16-5 作戦会議
邪魔すぎる胸は、自動でぴったり締まる機能付きの不思議な布(腹巻のような形)を付けることにより、少し苦しくなるものの無駄に揺れることはなくなった。それでも十分邪魔で動きにくいけど。しかしその後に鏡を見れば、エルナと同じ胸のサイズになった。胸って縮むものなんだな。母のおかげでファッションの知識はちょっとあるけど、そういうのは知らなかった。
――と、そんなこんなで着替えが終わり。
ヘルに促されて部屋を出れば、すぐそこには服の山が。部屋の前、つまり階段横には部屋二つ分の広いスペースがあるのだが、その真ん中に積まれている。全部女性もの。
そして、それを囲うように他三人が立っている。
俺は一瞬固まった。
中世の村人のような恰好をした、矢鏡によく似た金髪少女。
黒髪ポニーテールでライトアーマーを着けた、アサギに似てる勇ましいおばさん。
プラスさっきと変わらないケイ。
俺は女になっても身長変わってないけど、矢鏡は俺より五センチくらい低くなってるし、男の矢鏡より背の高かったアサギも俺と同じくらいまで縮んでいる。
そういやさー、矢鏡、いつの間にかすげー身長伸びてんだよ。最初に会った時は三センチくらいしか差がなかったのに、今じゃ七、八センチは離れてる。同じ成長期なのに。マジで悔しい。俺ぜんぜん変わんないのになー。
俺は矢鏡とアサギを交互に眺め、
「うわー、すげぇー。ほんとに変わってる。
ひとのこと言えないけど、すげー変わったな」
感動してそう言うと、矢鏡(女子バージョン)がジト目を向けてきて、
「華月は〝戻った〟な。鏡は見たか? 今の姿がエルナだよ。服装まで同じ。腕輪はつけてなかったけど」
いつもの矢鏡とは全然違う女声で、いつもと同じく淡々と言った。
俺は思わず、知ってる、と即答するところだったが寸前で飲み込み、
「見たけど……マジで? これがエルナ?」
ほーん、と驚いてるふうの演技。隠すならこういう日頃の努力が大事。
「私からすれば、そちらの方が見慣れていますが……
まぁ、外見なんて強さには関係ないことですよ」
アサギがにこやかに笑う。強さ第一で考えるところは矢鏡と一緒。
「しかし……お前、よくスカートなんて履けるな」
矢鏡の膝丈スカートを指差して言うと、矢鏡は三ミリほど眉を寄せ、
「下に短いズボンは履いてる。あと、俺が決めたわけじゃない」
「コーディネートはわたしです。なかなか良いでしょう? もちろんアサギもです」
俺の部屋から出てきたヘルが誇らしげに胸を反らした。
なるほど、と納得して二人を見比べる。
そして、つい。
つい、胸元を見てしまう。
アサギも、矢鏡も、俺と違って小さい。
フィルほどではないけど、あんまり目立たないくらいには小さい。
…………いいなぁ……
邪魔じゃなさそうで羨ましい、と思っていたら、アサギの隣で俺を睨むケイが、
「けっ! 胸がでかいからって調子にぶげぅ!」
俺の部屋から一直線に放たれた分厚い本を額に食らい、派手にひっくり返った。
「ディルスたちも準備出来たみたいだね。
それじゃあ、全員揃ったことだし打ち合わせを始めよう」
言いながら、部屋から出てきて服の山の傍に立つフィル。
同時に頷く矢鏡とアサギ。
打ち合わせ――つまり作戦会議である。ちょっとテンション上がる。
その重要さを語る必要はないだろう。固定メンバーだけならやらない方が多いが、基本的には任務の前にやっているらしい。チームワークは大事、ということだ。
ヘルはしゃがんで服の山をささっと消して、
「ケイはいい加減落ち着いてください。進行の邪魔をしたら、あなただけ任務から外しますよ。嫌なら余計なことは言わないように」
と注意する。
ゆっくり起き上がったケイは、赤くなった額をさすりながら、ごめんなさい、と小さな声で謝った。
「なにもそこまで言わなくても……」
「気にしないでください。ケイは自業自得です。フィルが一緒の時は大体こんな感じですし」
気の毒になってきたのでフォローを入れたが、呆れた様子のアサギにあっさり流された。
困り顔でケイを見れば、目が合うなり、ふんっ、と顔を逸らされる。
理由がわからないのにその反応……さすがにそろそろ傷付くぞ……
まーじでなーんでこんなに嫌われてるんだ……?
