18-5 空を飛べたら楽しそうなのに
さてこの縦穴、どうやって降りようか――
などと俺が考えるまでもなく、矢鏡とアサギによって『アサギの術で岩の船を作り、みんな(俺と矢鏡以外)を乗せてゆっくり降ろす』ということになっていた。
器用さと技術と才能が求められるが、氷だとか岩だとか、自分で現したモノならある程度自在に操れる――というのが術の基本らしい。それを攻撃特化させると矢鏡の使う〈銀棘〉のような強力な技になるそうだ。因みに動かす速度はゆっくりの方が疲れるらしい。繊細な作業になるから高速で打ち出すよりも神経を使うんだと。腕立て伏せをとてつもなくゆっくりやるのと素早くやるのとではゆっくりやった方が疲れるのに似てる、と言われたけど、俺筋トレで疲れたことないからよくわからなかった。
実は以前、矢鏡に『空を飛べる術は無いのか』と聞いたことがあるのだが、その時は即答で『無い』と返ってきた。
だから、なんだ飛ぶ方法あるんじゃん、と矢鏡に言ったら、
「華月の考えてる『飛ぶ』って、鳥のように自由自在に動くことだろ。
操れるのはあくまで自分で現したモノだけで、現した物体になにか乗っていても一緒に動かすことは出来ないんだよ。
例えば分厚い石の板を宙に作り、その上に立って真横に動かすとする。でもそれは足場が動いてるだけだから、慣性も働くし空気抵抗も受ける。幻獣の中にはそれらを無効化する技を使える奴もいるが主護者の中に使える奴はいない。つまり、自力で落ちないようにしないといけない」
「と、いうことは……」
「車とか電車とか飛行機の上に立つようなものだな。スピードによっては目を開けるのも厳しくなるし、しがみつかないと落下する。身体強化してないと風力で顔も変形する。
端から見れば相当滑稽だろうな。振り回されてるようにしか見えないから。
――それでも飛びたいと思うか?」
淡々とした矢鏡の問いに、俺はふるふると首を横に振った。
そんなかっこ悪いのイヤだわ。そりゃあみんなやらないわけだ。
但し、空中に足場を作って飛び移ったり、エレベーターのようにゆっくり上下に移動したりと、いろいろ工夫して一時的に浮くことならやっているらしい。便利だからいろんな場面で使われているとのこと。今からやろうとしてるのもそれだしな。
――などと話しているうちに準備が整ったようだ。
アドラさんたちへ説明と注意事項を伝えたアサギが、未だ凍ったままの地面に岩の船を現わした。手漕ぎボートを二十人くらい乗れるように大きくした感じの船だった。安全のためか、わりと深めに作られており、中には全員分の手すりも付いている。
彼女たちは船を見たのも初めてらしく、乗り込むのも相当恐がっていたのだが、この中では最年少の女の子マチィちゃんが勇気を出して乗ってくれたおかげで、他の人たちも続々と乗り込んでくれた。
最後にアサギとケイが乗ったことを確認し、俺が最初、続いて矢鏡が大穴に飛び込んだ。これまでの通路とは違い、穴の中には明かりが無いため、矢鏡が手に現した炎で辺りを照らす。むろん、俺は明かりが無くても見えるので、俺以外のみんなのためである。
大穴は緩く曲がった後、歪ではあるが真っ直ぐ奥に向かっていた。壁も天井も土だが岩のように硬いので、これなら崩れることはないだろう。
敵の気配が無いのでアサギに合図を送り、降りてくるまで周囲を警戒しながら待つ。
うむ。ひとまず何もなさそう。
「マジでただ逃げただけっぽいな」
俺の呟きに無言で頷く矢鏡。
矢鏡は真面目な顔で周囲を見回し、足元に目を留めると二ミリほど眉間にしわを寄せた。次いで、地面に到着した船の方へ向くと、
「アサギ、そのまま船を浮かせて移動出来るか?
かなり足場が悪い。人間たちでは厳しいと思う」
「了解。急速な移動じゃなければ大丈夫だ」
すぐさまアサギが船から顔を出し、片手で作った丸を見せてくる。それからアドラさんたちに座ったままでいるようにお願いした。
俺もまじまじと地面を眺める。
確かに道は平らではない。ぐねぐねしてうねうねしてでこぼこしまくっている。例えるなら――なんだろう。くしゃくしゃにした紙でかなりてきとーにトンネルを作った感じ?
俺はマラソンしたら良いトレーニングになりそうだなとしか思わなかったけど……確かに、普通の人には厳しいかもしれない。それに最年長のアドラさんはおばあちゃんと言っていい見た目だし、彼女たちの半分以上が四十から五十代くらいだし、子どももいる。体力的にも運動能力的にもこの道を進むのは大変だろう。言われなかったら気付かなかったな。
「気が利くなぁ矢鏡。さすが」
「人間たちに歩かせたら間違いなく時間が掛かるからな。そんな悠長なことはしてられないし、速度を合わせるのも面倒だろ」
彼女たちのことを考えてのことだと思って褒めたのだが、どうやら違ったらしい。
矢鏡は俺だけに聞こえるように淡々と言うと、さっさと先に進み始める。
矢鏡って人の命は大切にするけど、人自体には素っ気ないんだよなぁ……変なやつ。
まぁいいや、と俺もでっぱりを飛び移るようにして追いかけ横に並んだ。
肩越しに後ろを見ると、船は俺の頭より高い位置でぷかぷかと宙に浮かび、俺たちと十メートル以上距離を開けてついてきている。
遊園地のアトラクションにありそうで、ちょっと楽しそうだと思った。この任務が終わったら俺も乗りたいと頼んでみよう。




