17-5 こそこそ話
女性たちから何度も礼を言われ。
何度も、気にすんな無事でよかったな、と言いまくり。
ようやく落ち着いた彼女たちと、念のための見張りとしてケイを残し、俺と矢鏡とアサギの三人は部屋の隅まで移動した。情報整理と今後の手順などを話すためである。
因みに俺が倒した化け物たちはどうやら低級だったようで、矢鏡とこの部屋に戻ってきた時にはすでに跡形も無く消えていた。
さらにこっちは余談だが、実は彼女たち、どうやって助かったのかよくわかってなかったらしい。まぁ当然だろう。俺のスピードは今やエルナにかなり近い。近いと思いたい。よって、水色の何かが一瞬だけ見えた気がする、という程度にしか俺の姿を捉えていなかった。アサギが説明していなければ、俺たちのことも味方だとは思わなかったかもしれない。
俺たちは壁際まで来ると足を止め、互いに向かい合った。
そして、矢鏡から返してもらったタオルで未だ濡れている髪を拭き始めたところで、
「胸を張れとは言ったが、やり方は間違ってたからな。そこは勘違いするなよ」
腕を組んだ矢鏡が言った。
「え、説教? 説教の続きすんの? 今後の話するって言ったじゃん」
俺は苦笑いを浮かべ、タオルを頭に引っ掛けたまま、ノーセンキューという意味を込めて両手を左右に振った。
互いに見える位置とはいえ、離れた俺たちを不安げに見てくる彼女たちをちらりと見やり、
「説教はもういいって。もうわかったって。俺が悪かったよ、ごめん」
「本当か? 自分を一番大事にしてくれってことだが――」
「わかったから! 自分第一な。もう無茶しない、約束する」
思わず『しつけえ』と言いそうになったがぐっと堪え、わざと遮って言った。しつこさに関しては、俺は他人のこと何も言えないからなー……
約束、とまで言ったからか、ようやく納得したらしく矢鏡が小さく頷いた。
視界の端ではアサギが引きつった笑みを浮かべており、俺たちの会話が気にはなっているようだが、特に質問してくることはなく、
「で……ではまず、さきほど聞いたことをお伝えしますね」
俺と矢鏡が頷くと、真剣な目をして話し始めた。
「どうやら彼女たちは一番最初に攫われた者のようで、かなり詳しい話を聞くことが出来ました。とはいえ、太陽も見えない場所にずっといたため『どのくらい時間が経ったか』などは把握していませんでしたが」
「あー……どう見ても時計持ってるようには見えないもんな」
「服装からして、文明はまだ大して発展してないだろう。金属を使った道具なら少しくらいあるかもしれないが、機械の誕生は当分先だろうな」
俺に続いて矢鏡が言った。
アサギは一つ頷き、
「ですので、時間については任務を受ける時にシンから聞いた情報を参考にします。
細かく話してしまうと長くなりますので、重要な点だけ話しますが――
一、あちらの彼女たちが攫われたのは恐らく今より八日ほど前。
二、この建物のどこかに広大な部屋があり、攫われた者はほとんどそこに閉じ込められていて、外にいた使い魔と同じような化け物が部屋を見張っている。
三、いくつかの国から数人ずつ攫われていたが、彼女たちの時間間隔でおよそ二日後――私とケイが初めてここに訪れた六日前くらいから、何十人何百人と、国や町に残っていた女性をまとめて攫うようになった。
四、攫われたのは赤子から老人まで。但し、寝たきりの者や老衰で弱り切った者、重病患者などといった、死に近い者や自力で動けない者だけは攫われていない。
――以上です」
淡々と説明した後、一拍の間を開けて、はっと何かに気付くと焦ったような笑みを浮かべて俺を見てくる。
「あ、その……すみません。今私、華月殿のことをエルナ殿のつもりで、いつものように説明してしまって……
あの、もう一度ゆっくり話しましょうか?」
