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Night  ~Eternal friendship~  作者: karuno104
第17話「迷い」
106/119

17-1 男子禁制

 秋だからか、日が落ちるのは早かった。俺の調整が終わり、それから三十分ほどで全員の準備が整ったにもかかわらず、すでに空には星がいくつも浮かんでいた。


 俺は塔を覆っている膜――結界の一歩手前で足を止め、塔と結界をじっと眺めてから振り向く。


「……まだ笑ってるし」


 肩をすくめてぼそっと言うと、全員の視線は一人に集中した。

 すなわちフィルに。


「ふふっ、ごめん。場違いなのはわかってるんだけど、とても面白かったから」


 さっきよりは大分落ち着いたようだが、それでも笑いが口から零れている。

 すでにここは敵地の真ん前。本来なら真剣な空気で臨むものだろう。


 まぁ俺は他人のこと言えないが。空気読むの苦手だし。


 そもそも、いつもなら真面目な顔をしているフィルが、腹を抱えるほど爆笑していた理由は俺にあるからな。原因はヘルだが。


 家とかテントとか全部片付けてこの荒野に転移してきて、敵地が見えてるというのに『良い夜景だから一回だけでいいから』とヘルがカメラを構え、とあるお願いをしてきた。


 それは、なんかポーズつけて女言葉で喋ってほしい、というもの。


 本当は断りたかったのだが、ヘルと初めて出会った日に、ヘルが転移を使う時に言っていた呪文にツッコミを入れたのを相当気にしていたと言われたら、仕方ないなと折れるしかないわけで。


 それでダンジョンの感想を言うことになったのだが――

 さっさと済まそう、と考えずに言ったのがまずかった。


『えー、触ったら割れそうだな……よ、のね、だよわ!』


 とりあえず女子っぽい語尾を付けただけの、変な感じになってしまったのだ。


 それがフィルにクリティカルヒットした、というわけである。因みに、興奮したようなヘルを除き、他のメンツは引きつった顔で俺を見ていた。


「謝らなくていいよ! フィルは何も悪くないんだから! 今から討伐に行くのに緊張感のないこの二人が悪いの!」


 俺とヘルを交互に指差し、輝いた目でフォローを入れるケイ。こちらもハイテンション。さっきアサギに聞いたのだが、楽しそうに笑うフィルが見れて心底嬉しいらしい。


 両手を広げて抱きしめようと飛び掛かったケイから身をかわし、


「うん。もう大丈夫、切り替えられる」


 矢鏡の後ろに隠れてから、フィルはいつもの爽やかな笑みを向けてくる。


 俺は顔から地面に倒れたケイが少し心配になったが、他の誰も気にしていないようなので、とりあえずスルーすることにした。ケイのことは気にするなって言われてるしな……


「じゃあえっと…………入るぞ」


 全員が頷いたことを確認してから、俺は結界と対峙した。

 見た感じはまんまシャボン玉。触れただけで割れそうだが、アサギ曰くふつーにすり抜けられるとのこと。


 疑っているわけじゃないが、さすがに頭から突っ込む気にはならず、伸ばした右手から結界に触れる――が、触った感触まったくなし。前回の要塞にあった通路のぼやけと似ている。なので、そのままふつーに通り過ぎ、


「ふひっひひひひひひっ!」


 どこからか響いてくるでけー笑い声に足を止める。うるさっ。

 俺に続いて入ってきた矢鏡と、アサギに押し出されたケイも俺の隣に並び、声の主を探して視線を彷徨わせた。


 超やっかましいそいつは大音量で不気味に笑い続けつつ、塔の上の方から猛スピードで空を飛んできて、少し離れた空中でピタリと止まった。こどもくらいの大きさで、カエルとコウモリを合体させたような姿。


「なぁんだ、この前おめおめと逃げ帰った雑魚じゃないか! ひひひっ! どうやら助っ人を連れてきたようだがぶしっ!」


「華月殿⁉」


 うるさすぎて聞いていられず問答無用で蹴り飛ばすと、後ろでアサギが驚いている間に塔の周りに浮いている岩に衝突し、岩とともに砕け散った。


 着地して、それから足元を見やる。今俺が履いているのは、低いがヒールのついた白いサンダル。エルナが履いていたものと同じである。これにもまだ慣れていないが、今のを考えると戦闘に支障はなさそうだ。


