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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第3話 「次なる予感」
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3-1 過去への想い  -No side-

 倒れ掛かった華月の体を受け止め、矢鏡は視線をフィルに向けた。


「……効果時間は?」

「最短で六時間。それまでは熟睡だよ。首のところに針があるから、抜いておいてね」


 フィルが言った通り、華月の首元には小さな針が刺さっていた。華月の一瞬の隙をついて、麻酔薬を塗った針を高速で投げたのだ。

 矢鏡は針を抜いてから華月を担ぎ、針をフィルに向かって放り投げる。


「とりあえず寝かせてくる」

「あぁ、よろしく」


 フィルはにっこり笑って針を受け止め、逆の手でひらひらと手を振った。

 矢鏡は隣の部屋に移動し、左側のベッドに華月を横たえ布団をかぶせた。部屋の電気を消し、すぐにシンたちの部屋に戻った。フィルとは違うベッドに腰掛ける。


「で? なんでエルナの記憶が無くなってるの?」


 フィルが真面目な口調で矢鏡に尋ねた。

 矢鏡は静かにフィルを見返し、抑揚の無い声で答える。


「そんなこと俺が聞きたいよ」

「相方は君だろ。最後まで一緒にいたはずだ。なのになんで知らないのさ」

「仕方ないだろ……俺だって驚いてるんだ……」


 矢鏡は長く息を吐き、


「……気付いたら転生してた。俺だけじゃ動けないから、とりあえずエルナからの連絡を待ってたんだ。そしたら当人は記憶を失くしていて……"華月京"として現れた――

 フィルまで転生してるし……一体どうなってる?」


 フィルは一度シンを見やり、すぐに視線を矢鏡に戻した。


「なら、こっちの事情から話そうか。

 ――たった一人の上級悪魔によって、天界が落とされたんだ」

「……は?」


 矢鏡にしては珍しく、間の抜けた声を出した。

 フィルは足を組み、淡々と説明する。


「シンのおかげで被害は最小限だったけど、天界の損傷が酷くてね。今は封鎖しているんだ。

 その時に主護者は全員転生させたらしいよ。人間でいた方が自由に戦えるからね」

「……それでか。霊体だと、天界に戻らなければ、通力が回復しないもんな」


「いや、地上でも微量なら回復するよ。……ただ、その速度がやたら遅くてね。実体化を維持するだけで消えるから、ほとんど意味が無いのさ。

 ――それに比べ、人間であれば天界にいる時と同じように回復するからね。一晩経てば、全快出来る。

 一番良い点は、例え魔界に行ったとしても、普通に通力が使えるところだね。霊体の時と同じで、通力の回復はしないが……術がまともに発動出来ないよりは良い」

「ふーん……」


 納得したように呟く矢鏡に、フィルが軽く首を傾げる。


「……知らなかったのかい?」

「まぁ……俺たちには関係なかったからな」


 フィルは一瞬何かを考えて、


「……それもそうだね」


 それを告げることなく、爽やかに微笑んだ。

 矢鏡は視線をシンに移し、


「もしかして、その分身に込められた通力が少ないのはそれが原因か?」

「うん。大変だったからねー。力はほとんど残ってないの」


 シンがにこやかに笑って答えた。


「大丈夫なのか?」

「んー……まぁ、大丈夫ではないけどね。でも貴方たちは心配しないで♪ こっちはこっちでなんとかするから。

 ――それより。

 ディルスとエルナが転生していることだけど……それは多分、天界に来ることが出来なかったからじゃないかな。浄化を受けなくても、主護者なら転生出来るし……

 でも、ディルスが覚えていないっていうのは――ちょっと気になるね」


 微笑を浮かべたまま、静かな眼差しを矢鏡に向けるシン。


「ほんとに覚えてないの?」


 フィルの問いに、矢鏡はもう一度過去を思い起こし――


「……エルナと一緒だったのは確かだが……

 シンから任務を受けて、地上に降りたのは覚えてるんだ。任務内容は上位魔族を倒すことで、それはすぐに終わった。……その後からがわからない」

「――じゃあ、実は敵がもう一人いて、気付かなかったディルスが一瞬でやられたとか……」


 フィルはそこまで言って、


「君たちじゃ、それは無いか」


 すぐに考えを否定した。

 矢鏡は小さく頷き、


「まぁ……俺は気配に敏感な方だし……

 もし仮に、俺が気付いてなかったとしても……エルナなら絶対に気付くからな」

「やたらと勘が良かったよね、彼女」


 くすくす笑って、フィルが言った。けれどすぐに、真剣な顔付きに戻る。


「――正直、君たちが敵にやられた、というのは考えられない。

 僕が知る限り、エルナは負け無しだし……君は君で、トップクラスの実力がある。魔界にまで名が知られている最強コンビだ。……その分、敵が多いことも確かだけど……それは大したことじゃないだろ?