「……いや、なんとなくわかったからいい」
アサギにそう返した俺は、少し考えてからジト目を矢鏡に向けた。
「なぁ、それより――
いつものようにってことはさ、エルナは今みたいな説明を全部覚えられてたってこと?」
「まさか。エルナは作戦も情報も〝なんとなく〟しか理解出来ていなかったよ。というより、理解出来ないとわかっているから、自分なりに最低限覚えた方がいいと思った部分だけを覚えてたな」
淡々とした答えにほっと胸を撫で下ろす。
「そっか、エルナもか。よかった。
いやー……どこかに人質部屋があるってことと、なんか人数が多くなってるよなーってことしか頭に残ってなくてさぁ。やっぱ全部覚えなきゃダメだったのかなーって思って」
「君が気になったことだけ覚えていれば大丈夫だよ。エルナの時もそれで問題なかったから。
――頭脳労働は任せて。必要そうならまた教える」
キリッと、頼もしい口調で言う矢鏡。
なんでも、エルナも頭を使うことに関してはすべて矢鏡に丸投げしていたらしい。なので俺も遠慮なく任せることにした。
矢鏡曰く『適材適所ってやつだよ』とのこと。
さすが前世からの相棒。頼りになるな。
「では、話を続けますが――」
俺と矢鏡の話が終わったタイミングでアサギが口を開く。
「事前情報では人間の数は三十人ほど、という予測でしたが、現時点では千人は超えているようです」
「せ、せんにんっ!? 多っ!」
思わず俺は驚いたが、二人にとってはあまり関係ないらしい。
「複数の国から根こそぎ攫ってる割には少ないな」
「国ごと、というのはまだ一つだけらしい。それも小国で、あとは町や村からだそうだ。攫っている途中ってことだろう」
矢鏡の疑問にためぐちで答えるアサギ。
「けど、最初は数人ずつだったんだろ? なんで急にそんな多くなったんだ?」
俺が聞くと、アサギは弱ったように眉を下げ、
「恐らく、撤退したとはいえ主護者に見つかったことを焦り、増援が来る前にと計画を早めたのだと思います。
人質の数は多いですが、どうやら大多数はまだその部屋に詰め込まれているようですので……救出自体は難しくないかと。
問題は、あちらの彼女たちのように〝部屋の外に出されてしまった〟者たちです」
「出された? 逃げ出した、じゃなくて?」
首を傾げて問えば、アサギの表情はますます曇り、下ろした両手に力が入るのが見えた。
「七日ほど前から、一定時間ごとに十数人ずつ、使い魔たちによって連れ出されるそうです。もちろん、出ていった者たちが戻って来たことは一度もありません。
あちらの彼女たちも、自分たちが出されるまでは何故攫われて、何故閉じ込められているのか知らなかったそうですが……」
そこで一度区切り、アサギは大きく息を吸った。
「使い魔は遺跡内のどこかに彼女たちを放り出すと、こう言ったそうです。
『エサであるお前たちにもチャンスくらいはくれてやろう。食い殺されるのが嫌なら外を目指すんだな。そうすれば生きて帰れるぞ』――と」
「……ん? それ、どういうこと? わざわざ逃がしてくれたのか? そいつは良い奴ってこと?」
わけがわからず首を傾げると、アサギは重々しく顔を左右に振る。
「やつらの狙いまではわかりませんが……逃がす気はない、と思います。実際、彼女たちはこの部屋で妖魔に襲われて死ぬところだったわけですし」
「じゃあ……なんで? なんで部屋から出したんだ?」
「……疑問はもう一つある」
横から入ってきた矢鏡が、ケイと共に待つ彼女たちに視線を移す。
釣られて俺とアサギも目をやり、
「何故、あの人間たちは生きている?」
「え!? いや、助けたからだろ俺が!」
自分を指差しながら慌てて言うと、そうじゃなくて、と返し、