 ふむ、と納得して振り返ると、両手を前に伸ばしてゆっくり結界内に入ってくるアサギと目が合った。完全に女体化しているとはいえ、前に来た時アサギは入れなかったらしいので、今回はちゃんと入れるのか不安だったのだろう。


「さ、さすがは華月殿……素早すぎて二人掛かりでも攻撃が当てられなかったというのに、こうもあっさり倒されるとは……

 しかし、話は最後まで聞いた方がよかったのでは?」


「悪い。うるさすぎて我慢できなかった」


 ぎこちない笑みを浮かべて聞いてくるアサギに、俺は真顔で正直に答えた。


「つーか、アサギたち今のやつに苦戦したの?」


「はい、その……すみません。我ながら情けないです。実は救援要請に華月殿を希望したのも、さきほどの使い魔ですら倒せなかったからでして……」


 申し訳なさそうにペコペコ頭を下げるアサギ。

 その隣で腕を組んでいたケイはぷいっとそっぽを向いて、


「し、仕方ないじゃない。あたし、あんたみたいに強くないもん……」


「まぁ〝熱岩〟コンビは、どちらかといえばパワータイプですし。スピード特化している相手はまず無理でしょう。今回は本当に相手が悪かったようですね」


 結界外からヘルのフォロー。

 俺は慌てて両手を振り、


「あ、いや、別に責めてるわけじゃなくて……つい聞いちゃっただけだ。もう倒したし、そこは気にすんな。スルーしてくれ。

 そんなことより、使い魔ってのは? 低級とは違うのか?」


「結構違いますよ。低級は邪気を元に勝手にわっさわっさ発生するモンスターですが、使い魔はあるモノを素材に魔族と悪魔が作るモンスターです。また、低級の大半は知能が低くて会話なんて出来ませんが、使い魔は基本的に会話出来ます」


 説明してくれたヘルに、ほーん、と返し、


「……あるものって?」


 首を傾げて訊ねると、ヘルはわざとらしくにっこり笑って。


「それはまた今度で。今は急ぎましょう」


 ……ということは、長くてややこしい系の話か?

 だとしたら取るべき行動はひとつ。


「あぁ、そうだな」


 大きく頷いて同意し、踵を返して塔へと進む。


 いい加減、反射的に質問する癖直さないとなぁ……

 興味なくても聞いちゃうからなー。聞いても覚えられないことがほとんどなのに。


 歩きながら心の中で反省する(改善出来る気はしない)俺の後を、矢鏡たちの足音がついてくる。


 そして――


 べいんっ


 変な音が鳴った。真後ろから。


「どうし……」


 即座に振り返って、どうした、と聞くのをやめる。

 見れば、俺でもすぐにわかることだった。


 俺のすぐ後ろに矢鏡がいて、少し遅れてケイとアサギがいて。

 さらにその後ろ。




 結界の外で、両手で顔を覆ったフィルがうずくまっていた。




「ぷっふーっ!」


 その隣でヘルが盛大に噴き出し、腹を抱えて笑う。

 滅多に笑わない鉄面皮の矢鏡ですら、顔を背けて手で口元を隠し、声を出さずに静かに笑っている。

 ケイとアサギは心配そうにおろおろ狼狽え。


 俺は真顔のまま、


「フィル、やっぱり男だったのか」


「違うよ!」


 やっと顔から手をどかし、若干鼻を赤くしたフィルが不服そうに叫んだ。


「ははははは! ははははははは! ぶくっ……! ふ、普段からかっこつけてるのが悪いんじゃないですか? 胸ぺったんこですし! ふふっ!」


 失礼なことを言いながら遠慮なく笑いまくるヘルは、何度かせき込んでやっとのことで笑いを堪えると、フィルにニヤニヤと笑って見せる。


「だから昔から言ってるじゃないですか。『もう少しかわいくしてみては?』って。

 よく似合ってはいますが、その服もいけないんですよ。ぴっちりタイプならまだしも、体型を完全に隠すゆったりタイプの貫頭衣! それも長袖長ズボン! 華奢を通り越してガリガリ体型なのを隠したいんでしょうが、おかげで寸胴に見えちゃってるんですよ!