 魔王が本気になったら別だけど……今のところその気配は無いし」

「そうなると……やっぱり術の誤作動か何かで、偶然記憶が無くなった――って考えた方が自然かもね」


 思案顔でシンが言った。

 フィルはシンに少し驚いた顔を向けて、


「そんなことあるの?」

「んー……普通は無いんだけど……」


 シンは困ったように微笑み、視線を明後日の方に向けた。


「……エルナだからなぁ……」

『あー……』


 矢鏡とフィルは、揃って納得したような呟きを漏らす。


「でも、あくまで私の予想だから。

 それよりは……ディルスの記憶が戻る方に賭けてみよう。

 エルナの記憶は、華月としての記憶がすでに生まれているから、戻ることは無いけど……

 ディルスの方は一時的な喪失だろうから、まだ可能性があるもの」

「……そうなのか?」


 矢鏡が尋ねた。シンはこっくり頷き、


「例え浄化をしたとしても、記憶を消すことは出来ないからね。……出来るのは、魂の奥底に封じ込めることだけ。だから、貴方の記憶も無くなったわけじゃない。魂の内のどこかに、必ずあるよ」

「ふーん……なら、その隠れた記憶を見つければいいわけだ」


 フィルはそう言って、にっこり笑い、


「ディルス、今ここに『記憶を操作する』予定の素敵な試薬品があるんだけど――」

「さぁ、そろそろ寝るかー。夜も遅いし」


 フィルの発言を遮り、完全な棒読みで矢鏡が言った。すっくと素早く立ち上がる。

 フィルは小さく舌打ちし、わざとらしいほど爽やかな笑みを浮かべた。


「やだなぁ。冗談だよ」

(いや、絶対本気だった)


 矢鏡は思ったが、口に出すことはしない。フィルを怒らせると厄介なのを知っているからだ。


「あぁそうだ。ディルスに聞きたかったんだけどさ……」

「何?」

「思ったより平然としてるよね、君。かなり長い間、ずっとエルナと一緒だったのに……

 いくら淡泊な君でも、感情くらいはあるだろう? 悲しくないのかい?」


 フィルは足の上で頬杖をつき、視線を床に落とした。


「……僕は少し悲しかったよ。初めて華月を見た時は、本当に驚いた。一目見て、もうエルナじゃないって、すぐにわかったから……。でもまだ、エルナが少し変わっただけって可能性もあったから……少しは落ち着いていられた。

 ――だけど、彼が僕に『誰?』って聞いてきた時、冷静ではいられなくなった……

 どうしていいか……わからなかった……

 なるべく普通に振る舞ったけど、内心ではずっと動揺してた。……僕らしくもない」

「…………」


 自嘲気味に発せられる言葉を、矢鏡は静かに聞いていた。

 フィルは静かに息を吐き、そしてふわりと微笑んだ。


「――でも、彼の中にはエルナがいた。外見と性格は少し違うけど……でも基礎的なところは何も変わってない。……それが……とても嬉しかった。

 ――まぁ、華月をエルナの代わりにする気は無いけどね。そんな目で見たら失礼だし」

「……あぁ、そうだな」


 矢鏡が言って、フィルはふふっと笑った。視線だけ上げて矢鏡を見やる。


「だから、君はどうなのかなって……少し気になった」

「……俺も、少しは寂しいと思ってるよ。――けど、悲しくはない」


 矢鏡は顔をドアの方に向け、口元に笑みを浮かべた。


「例え記憶を失くしても、あいつがあいつでいる限り……俺にとっては親友だよ。

 ……何度生まれ変わってもな……」


 そう言い残し、部屋を出て行く。

 フィルはぱちくりと瞬きを繰り返し、ドアが完全に閉まるまで矢鏡の姿を見送った。

 ゆっくりと、シンの方に向き直る。


「もしかして、エルナはセロじゃなかったの……?」


 驚いた様子のフィルに、シンは小さく頷き、


「うん。エルナは二人目だよ」

「じゃあ、あの時すでに――」


 ピッと、人差し指を立て、フィルの発言を制する。


「人の過去を詮索するのは、無粋ですよ♪」


 にっこり笑って、シンが言った。

 フィルは一瞬きょとんとして、すぐにフッと笑った。


「……そうだね。僕たちの中には……重い過去を持つ人の方が、多いからね……

 ――ところでシン」

「何ですか?」

「ときどき敬語になる癖、まだ直らないね」

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