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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第19話「天敵」
117/119

19-2 トリヒキ

「取引……?」


 思ってもみなかった発言に、俺は眉をひそめて聞き返した。

 巨木には口どころか顔もないので、誰に話しかけているのかわからなかったが、


『オマエ』


 巨木の頭上から伸びてきた一本の枝がこっちを指してきたので、どうやら相手は俺らしい。


『オマエ エイヨウカ タカイ

 トテツモナク タカイ

 ワレラ ハ エイヨウ ホシイ ダケ

 オマエ サエ イルナラ ホカノヤツラ ゼンブ イラナイ

 ソレクライ オマエ スゴイ

 オマエ イチニチ ニ ホンノスコシ ケツエキ クレル ダケデイイ

 ソシタラ ホカノヤツラ ゼンブ カイホウ スル

 ソイツラ モ カイホウ スル』


 ゆっくり移動した枝が今度は船の方を示す。巨木から感じていた敵意が消える。


『ムトゲヂィス ホカニモ イル

 ココデ シヌ ハ コマル

 デモ オマエモ ソイツラ シヌ コマル ダロ?

 ホカノヤツラ タスケタイ ダロ?』


「…………本当に全員か?」


『ホトンド ノ ニンゲン オナジ バショ イル

 イセキ サマヨッテル ヤツラ ノ バショモ シッテル

 ゼンブ カイホウ スル』


 続いて、鋭く睨んでいる矢鏡を指し、


『アイツ フクメテ オトナシク デテイク ナラ

 オマエ テイコウ シナイ ナラ

 ゼンブ カイホウ スル』


「…………」


 俺と目が合った矢鏡が、何か言いたげに口を開いたが――何も発することなく閉じられる。額からは汗が流れ、とうとう片膝を付いてしまった。

 こんな話、俺一人で決めるのは難しい。せめて相談したいが、みんな麻痺で苦しんでいてそれどころじゃない。矢鏡は喋ることすら出来ないようだし、アサギとケイは意識があるかもわからない。



 ――考えろ――



 今の話が本当なら。本当に解放してくれるならこれ以上良いことはない。



 ――考えろ――



 今の話を信じないなら。俺が本気で頑張っても、少なくとも矢鏡に怪我をさせるし、遺跡を彷徨ってる人たちが救えるかわからないし、大部屋の場所もわからないまま。



 それなら……

 それなら。


『自分を一番大事に』


 ほんの少し前。

 矢鏡に言われたセリフが頭に浮かぶ。

 だから一度矢鏡に視線を送り、心の中で謝った。


「……わかった。抵抗しない」


 静かに巨木を見返して、はっきり告げた。

 ただ、俺はバカだが考えなしってほどじゃない。


「でもその前に、先にそいつらを全員解放しろ。でなきゃ信じない」


 視線で船と矢鏡を差して言った。

 これなら嘘をついてるのかどうかすぐにわかるはず。嘘だったら今のことばに従うわけがないからな。そしたらさっきまでやろうとしていた通りに戦えばいい。


 逆に本当なら、いつでも動けるようにして様子を見ていればいいだけだ。解放してくれるなら人質問題は解決だし、あとはなんとか抜け出して魔族を倒しに行けばいい。みんなと脱出した後に矢鏡が戻ってくるかもしれないし。俺は麻痺があまり効いていないから、ちょっとは動きにくいが充分戦える。


 だから、みんなを逃すことさえ出来れば、たとえ巨木が嘘をついていて俺を殺そうとしてきてもなんとかなるだろう。

 さっき約束したばかりだから怒ってるかも、ともう一度矢鏡を見れば、意外にもそんなことはなく。どちらかと言えば決意に満ちた目をしていて。

 もしかしたら、俺の考えを読み取ってくれているのかもしれない。


『ヨカロウ』


 巨木の答えにほっと息を吐く。

 だが――


『シカシ オマエタチ モ カイホウ シタ トタン アバレル カノウセイ アル

 ホントウ ニ テイコウ シナイカ ワカラナイ カラ オマエ ノ カタウデ オラセロ』


 おらせろ…………折らせろ? え、腕を!?


『カイホウ ト ウデ オルノ

 ドウジ ニ ヤレバ ズル デキナイ

 コレデ トリヒキ セイリツ』


 刀を握る右腕に太い根が絡んでくる。


 えっ待って待って。

 絶対超絶に痛いやつじゃん。待って聞いてない。


 船と矢鏡を囲むツタの槍がわずかに揺れる。俺の右腕がギチィと締まる。


 えっどうしよう。止めさせないと……でも抵抗したら取引が……






 ドガゴオオオオオオンッ!