すっきりしないけど、今は考えないようにしないとな。
会議はすでに始まっている。
「目的は魔族の討伐、及び人間の救出。シンの予想では魔族は中級でしたが、幻獣がついている可能性が高いことを考えると、上級だと考えておいた方がいいでしょう」
真剣な口調でアサギが言った。
「幻獣も一体とは限らないですね。一時撤退したのは正しい判断だと思います。
女性しか狙っていない時点で〈熱岩〉には荷が重いでしょう」
次にヘル。
「あの、すでに話についていけないんだが」
次に俺が片手を上げて正直に言った。
するとフィルが爽やか笑顔を向けてきて、
「華月、妖魔の最大の目的は覚えているかい?」
「えーと、確か……人間の全滅?」
「そう。だから女性でも男性でも、片方の性別だけを狙うというのは、とても効率的なやり方なんだよ。なぜなら、どちらか片方を滅ぼせば、自動的にもう片方も滅びるから。これは人間以外の生物にも言えることだけどね。
因みに、もしもどこかの世界に男性しか存在しなくなった場合、世界を移動できるシンや僕たちが、他の世界から女性を連れてくるってことは出来ないんだ。世の理に反するからね。
ここまではわかる?」
「うん、まぁ、なんとなく」
「じゃあ続けるね。
効率的なやり方を取っている、ということは、全力で全滅を狙っているってことなんだ。それは同時に、僕たち主護者を敵に回す意思と覚悟がある、ということでもある。
ひとつの世界を滅ぼすのに、数時間とか数日とかの短時間でやられたら、さすがに対処が間に合わないけど……そうでない限りは必ず主護者が向かうからね。
つまり今回の敵は、例え華月ほどの強者が来ようと問題無い、というくらい相当な自信があるってことさ」
「おー……なるほど」
ふんふん、と納得。アサギたちはそんなに強くないって言ってたもんな。
「では、話を戻します。
今回の最大の問題は、人質の数が多いことですね」
「手分けして探す、という手もあるけど……相手の戦力がわからない以上、それは避けた方がいいと思う。今回は転移が使えるヘルがいるから、全員見つけた後に別れるなら有りかな」
ヘルに続いて、フィルが言った。
俺はここで再び手を上げた。
「今気付いたんだけど……
俺たち、十日前くらいにこの世界に来ただろ? そのまますぐに討伐に向かえば、人が攫われる前になんとか出来たんじゃね?」
『あー……』
ヘルと矢鏡の棒読みが重なる。
「随分前にやりましたねー、その議論。こういう時、自分がすっごく年取ったなって感じがします。いやー、なつかしいですねー。そういう細かいことは気にしない人の方が多いから、本当に久しぶりの話題です」
しみじみとヘルが言って、三ミリほど頭を上下に動かす矢鏡。
「先程の件もですが……まだご存じないことが多いんですね」
「一気に教えても覚えきれないからね。少しずつ説明してるんだよ」
驚いた様子のアサギに、フィルが優しく応えた。
ヘルは笑みを浮かべて自分を指差し。
「では今度はわたしが。
タイムパラドックスの話は覚えていますか?」
「いちおう。矛盾防止システムがあるってやつだろ?」
「そうです。そして、それと同じだと思ってくれればオーケーです」
「……よくわからないんだけど」
そう言って説明を求めたのは完全に間違いだった。
やっぱいいやと口を挟む隙もなく、ヘルの話が始まった。
「時間関係の話はですね、ものすごーく難しくて、とてつもなくややこしいんですよ。多分、理解出来ないと思います。わたしもよくわかってないですし。
まぁ、一応解説しましょう。
とりあえず結論から言うと、華月の言ったことは不可能です。
例えば華月の言う通り、十日前に敵地に向かったとしましょう。ですが、今日の時点でシンが把握している事実は『まだ敵は存在していて人を攫っている』です。その事実が変わることはないので、向かったとしても『何かしらの原因によりたどり着けなかった』ということになります。これは〝もしも〟の話になるので、なぜたどり着けないのか、を知ることは出来ませんけどね。それから――」
「――となるわけです。過程が変わることは稀にあるんですが、結果が変わることは無いんですよ。
これでも簡単にしたつもりですが、どうです? 全然わからないでしょう?」
「……ほぁー……おー……」
「やっぱり頭パンクしましたか。見るからに呆けてますね」
「わかってるならやめてあげなよ」
フィルに肩を叩かれて、ハッと気付く俺。飛んでた思考が戻ってくる。
「フィル、駄目で元々、という言葉は知っているでしょう?
エルナとは違うかなーと思って、ちょっと試してみたくなったんです」
ヘルの答えに肩をすくめるフィル。
俺は軽く首を傾げ、
「ん? あれ? タイムパラドックスの話してなかったっけ?
それで例え話を聞いて……」
「すみません、華月。わかりにくかったですね。
どこまで覚えているのかはわかりませんが、とりあえず、シンが把握していることは変えられないので、過去に戻って改変しようとしても無駄、とでも覚えてくれればいいと思います」
なんとか思い出そうとしている俺に、ヘルが淡々とそう言った。
まだ全然わかってないが、今のことばで納得することにする。話の内容は思い出せないが、長くて難しかったことはわかるから。
「そういうわけで、すぐに向かってもらっても仕方ないから、華月たちには敵地より離れたこの場所で待機していてもらったんです。
因みに敵地の傍にしなかったのは、敵に警戒されないためです。逃げられて付近の国で大量虐殺でもされたら困りますからね」
言いながら、ヘルはピッと人差し指を立て、
「あ、でも勘違いしないでください。到着が遅れることは確定していますが、諦めているわけではありません。むしろここからが大事です。
結果は決まっているかもしれませんが、それをわたしたちは知ることが出来ないんです。
であれば、出来る時に出来るだけのことをするしかないでしょう?
