3-2 人の地雷は避けて通るべし
はい、皆さんおはようございます。華月京です。
早速だけど。
「夢じゃなかったぁぁぁぁ良かったぁぁぁ……」
朝日の差し込む部屋の中で、俺は一人、ベッドの上で悶えていた。
これで昨日の出来事が全部夢だったら、俺はもう、厨二病だと言わざるを得なくなる……
だが、現実だったからセーフ。ほっと安堵する俺。
……因みに。さっきのセリフはめっちゃ声を抑えて言った。何故なら――
俺はちらっと隣を見やる。
もう一つのベッドの上では、頭まで布団をかぶった矢鏡が寝ていた。寝方は多分、半胎児型。恐らく壁側を向いているのだろう。俺からは後頭部(金髪)しか見えない。
こいつ……意外と朝弱いのかな……
自慢じゃないけど、俺は結構強い方だ。目が覚めた瞬間から、意識がはっきりするからな。
いつも通りがばっと上体を起こし、見慣れていない部屋を見渡して、今に至るわけだ。
俺は布団を足元に追いやり、あぐらと腕を組む。
「さぁーて。どうすっかなぁー……」
時計が無いから正確な時間はわからないが……恐らく、六時か七時くらいだろう。体内時計には自信あるから、多分あってると思う。
ここが自分の家なら、身支度をした後に朝食を取るのだが、残念ながらここは異世界。腹が減っても、食堂に行かないとメシは食えないし、しかも俺は今無一文だ。
俺はもう一度、ぴくりとも動かない矢鏡を見て、
「……シンとフィルは……起きてるかな?」
思いついたから即行動。一応矢鏡に配慮して、なるべく音を立てないように移動する。部屋を出る前に洗面所に行き、鏡を見ながら身支度。つっても、服装はそのままだし、寝癖もないから、やることは少ないけどな。
俺はこっそり部屋を抜け出し、対面のドアをノックする前に、
「おはよう、華月」
少しだけドアを開け、シンが微笑みかけてきた。
「おはよ。……起きてたんだ」
「私は寝る必要ないもの。
――こっちに来てもいいけど、まだフィルが寝てるから静かにしてね」
俺が、うん、と頷くと、シンは静かにドアを開け、俺を招き入れた。そのまま右の方のベッドに行き、ぽふんと腰掛ける。
俺はドアが閉まるのを待ってから、そろそろと奥の方へ移動。フィルの横を通り、窓際のテーブル横にあるイスに座った。ちらっとフィルを見る。
備え付けの枕はなく、代わりに左腕を枕にしていた。うつぶせで寝ているため顔は見えないが……壁側を向いているっぽいな。布団は顔までだった。
でもうつ伏せかぁ……苦しくないのかな……。特に女性は――あ。フィルは平気か。
昨日の殺気を思い出し、ふむ、と納得する俺。あれは恐かったなー……ほんと。
あぁ、因みに俺の寝方は、王様型に近いらしい。親が言ってた。
しばらくしてから視線をシンに移すと、シンはにこっと笑った。
「……ずっと起きてたんだよな? 暇じゃなかった?」
「平気だよ。慣れてるからね」
「……そっか」
やっぱり神様なだけあって、かなり長い時間生きてるんだろうな……
あ。そうだ。なんだかんだで聞きそびれたことがあったんだった。
「なぁ、矢鏡から聞いたんだけどさ……日本に戻る時は、俺が消えた時間と場所に戻れるんだよな?」
「んー……まぁ、出来るよ。制限時間があるけど」
「え。マジで?」
思わず聞き返すと、シンは笑顔のままこっくり頷いた。
「場所はちゃんと指定出来るけど、時間は前後四年くらいしかずらせないの。
だから、この世界にいる時間が四年以内なら、華月が転移してきた時間に戻せるよ」
シンの説明に、俺は訝しげな顔をする。
「神様なんだから、過去とか未来とか……自由自在なんじゃないの?」
