逃げ出せナイ
ちょっと執筆に時間を開けてしまったので、ちぐはぐですよろしかったらご意見ご感想お願いします
気がつくと、私は此処に居た。
左腕に嵌められた、時計、
決して高価なものではないが、就職祝いにと父親が寄越してくれた宝物だ。
電池をきらせた事もなく、中々頑丈に私へと、正確な時刻を告げてくれる。長年連れ添った無二の相方である。
時刻は1時16分を差し掛かっている。
現在進行で、時を刻むので、およそ1時20分と記すべきであろうか?
しかしながら、残念な事に私には今が昼なのか夜なのか知る術はない。
此処は、窓が存在せず、剥き出しの電球だけが白々しい程、眩しく映し出している。
壁紙は幼い頃に見た夕日を思わせる美しい朱色に染め上げられ 天井は濃紺に床は藍色に染まっている。グラデーションが幾重にも重ねられているのか、油絵のごとく、所々に痂を作っては、剥がれ落ちた痕跡が見て取れた。
歩数にすれば縦19歩、横12歩それが、私の置かれているスペースだった。
窓もなく、扉もない箱の様な空間に私は何処から入り込み、若しくは押し込められたのだろう。
理解に苦しんだ末に、試しに深い海の色をした床を、一ミリも逃す事なく、突破口を探して見たものの鼠一匹、幽霊であろうとも侵入は困難だろう。
私は密室にその身を置いている
確かに私は朝6時30分に、
耳障りな携帯電話のアラーム昨日で起床し、洗面所で身支度を整えた。アメリカン珈琲にトーストを2枚。
ベーコンエッグとサラダを食し
ノリづけられた仕上がりの良いワイシャツとスーツ
磨き上げた革靴を穿き。
妻と、娘に見送られ電車で、37分先の会社に向かっていた筈だ。
これは、確かな事実だし、
今の状況も確かな事実だろう。
しかし、今の私には通勤バッグも財布も携帯電話も所持品は見当たらない
夢でも見ている様な気分だが、情けない程に、全身が空腹を訴えている。
私は空腹な夢等見た事はない。この32年間一度足りとも。
リアリティは欠いているが、
現実の様だ。
長い思惑を溜息一つで打ち消す。
何の不自由も無く暮らして来た。私は大学の卒業と共に、大手印刷会社に身を置き。今に至る。
妻の冴子とは27歳の夏に、籍を入れた。元々大学のサークルで出会いとんとん拍子に結婚へと結び。翌年の春には待望の代一子、香苗が生まれたのである。順中満帆そんな四字熟語が私の過去それから、今後を表していたであろう。
何故自分が
どうして
時が刻まれる度に彼は、不安と
不満を募らせていく。
香苗は元気だろうか
冴子は心配していないだろうか
疑問は不安へと姿を変えて
次第に私の心を病ませていく。
しかし、何の悪戯であろうか、
悪戯だったら、タチが悪すぎる。
犯人が出て来たら右の拳が犯人の体を打つだろう。ピストルだろうが、刃物だろうが恐れはしない。
温かな空の写り代わりを思わせる鮮やかなグラデーションの
色合いも、今は無機質で遠い存在に見える。
備え付けに、冷蔵庫と蛇口
ユニットバスも備わっているが
外界への通路はどこにも、無かった。
ユニットバスの換気扇の向こうは、橙に塗装されたコンクリートが直ぐ、そこに存在し
ただ、四角い部屋を強調している。嘲笑うかの様に換気扇は静かに羽音を起てていた。
不愉快だ。不愉快である。
本当ならば、私は今頃時計の時刻は6時を指している。
朝なのか夕なのかは、解らないが本来であれ、どっちにしろば最愛の家族と同じ空間にいたのだ。
気が狂わんばかりの、現状も
胸を締め付ける、ばかりの家族への深い愛情で彼はギリギリの理性を繋ぎ合わせている。
現状に屈服してしまえば、その
ネクタイで輪を作り首にかけて
自殺を遂げているだろう。
脆く細い理性であるが、針金の様に固く、そして柔軟であった。それは、私の長所でもあり短所でもある。
備え付けの冷蔵庫には粗末な食事が押し込められていた。
私は貪る様に手に取ると椅子にも座らずに、冷蔵庫の前を食卓の場にした。毒や衛生面を気にする事なく手づかみで口に押し込む。3歳になった当時の香苗を冴子が叱り付けていた思い出が脳裏に浮かんでは弾け。
私は涙や鼻水を垂らしながら、
食料を口へ喉へ胃へと詰め込む。
どうやら思った以上に空腹であり、感じていた以上に長く此処に綴じ込められていた様だ。
明日からの食事や体型等を気に留める事なく食事を済ませた。
私は満たした腹と精神疲労から
いつの間にか眠りについていた。
ありきたりな、平凡な夢であった。妻と娘と休日に出かける楽しい思い出ではなく、ただ平凡に、朝起床し朝食をとり会社に
向かう、職場で仕事をこなし
朝来た道を夜に逆流し家に帰る。
夕方に家族で食卓を囲む、変哲の無い当たり前の日常だ。
目覚めたときに時計は2時13分を指していた。勿論昼夜どちらかは、解らない
軋んだ体を左右に捻ると
私は決心をした
皿の破片で、冷蔵庫で、グラスで
ありとあらゆる壁に衝撃を与える。
指で爪で掘り進む。
靴も骨も筋肉も、全てが外を望んでいる。
狂った様に
冴子と香苗の名を呼び続ける。
香苗、香苗香苗
冴子冴子冴子冴子冴子冴子
時計も既に壁を壊す道具に代わり、本来の役目は担えていない。
私は長い間壁に、四角い空間と
対立していた。
汗が首筋から背中に流れ
ワイシャツが吸い取っていく。
ズボンも靴下も熱を吸い取って、気持ちが悪い。
せわしない呼吸が病むと私の肺は呼吸を停止させた。
最後に視界に移り混んだのは
見覚えのある人物の無機質な瞳だった。
「もう、死んでいるな君の旦那は」
拝読頂きありがとうございます。