「いくらでも攫って増やせる人間たちに水や食料を与えていたとは考えられない。となれば、とっくに餓死しているはずだろ。何も無さそうなこの場所で八日は過ごしているんだから」
「あ!」
思わず声を上げる俺。
確かにそうだ。飲まず食わずでは三日くらいしか生きられないって、俺でもさすがに知っている。世界に関係なくそういう人間の常識は同じだって前にフィルが言ってたし、あそこの彼女たちが例外だってこともないだろう。
「びっくりした。突然ボケたのかと思った」
「そんなわけないだろ」
素直な俺に対し、呆れたようなジト目を向けてくる矢鏡。
「それについては彼女たちに確認済みです。何も口にしていないのに乾きも飢えも一切無い、と全員が答えています。理由はわかりませんでした」
事務的な感じでアサギが言った。
ふむ、と俺は腕を組み、
「謎が多いな」
「はい。ですが、あまり考えている暇はありませんからね……
敵の目的は暴けた方が良いですが、今はそれよりも、人間の大半が閉じ込められている部屋を見つける方が先でしょう。
外に出されてしまった者たちは遺跡内に散らばっているようですので、探し出せるかわかりませんが……最善を尽くしましょう」
「まずは助けた人たちを守りつつその大部屋を探す。探しながら出来るだけ生存者も見つける――ってことだな」
確認を兼ねて繰り返すと、二人が小さく頷いた。
「そのためにも役割をしっかり決めましょう。
先頭は変わらず華月殿。先程と同じように、何かに気付いたら先行してください。
対応力から考えて次にディルス。何かあれば後方に構わず華月殿についていって構いません。
人間たちを挟み、最後尾から私とケイが見張ります。彼女たちのことは任せてください。少し時間はかかると思いますが、必ず追いつくようにします。
――という形でいかがでしょうか?」
「いいんじゃね、それで」
俺は即座に同意した。
しかし、深く考えずに即答した俺と違って、矢鏡には気がかりがあるらしく、無言で何やら考え始める。
やや間を置いて、
「分断されたらどうする?」
前回の任務でやられたことを矢鏡が聞いた。
俺はぽんっと手を叩き、そうだそんなこともあったな、と呑気に思った。
アサギは顎に軽く手を当て、
「あちらの彼女たちがまとまって行動出来ていたことを考えると、その可能性は低そうだが……恐らく、問題ないと思う。分断されたとしても壁で塞ぐだけだろう。建物の材質からして、その程度なら私の術で突破出来るはずだ。
万が一、それが不可能な場合は通信機で相談させてほしい」
「わかった。ならそれでいい」
と、矢鏡が納得したところで話し合いは終了。
ケイたちの方へ戻り、アサギが彼女たちにこの後の手順を説明した。
大部屋を探すということは、彼女たちからすれば〝戻る〟ことになるので、嫌がられるんじゃないかと心配したのだが――
返ってきたのは、むしろお願いしたい、というものだった。
母が、娘が、姉妹が、祖母が、友達がまだ閉じ込められているから、と。
どうか助けてほしい、と。
この中で一番若い十歳くらいの女の子でさえ、こわくてもがまんするから、と俺たちに頭を下げてきた。
元からそのつもりではいるが――そんなふうに頼まれたら、こっちもちゃんと応えないとダメだろう。まだあんまり信用されてないだろうし、安心させないとな。
俺はこっそりとタオルを消して、アサギの前に歩み出た。
こういう時の返し方は、昨日フィルから教わっている。
不敵な笑みを浮かべ、自信満々に告げる。
「俺は月の主護者、カヅキ。
安心してくれ。俺は全員助ける気でここに来た」
えーとそれから……なんて言うんだったっけ? ……まぁいいか。威厳なくても。
「絶対に無事に返すからな。俺たちを信じろ」
言いたいことを言っただけだが、それでも安心させるには十分だったらしい。
彼女たちはほっとした様子で笑みを浮かべ、大きく頷いた。