだ。
「良い目をしたボウズだ。……元気でな」
そして、俺たちは数人のメイドさんたちに見送られながら、屋敷を後にしたのだった。
**
北の入口(入ったのは西かららしい)から町を出てすぐ。
「――ってことがあったから、ダズさんには僕が術師だとバレてるんだよ」
「……なるほど」
俺の後ろを歩くフィルに、その隣で返事をする矢鏡。
空は快晴。地平線が見えそうなくらい大きく広がる平原に、遠方で連なる緑の山々。
昨日より遥かに良い景色の中、俺は肩越しに見ながらその説明を聞いていた。
曰く、今から九年前に、妖魔で実験しようとしてこっそり町から抜け出し、結界外で低級相手に術(何の術かは知らんが)を使っているところを、偶然通りかかった旅帰りのおやっさんに発見され、自分が能力者である、とバレてしまった――とのこと。
因みに、術師ってのは地上(天界、魔界、冥府を除く世界をまとめた呼び方)での通り名で、意味的にはどっちも変わらないらしい。ただ主護者間では、人間に転生していると術師、霊体だと主護者と呼び分けているそうだ。
とりあえず、矢鏡からの質問の解答は終わったみたいだし……丁度いいから、俺の疑問にも答えてもらおう。
――と、いうわけで、俺とフィルの質疑応答がこちら。
まず一つ目――は術師についてだったので、二つ目。
「ダズさんって、いろんな国を回ってるんだろ?
つーことはさ、悪鬼に勝てるくらい強いってことだよな?」
「いや、彼の戦闘力は人間の感覚で並より少し上くらいだよ。彼が無事に各地を回れるのは、逃げるのと隠れるのがとても上手いから」
次、三つ目。
「結局、ミージスって人は誰だったんだ?」
「あぁ……それはね、アロイスの兄にあたる人だよ。一応あの家の跡継ぎだけど、かなり僕に執着しててね、鬱陶しくてうるさくて、実験の邪魔をする奴。
だから僕が家に戻った時は、いつもユリスさんに頼んでるんだよ。僕の前に姿を現さないように、捕まえておいてほしいって。……会うとほんとに面倒だから」
結論、シスコンの出番など無かった。
――では次、なんとなく気になったこと。
「アロイス家って、皆名前の最後が"す"で終わってんのはなんで?
しきたりとか伝統とかあるからか?」
「さぁ? 偶然じゃない? それかダズさんの趣味」
全く興味無さそうな返答だった。
フィルは興味無いことだと、とことん淡泊な反応になるな……
最後。個人的に一番気になったこと。
「おやっさんの話聞いて思ったんだけど、結界の範囲って、どこまでかわかるもんなの?」
「おや……昨日は気付かなかったんだね、華月。結界との境界線は、普通の人にも肉眼で見えるようになってるんだよ。範囲がわからないと困るから」
「へー、普通に見えるんだ」
「うん。丁度そろそろ――あぁ、ほら」
すっとフィルは前方を指差し、俺はそれを追うように視線を移した。
平原の中に、青白く光る横一本の細いライン。直視しても眩しくない程度の光は、近付かないとわからないくらいのもので、ゆるやかな弧を描きながら町を囲うように伸びている……らしい。こっからだと、左右数百メートルくらいしか見えないからな。
あ。一応言っとくけど、俺の視力は両目とも二.〇だ。それで数百メートルだからな?
俺たちは一度、その線を超える手前で立ち止まり、
「おぉ……なんかすげぇ」
感嘆の声を漏らす俺。
よく見て分かったことだが、地面から――というより、ライン上にあるものから光が出ていた。つまり、土が見える所は土からだが、草とか生えていた場合、その上にも綺麗に線が引かれているってことだ。
「結界にもいくつか種類があってね、これは"清紋結界"って言うの。結界を使える人は何人かいるんだけど、この術を使えるのは私だけかな」
いつもの優しい笑みを浮かべて、補足説明をしてくれるシン。
――以上。疑問解消コーナー終わり。