 突然天井が爆発した。矢鏡の真上の。


「ざーんねん♪」


 明るく笑うような、歌うような声が響き渡る。

 空いた穴から真っ先に流れてきた白い風が地面に広がり消えていく。




 俺はこの光景を、一生忘れることはないだろう。




 橙色の一本の長い三つ編みと、やんわりウェーブする横髪がふわりと舞い。

 真っ白いワンピースを彩る黄色や金色の細長いリボンやフリルが優雅に踊り。

 膝上から膝下まで長さに違いのある布を組み合わせた上品なスカートが揺れる。



 降り注ぐ瓦礫に続いて降ってきたのは――

 まごうことなき女神だった。



 優しく微笑む彼女が落ち行く時間はほんの瞬き程度のものだったが、なぜだかとてもゆっくりに感じた。


 頭上より差し込むまばゆい光に照らされて、風を纏っているために腰より長い髪も衣服も巻き上がるなんてことはなく。


 瓦礫の直撃を受けて床に突っ伏した矢鏡の前に、重力を感じさせない軽やかさでストッと降り立つ。


 いつもは落ち着き払っている眼が今はぱっちりと開き、二つのエメラルドグリーンがきらきらと輝きを放っている。


 ――絵に描いたような女神姿のその人こそ、花の主護者フィル・フィーリア。

 あまりにも似合いすぎて、背中には真っ白で大きな白い翼が、周囲には煌めく花弁と白い羽が舞っている幻覚が見えてくる。


 まさしく美の女神。控えめではあるがちゃんと胸には膨らみが。


 気付けば矢鏡たちを囲っていたツタはどこにもなく、船は無事に地面に降ろされていて。

 立ち姿さえ美しいフィルは、白いリボンで編まれたようなサンダルで一歩踏み出し、口の広い半袖から伸びる手に長く綺麗な弓を現し巨木に向ける。


 そんな彼女に、慌てた様子の巨木がいくつもの槍を発射するが――届く前に不自然に弾かれ、そのあと茶色く変色し塵と化す。

 鋭利な先端のすぐ後ろに円筒形のガラスが足された変わった矢をつがえ弓を引き絞り、


「君はうそつきだ」


 放った。


 集束した風と共に一直線に進むそれは弾丸より速く、しかし敵の速度より遅い。

 案の定、妨害しようと動いた複数の根とツタが迎え撃つが――矢に触れることすら出来ずに吹き飛んでいく。


 あっという間に巨木へ到達した矢の先端が幹の中心に突き刺さり、円筒形のガラスが前へ滑り先端に衝突する。


 ――そして起こる大爆発!

 轟く爆発音! 強烈な風! 但しなぜだか熱気ゼロ。


 部屋を満たした白い霧はすぐさま光の粒に変化しふわふわと漂う。

 たった今まで生命力に満ちていた巨木は、枝も根も幹も萎びて崩れ、完全に朽ちてしまっていた。





**





「どうしてあんないい加減な言い分で納得出来たんだい?

 少しもおかしいと感じなかったのなら、さすがにどうかと思うよ」


 呆れた顔をした美少女は、そう言って優雅に腕を組んだ。肉体年齢てきには美女というのが正しいが、ノエルとは違って童顔のため美少女と呼ぶ方が相応しい。気のせいとか目の錯覚だとわかっているけど常に後光が見えるぅー。


 そんなフィルの後ろで何度も頷く矢鏡。すでに麻痺は治っているし、瓦礫アタックによる怪我も俺が治した。


「ごめんなさい」


 二人の前で、俺は素直に頭を下げた。

 フィルに解説をしてもらって、ようやくさっきの〝取引〟がはちゃめちゃだったことを理解した。


 曰く。

 巨木は麻痺しなかった俺を危険と判断し、また俺が流したわずかばかりの血を吸収したら斬られた根と再び繋がれた(超回復した)ことで俺の価値を知ったが、あのままでは俺に勝てないと悟った。だから屁理屈を重ね、ことばで俺を油断させようとしていたらしい。むろん取引なんて始めからする気がなく、あのままフィルが乱入してこなかったら、俺の腕を折ると同時に船のみんなと矢鏡もメッタ刺しにしていたとのこと。ほぼ全員を麻痺させといて何言ってんだこいつ、というのが矢鏡の感想。


 フィル曰く。ムトゲヂィスは狡猾で、なおかつ利己的な種族であり、基本的には自分第一。生きることしか頭になく、理性も感情も存在しないという。むろん親子という認識も無し。どおりで子ども(リーダー)が目の前で倒されても平然としていたわけだ。


 因みにフィルの登場と共に吹いた白い風とか弓矢の爆発で起こった白い霧とか、敵を倒したそれらは即効性の超強力除草剤らしい。フィルが作った、植物以外には何の効果もないし副作用とかもない人畜無害なやつ。


 俺たちと別れた後、フィルとヘルは割とすぐに結界の中に入れたらしい。しかも矢鏡に盗聴器を仕込んでいた(矢鏡は気付いていなかった)ために俺たちの状況も把握済み。発信機で俺たちの後を追いつつも、他の攫われた人たちを探しながら進んでいたが、俺たちがムトゲヂィスに苦戦してることに気付いたので急ぎ駆けつけた――ということらしい。


 フィルは長いため息を吐き、


「そもそも取引なんて持ちかけてくる時点で論外。命乞いならともかく」


「命乞いって……それじゃこっちが悪者みたいじゃん」


 ツッコミ入れると、今度は矢鏡が引き継いで。


「幻獣相手には善も悪もないよ。向こうは向こうの都合で、こっちはこっちの都合で行動しているだけ。衝突したとしても意見や価値観が違うからってだけで、どちらが正しいなんてことは無い。