どれだけの人を救えるかは、今からのわたしたちにかかっているってことです!」
「なるほど。なら、さっさと打ち合わせを済ませて向かわないとな!」
ぐっと拳を握って意気込む俺に、ケイだけが頷いて同意。お、やっと機嫌直った?
「あたしもそれには賛成する」
むっとした不服そうな顔で呟いて、ジト目を俺に向けてくる。
「というか、今回は打ち合わせしなくていいんじゃないの?
だって、いるじゃない。ものすごく頼りになるやつが」
そのことばに、全員の視線は一ヶ所に集まった。
すなわち、俺に。
「あー……」
一拍の間を置いて、ヘルが複雑な顔で一同を見回す。
「今更なんですが……
華月、今回は外した方がいいんじゃないですか?」
「……えっ⁉」
とーとつに、まったく思ってもみなかったことを言われて俺は心底驚いた。
「なんで⁉」
「いやーだって……華月はまだ経験が浅いでしょう?
多分ですけど、今回のは刺激が強すぎるんじゃないかと。純粋レベル、シンと同じくらいっぽいですし、ホラー映画とか見なさそうですし」
「なんで急に映画の話? 確かにホラーは見たことないけど。というか映画自体ほとんど見たことないけど」
映画館に行ったことないし、テレビでやってても母さんに消されるからなぁ……
「なんでそれが関係あるんだ?
あ、グロいのだったら大丈夫だぞ? 低級だって倒せてるし」
しかし俺の発言はスルーされ、
「僕も、もう少し慣れてからの方がいいと思う。人間たちを見つけるのは苦労しそうだけど、戦力ならディルスがいれば十分だろうし」
「ご一緒したいところですが、華月殿のことを思えば致し方ありませんね」
フィルに続いて、残念そうに眉尻を下げるアサギ。
「そんな甘いこと言ってる場合じゃないでしょ⁉
別にいいじゃない気にしなくて! 強いんだから!
それに、どうせ近いうちに知ることになるわ! さっさと慣れさせればいいじゃない!
みんな過保護すぎ!」
必死に食い下がるケイに、俺も『そうだそうだ』と便乗する。
と、ここでずっと黙っていた鉄面皮が動いた。
「予想だけで決めつけるべきじゃないし、早く慣れてもらわなければ困るのも確かだ。
行かせてダメなら俺が代わりを務める。それで良いだろ」
「おー……矢鏡、おまえほんと良い奴だな」
喜ぶ俺をちらりと見やり、矢鏡はジト目をみんなに向けて。
「そもそも、わけもわかわらず外されて、華月が大人しく待つわけがない。説得に時間を割くのは無駄でしかない」
「それもそうだね」
「それもそうですね」
「で、ですね」
「まったくね」
フィル、ヘル、アサギ、ケイが同時に納得した。
あれ? これ、俺バカにされてない? 気のせいか?
ヘルが、こほん、と咳払いをして、
「では。当初の予定通り、華月に先陣を切ってもらいましょう。華月はご自身の勘を頼りに、まずは人間たちを探してください。わたしたちは全員で華月のサポートをします。
異論はないですね?」
全員が頷いたことを確認すると、ヘルは口だけに笑みを浮かべた。
「フィルが言ったように、人間たちの安全確保が済んだら、妖魔討伐班と人間たちの脱出班に別れましょう。別れ方はその時に決める、ということで。
あ、行く時は任せてください。場所は把握済みですから、転移で一瞬ですよ」
「やるなヘル。じゃあ早速行こうぜ」
親指で外を指して促すが、フィルに待ったをかけられる。
首を傾げる俺に爽やか笑顔を浮かべてみせ、
「焦る気持ちはわかるけど、今すぐ向かうのはやめてほしいな。
華月は大丈夫かもしれないけど、アサギたちはここに来るまでの五日ほど、ずっと走りっぱなしで疲れてるんだ。少しは休ませてあげないとね」
「あ、そうか。悪い、自分のことしか考えてなかった」
俺は即座に謝った。
アサギは気にしないでください、と言ってくれたが――ちゃんと仲間のことも考えないとな。気を付けるようにしよう。
因みに日付の計算が合ってないのは気にしないことにした。聞いてもわからんかった。
「それに、三人は性別を変えているから経過観察もしたいし、戦闘に支障がないか検査もしないと……
とにかく一晩休んでもらって、明日、一人ずつ動作確認しよう。出発するのはそれからかな」
「……と、いうことは……」
俺は視線を真下まで落とし、ずいぶんと変わった自分の体を見る。
これで生活すんのか……