そう聞くと、シンは少し困ったように微笑んだ。
「時間の流れを変えることは、誰にも出来ないんだよ。もちろん、私にもね……
それに私、全知全能ってわけじゃないよ」
そうかぁ……? 十分凄いレベルだと思うが……
「……何の話……?」
いつの間にか目覚めていたフィルが、いつもより若干トーンの低い声で言った。むくりと体を起こし、完全に据わった目でこちらを見やる。
おー……クールビューティー。朝からイケメンだな、フィル。
「おはよう、フィル」
シンが笑いかけて言った。
「うん……」
フィルはまだ少し寝ぼけているようで、ほけーっとした様子で返事をした。
俺はフィルの方に顔を向け、
「今さー、シンが『自分は全知全能じゃない』って言ったんだけど……そうなのか?」
フィルはこてっと首を傾げ、口元にうっすら笑みを作った。
「んー……? そうだなぁ…………全知全能ではないね……
僕が初めてシンと会った時なんて、剣の使い方もわからないくらい、無知で無力な普通のお子様だったしねぇ……」
「へ……へぇー……随分はっきり言うんだな」
間延びした口調で言うフィルに、少し驚く俺。
自分の主なのに……すげーな。
気にしないのかな、という軽い気持ちでシンを見ると、ばっちり目が合い、
「実際そうだったから」
全く気にした風もなく、にっこり笑うシン。
「私はね、死んだ日まで、ほとんど家から出たことなかったの。
だから、その時に知ってたのは、育ててくれた人が教えてくれた少しの言葉と、天界に来てから分かった通力とか術のことだけだったんだよ♪」
…………?
「育ててくれた人――って、親じゃないの?」
「違うよ。私、生まれてすぐに捨てられたから」
シンはにこやかに笑って答えた。いや……それ、マジで笑い事じゃねぇだろ……
反応に困りまくって、苦笑いを浮かべて固まった俺を一瞥し、フィルがいつもの爽やかな笑みを浮かべる。どうやら、大分意識ははっきりしたようだ。
「まぁ、込み入った事情は置いといて――」
フィルなりに気を使ったのだろう。さらりと流し、話題を戻す。
「知識が無いと困るから――ってことで、僕たち皆で、シンにいろいろ教えようって事になってね。その時はまだ、数人くらいしか天界にいなかったんだけど……
シンは教えたことをすぐに覚えて、絶対に忘れない記憶力を持っていたから、あっと言う間に博識になったんだよ。
――だから、シンは全知全能ではないけど、それに最も近いとは思うよ」
「へぇー……」
「因みに、僕は医学と理学、エルナは剣術を教えた。ディルスはまだいなかったから、シンの勉強会には参加してないね。
その頃はシンですら天界から出る方法を知らなくて、何もすること無かったから、丁度良い暇つぶしだったんだよ。育児みたいで楽しかったなぁ♪」
にっこり微笑み、思い出を語るフィルに、シンも懐かしむように、そしてどこか嬉しそうにふふっと笑った。
それを見て、俺は内心ほっとする。
さっき、シンが過去を話した時に浮かべた笑みは、完全に作られた笑顔だったから……
俺、やばいこと聞いちゃった……? って少し不安だったんだ。でも良かった……
フィルが助け舟を出してくれなかったら、シンを傷つけていたかもしれない。
助かったぜ、という意味を込めて、じっとフィルを見つめる。
そんな俺に気付いたフィルは、ウインク一つを返してくれる。恐らく、俺の気持ちを理解した上で。
さすがフィル。気付いてくれると思ったよ。
心の中で、フィルへの賛辞を送りつつ、俺は俺で話を変える。
「――ところでさぁ、最初の話に戻るけど……この任務四年以内には終わるよな?