 そもそも、ガリガリなのが嫌ならもっとちゃんと食べればいいんです。最低限しか食べてないの知ってるんですからね」


「ちょっとヘル! フィルに失礼じゃない!」


 つかつか歩み寄り、ヘルに向かって怒鳴るケイ。


「フィルは十分かわいいでしょ! 確かに心配になるくらい痩せてるけど! 服だってそのままでいいもん! 男には見えないもん!」


「あーはいはい、すみませんね。ちょっと正直に言い過ぎました」


 すんげーてきとーにあしらうヘルと、さらに突っかかっていくケイの二人にジト目を向けていたフィルが、不満そうな顔のままゆっくり立ち上がる。


「疑ってはいなかったのだが……この前の私みたいにこの結界に弾かれたのを見たら、申し訳ないが信じられなくなってきたな。本当に女だったのか?」


 真剣な口調で尋ねるアサギ。敬語じゃないことに違和感がある。

 フィルは溜め息を吐き、片手で結界を触る。俺たちと違って触れるってことは、本当に通り抜けられないようだ。


「……生物学上は。体型にも性別にもこだわったことはないから、証明するつもりはないけどね。どう思われても気にしないし」


「しかし想定外でしたね。真面目な話、どうしましょうか?

 魔族を倒さないと結界は壊せないでしょうし……このまま入れないのであれば、フィルには外で待っていてもらうしかないですが」


 ケイをなだめ終わったヘルが言った。

 笑い終わったらしい矢鏡も参加して、


「フィルが欠けても問題ないとは思うが、フィル一人置いて行くわけにもいかないだろ」


「ですね。敵に襲われないとも限りませんし」


「じゃあ! あたしがフィルと残る!」


 ケイが心底嬉しそうに手を上げた。


『却下』


「なんでーっ⁉」


 俺以外の全員に揃って拒否され、納得がいかない、と地団太を踏む。

 そんなケイに、呆れた様子でアサギが説明する。


「ケイはフィルより弱いだろ。足手まといになるだけだぞ。それなら人間たちの救出を手伝った方が貢献出来る」


 深く頷く他三人。

 さすがに反論できないのか、苦い顔でがっくり肩を落とすケイ。

 それから矢鏡が俺を見やり、


「……華月、フィルと残るか?」


「あー……」


 俺は少し悩んだ。


 確かにバランス的にも、俺か矢鏡が残るのが良いだろう。アサギもそんなに強くないらしいし。だが俺と〝熱岩〟コンビでは心配だとヘルが言っていた。何を心配しているのかはわからないが。


 となれば、今ここで『矢鏡が残ればいいんじゃね』と提案したところで却下されるだけだろう。大人しく待ってるだけなんてガチで性に合わないが、フィル一人残すことには反対だからな。


「まぁ、こうなったら……しょーがないもんな」


 しぶしぶ承諾すると、フィルがほっと胸をなでおろした。

 これで決まり、と各々が動き出そうとして、


「待ってください」


 スッと片手を上げるヘルに全員の視線が集中する。


「わたしに考えがあります。ですので、わたしに残らせてください」


「え、だが、生存者を見つけた時にヘルがいないと、安全に外に出す方法が……」


 戸惑うアサギを手で制し、ヘルは不敵に笑った。


「フィルを入らせる方法を思いつきました。しかし時間がかかります。なので、みなさんには先に行ってもらって、なるべく多くの人間たちを見つけておいてほしいんです。

 結界を壊すことは出来ませんが、フィルと共に、必ず追いついてみせます」


 自信満々な姿に、俺と矢鏡は目を合わせ――



 結局、ヘルに任せることになった。

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