第二話
5月1日
夢を見ていた。
公園を走り回っている夢を。
見憶えのある光景。
自分と二人の少女。
いつの日か、一人減り……。そして自分も去った。
子供は無邪気でそれはとても残酷だ。
「さようなら」も言わずに消えた俺を……美津は許してくれたのだろうか?
そして。
「さようなら」を言わずに去ったもう一人を俺は許したのだろうか?
記憶はあやふやで。
本当に自分が居たと思えないほど昔の夢。
謝らなくちゃいけないな。
何も言わずにこの地を去ってしまった事を。
美津に。
「はぁ、朝か。」
変な夢を見たせいでよく眠れなかった。
ホテルを出て橋に向かう。朝食はコンビニでパンを二つ買った。遠くに橋が見えてくる。流石に今日は迷わなかった。
橋を渡り終えそうになった時。
道の端っこに少女が倒れて居た。駆け寄ってみる。しかし反応は無かった。
「おーい。」
しかし少女は虚空を見つめたまま、一向に光を灯さない。
「置いて行く……訳には行かないよな。」
ここは学園関係者しか使わない橋だ。放っておいたら気づかれなくて死んでしまうかもしれない。
少女を少し持ち上げて見たがピクリともしなかった。
「少し…温かい。大丈夫だよな。」
そっとおぶって歩き出した。
「ん?」
後ろから誰かがつけて来ているみたいだ。
「あのー、どちら様でしょうか?」
気配は消えてしまった。いなくなったか気配を消したのか分からないが、今は少女を運ぶのが先だろう。
さて、新校舎まで来たが保健室が何処にあるのかわからない。
「む、どうしたのだ? 柚鶴。」
「あぁ、縁。保健室は何処にある?」
「お前はロリコンだったのか。」
「どういうことだ?」
「幼女を連れて保健室の場所を聞くというのはどうみてもロリコンだろう? みなまで言わせるなよ。」
「違うぞ、登校中に倒れていただけだ!」
「本当か?」
「嘘をついてどうする。」
「はぁ……。旧校舎の二階最奥だ。ついて来い。」
「悪いな。」
「よし、ここだ。あんまりこの部屋には入りたくないから俺はここで去らせてもらう。」
男には見えない程の長さの髪を靡かせて戻って行った。
「さて、入るか。」
「あら、どうしたの?ベッドは貸さないけど。」
「いや、そうじゃなくて朝登校して来たら橋の上で倒れていたんですよ。」
「ん? 橋の上で倒れてた?」
「はい。端っこの方で。」
「本当?洗いざらい話しちゃった方が楽じゃない?」
「本当ですから! 変な疑いをかけないでください。」
「仕方ないわね。そういう事にしておいて、放課後まで面倒見ておくから授業に戻りなさい。」
「分かりました。」
恐らく先生は冗談を言っているんだろう。そうだと願いたい。
昼休み
「ふぅ、終わった。」
「終わったねぇ。」
「お前らクラスに馴染むの早いな。」
急遽クラス替えが行われたというのに級友達に早くも馴染んでしまっていた。
「まぁ、俺は顔が広いし、夕暮も人見知りしないで話しかける性格だからな。で、今朝の少女はどうしたんだ?」
「今朝の少女って何さ!」
「朝、橋の上で倒れていたんだよ。それを保健室まで運んだって話。」
「よし、じゃあ保健室までいっくよー!」
「おい。」
「気になりますね。」
「おぉ、村里が口を開くのは珍しいな。」
「って美津、もうドアの所で手招きしてるし。」
「行こう。」
村里さん、結構喋ってる気がするけど珍しい事なんだろうか? 仕方ない。みんな行ってしまったし追いかけ無いと。
「あら、みんな揃ってどうしたの?」
「水上が連れて来た少女の様子を。」
「あぁそれなら、自称水上君のメイドが面倒を見てるけど……。水上君、何者なの?」
ガラッ
ベッドの周りのカーテンが開いたかと思うとメイド服の少女が現れた。
「はじめまして。柚鶴様の使用人を務めさせてもらっております、白崎菊理と申します。」
「ゆっちゃん、使用人とかいるってどこのお坊っちゃま!?」
「いや、誰だか知らないんだけど。」
見たことない人だ。
「それは初対面ですから。ずっと監視はしておりましたけど。」
「ふむ、柚鶴は知らないのにメイドがいると。」
ふむ、そうなると可能性は一つになるのかな。
「御桜家経由の人ですか?」
「おっしゃる通りです。」
「え、御桜家って何さ?」
「八名家の一つで序列3位の家柄だな。総資産はどっかの国の国家予算並みらしい。」
縁が概要を説明した。
「八名家がなんなのか分からないし、どっかの国ってそれがわからなきゃイメージ出来ないよ。」
「八名家っていうのは……うむ、どう説明すればいいのか。」
「そうだね、家別の長者番付みたいなものかな。そういえば結城ヶ原家も序列8位で食い込んでいたよね。」
「で、その凄い家とゆっちゃんは何の関係があるの?」
「御桜家当主、御桜荘司様は柚鶴様の後見人ですので。」
「……後見人って両親は?」
これまで黙っていた楠葉が口を開く。そしてそれは核心を突く言葉だった。
「両親は……随分と前に亡くなったよ。」
「柚鶴様は幼き頃から類稀なる数奇な運命をたどっておられますので。」
「余計な事を聞いてしまったみたいですいません。」
申し訳なさそうに楠葉が言う。
「大丈夫。気にしてない……というのも嘘になるのか。忘れてる訳じゃないしね。」
「まぁ、その話題は長引かせない方がいいだろうな。というか少女を見に来たんではなかったか?」
「あーそうだったね。」
美津は完全に忘れていたようだ。
「うーん、でも会わない方がいいかな。」
唐突に保健室の先生が口を開く。
「……どうしてですか?」
「検査はしてないから原因は分からないけどあの子、逆行性健忘よ。」
「ぎゃっこーせーけんぼー?」
美津はなんの事だか分からないようだ。という俺も分からない。
「俗に言う記憶喪失ね。」
楠葉が一般人に分かるように通訳してくれた。
と、そこで鐘の音がなる。昼休みが終わった。
「すいません、先生。授業なんでもどります。」
「放課後になったらまたいらっしゃい。特に水上君には今後の事もあるから。」
「言われなくても」
少女を見つけたのは俺だからこれからも面倒を見る事になるのか。まぁ、それはいいんだけど。記憶を喪失した人間には初めて会ったな。どう接したらいいのか分からないがそこらへんは放課後に説明があるだろう。
「柚鶴様、私もここにいますので安心して勉学に励んでください。」
こっちの方の課題も山済みだった。あー、寮は一人部屋だったよな……。
結局午後の授業はあんまり頭に入らなかった。後で誰かにノート見せてもらわないと。