 だから幻獣は中立なんだよ。彼らからすれば、妖魔も一つの種族にすぎないから」


「ほーん……」


「いいよディルス、詳しい話はしなくて。どうせ忘れるから」


 そう言って強引に話を切ろうとするフィルに、俺はかなり驚いた。


 敵のこととか任務に関して、今までは率先して説明してくれてたのに……しかもどうせ忘れるって……ひどい……確かに忘れるかもしれないけどさ……


「急にどうしたフィル。エルナには見せなかったのに、華月には本性見せることにしたのか?」


 矢鏡も驚いているようで、わずかに目を見開いておろおろと狼狽えている。

 そんな俺たちを眺めたフィルは、それはもう見事なにっこり笑顔を作り。


「いいんだよ。今回の任務が終わったら記憶消すから。君たち全員」


『……えっ!?』


 俺と、船の傍で気絶したアドラさんたちの様子を見ていたアサギと、その横でフィルに見惚れていたケイが同時に驚きの声を上げた。

 この天才薬師なら何が出来ても不思議じゃないが、記憶消去ならつい先日体験したばかりだ。やると言ったら本気でやるだろう。

 俺は慌ててわたわたと手を振り、


「えっ!? まっ……消すってどこからどこまで!?」


「忌々しい結界の前で君たちと別れたあたりから、この任務が終わって着替えるまで――かな」


 フィルが上に向けた人差し指の先に小さなシャボン玉が現れ、すぐに弾けて消える。塔を覆っていた結界のことだとわかるようにやってくれたっぽい。


「なんで!?」


 まったくもって意味がわからないので聞けば、フィルはしばし間を置いて。


「この格好、僕にとっては屈辱なんだよね。ひらひらして、如何にも女物って感じの。

 誰の記憶にも残したくないから消すんだよ。そうすれば〝無かった〟ことになる」


「いやいやいや! 俺だって女体化したの屈辱だよ!? 嫌だったよ!?

 でもほら! フィルはもともと女子だし! その服も髪型もめっちゃ似合ってるし!

 今のフィルなら綺麗な女の子にしか見えないぜ!?」


「ありがとう華月。まったく嬉しくないよ」


 俺の本心の褒めことばは、作られた笑みのままバッサリ切り捨てられた。

 照れてるとか、似合わないと思ってるからとか、そういうことではないらしい。

 ならば、なぜ? 何がそんなに嫌なんだ?


「待て。落ち着け」


 頭をクエスチョンマークで支配された俺がぽけーっとしていると、無表情だが焦った様子の矢鏡がフィルの隣に移動して、


「それだけの理由で消すな。

 ここで華月が学べたこともある。得られた経験は貴重だ」


 ごもっともすぎる正論パンチを繰り出す。

 さすがにそれは効いたのか、フィルは口元に手を当てしばし考え、


「……仕方ない。なら、僕がこの部屋に到着する少し前からにしよう」


「それなら、まぁ……」


 しぶしぶといった感じではあるが、矢鏡は納得して引き下がってしまった。


 まずい! ほんの数分前に『この光景は一生忘れない』って思ったのに、このままだと物理的というか人為的というか、とにかく強引に記憶を消されてしまう!

 別に忘れなくても良くね!? と思ってるし、この後もいろいろあるかもしれないから、忘れさせられるのは勘弁してほしい。マジで。


 しかし自分では良い案など浮かばない。

 ここは残りのメンツに賭けてみることにする。


 まずアサギ――あ、ダメだ。諦めた顔をしている。


 次にケイ。


「ね、ねぇフィル? あたし、忘れたくないなーって……あの、絶対に心の中に仕舞っておくから……」


 いつもと違って元気なく、おずおずと申し出るが――フィルに完全無視され、撃沈。


 次に、フィルの斜め後ろに立ちずっと口を引き結んでいたヘル。

 俺が助けを求める目でじーっと見ていると、やがて事務的な口調で。


「わたしは誓約書を書きましたので。写真も動画も取らないし決して口外もしないと。なので除外されています」


「ずりぃぃぃぃぃっ!」


 思わず叫び、すぐにはっとしてフィルに向き直る。


「あ! じゃあ俺も誓約書を書けば――」


「却下。ヘルにはいろいろと協力してもらう予定だから、特別に許したんだよ」


 ダメだった。なんでだ。


 まったく譲ろうとしないフィルに、どうすればいいんだと頭を抱えて頑張って考えていると、矢鏡が俺の肩をぽんっと叩き、


「華月、諦めるしかないよ」


「なんで……だって、記憶消されるなんて……」


 矢鏡は諦めきった眼差しで、力なく左右に首を振る。


「華月。元の姿――男に戻せるのは、フィルだけだ。フィルの機嫌を損ねたら、今後ずっとその姿のままだよ」


 そのひとことで、俺も沈黙するしかなくなった。

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