こっちに来た時と同じ時間に戻れないと、マジで困るんだけど……」
やや不安げに尋ねる俺に、フィルは不思議そうな顔をして、
「結構時間を気にするんだね。地球はそんなに厳しいところなのかい?」
「あー……まぁ、一日でも姿が消えようものなら、かなりヤバいことになるな」
「へぇー……。でも、その辺は心配ないと思うよ。時間がかかる任務はほとんどないし。
死なない限りは大丈夫じゃない?」
ベッドから足を降ろしながら、不吉なセリフを吐くフィル。
俺は何とも言えない、複雑な顔をした。
「……一応聞くが……もし俺が異世界で死んだら、地球ではどうなんの?」
「えーと……その場合、地球では永遠に行方不明者になるね。死体は転移出来ないから」
少しだけ、困ったような顔で答えるシン。それを聞いて、俺が心底嫌そうな顔をしているのを見た途端、
「あ! でも大丈夫だよ! 私が必ず守るから!」
慌てたように付け足した。
そのことばに、俺は不満げな目をシンに向け、
「その気持ちは有り難いけど……俺は守られる側より、守る側がいいの。
それに、寿命だってあるんだぜ? 任務に行って、年取って帰ってくるのを繰り返せば、あっという間にじじいになるじゃん」
「あ、それは無いよ」
しかし正論のはずの俺の言葉は、フィルによって、あっさりと否定される。
ほんとだろうな?
「僕たちもまだよく分かってないんだけど……
世界はね、個々で時間の流れ方が違うみたいなんだよ。時間軸上は大体同じだけどね。
簡単に要約するけど――肉体の寿命は、生まれた世界で生きた年数だけ加算されるんだよ。つまり、他の世界にいる間は、全く歳を取らないようになってるんだ。
……まぁ、霊体には関係ない話だけど」
訳を尋ねると、そう返ってきた。
「あー……? ってことはさぁ、元の世界に戻らなければ、不老不死ってことじゃね?」
「うん、そうだよ」
まさかの人類最大(多分。望む人は少なくないはず)の夢、不老不死が身近に!
「でもねぇ……世界を渡れる人間は僕らの仲間だけだから、必然的に妖魔と戦うことになるだろうし……そんなに長くは生きられないんじゃないかな」
「そうなの?」
「霊体だと頭部を破壊されるか、首を落とされない限り平気だけど、肉体だともっと弱点増えるからね」
「あー……だからか。俺が初めて悪鬼と戦った時、矢鏡が『頭を狙えば一撃だから』って言ってたのは」
初戦のことを思い出して、ふむ、と納得する俺。
何故霊体だと頭が弱点になるのかは分からないが……まぁ、その辺はどうでもいいか。
「――さて、僕は身支度してくるよ」
フィルはそう言い残し、洗面台の方に消える。
俺はしばし、シンとたわいない話をして、ついでにちょっと大きな小銭入れみたいな赤い袋をもらった。中を開けて見ると、五百円玉サイズの金銀銅の円形と長方形の硬貨、計六種類がそこそこに入っていた。
因みに単位は『ジール』。表記だと『J』が崩れた感じの文字だった。
なんでも、ほとんどの世界では、このジールという硬貨が金銭として使われているらしい。
世界や国によって、作成するときの表のデザインが違う(そりゃそうだろ)が、それは全く気にしなくて良い、とのこと。何故なら、矢鏡が言ってたバックアップの人(俺は金さんと勝手に呼ぶことにした)が、めんどくさいから、という納得の理由で、長い年月をかけ、表のデザインが違っても、裏の中央に書かれた『J』の文字と、硬貨の形と大きさが同じなら使えるようにしたからだって。
方法はいたって単純。
この通貨を発案したのが金さんだからだ。シンの力を借りて、多くの世界を渡りながら、作製した通貨を『表のデザインは自由』と伝え広めたらしい。
地球でも広まっていれば、国際的に楽になりそうだけど……偽造問題とか起こりやすいだろうから無理だな。
実際、地球にジールが流通してないのはそのせいだって。普通は、偽造する方が金がかかるからやらないそうだ。
――と、話が逸れたが――
俺も少しは持っていた方がいいってことで渡された硬貨は、聞けば大きな家が建つくらいはあるらしい。
やった! 脱・無一文! しかもいきなり金持ち!
一応説明しておくが、大きい順から長方形の金銀銅、次に円形の金銀銅となる。
丸い銅が一ジールで、銀になると十ジール――というように、一桁ずつ繰り上がる方式だ。
俺は赤い袋……いや、サイフを消し、シンに礼を述べた。