014 The Emperor
はじまりの街から西方に位置するNPCの帝国〈ソレイア〉。
恐怖で人民を支配する邪悪な皇帝は、HAYATEの予想通り、二段階の変身を備えていた。
最初の人間形態を仕留めたところで、「我は滅びぬ。世界樹から簒奪した、この神の欠片により――」と、いかにもボスキャラらしい壮大な演出が始まった。残念ながら、攻略者パーティーにはピンと来ないままの台詞が終わると、第二の巨人形態に移行した。
二時間ぐらいだろうか?
第二形態と戦い続けて、ようやく撃破する。
「なあ、ハヤテ君。云っていいかな?」
「なんですか、トリの姐さん」
HAYATEとCAGED-BIRDは前線役として、並び立って武器を構えながら、気まずく横目で見合っていた。
「これ、フラグ立ってなくない?」
「奇遇ですね。僕も、まったく同じことを考えていました」
「ボス攻略のイベントかアイテムか、絶対に足りてないよな?」
「ゴリ押しの我慢大会で、ここまで来たけれど……」
巨人となった皇帝が、地響きと共に崩れ落ちる。
決戦の舞台となっているのは、帝国の中枢であるソレイア城の最上階テラス。攻略者パーティーの四人は広々としたテラスに位置取っていた。
第二形態の巨人皇帝は、ソレイア城の周囲を自在に闊歩しながら、大迫力の攻撃を繰り出して来たが、接近のタイミングに合わせてコツコツとカウンターを繰り返すことで、どうにかライフを削り切っていた。
そして、第三形態への移行が始まる。
セオリー通りならば、最終形態だろう。
巨人の山のような体躯がドロドロと溶け落ちながら、「ば、馬鹿な……。神の力に、我が肉体は耐えられぬと云うのか。なぜだ、聞いていた話と違うではないか。謀ったな、あの女め! い、いったい何をすり替えた、グ、グオオ――!」と、なんだか色々と伏線を混ぜ込んだような断末魔。
HAYATEは、徐々に申しわけない気持ちになっていた。
本来楽しむべきシナリオを、ここまで全スキップしたようなもの? なにひとつ理解できないまま、特に因縁があるわけでもなく、恨みや憎しみもない皇帝は死んだ。最期は何かに乗っ取られたようだが、その『何か』もチンプンカンプンである。
皇帝の肉体が爆ぜて、その内側から濃密な闇が広がっていく。
HAYATEは、回復用のポーションを飲んで一息付きながら、雨でも降り出しそうな具合に、もやもやと集まっていく異形の闇を見上げる。
「まだまだ、長くなりそうだな」
HAYATEはウンザリしながら肩を落とし、CAGED-BIRDは後衛の二人を振り返りながら叫んだ。
「おーい。全員、トイレは大丈夫か?」
「はい」
「他にもっと、心配すべきことがあるのでは?」
ALICEの素朴な疑問には、威勢良く叫び声が返された。
「生理現象も、睡眠欲も食欲も、何でも後回しにできるのが凄いプレイヤーってのは、賛成できないからな。リアルの身体は大事にしながら、ゲームは遊ぶもんだぜ」
「ご立派、トリの姐さん」
軽口を叩き合っているが、実際のところ、四人の戦意はまったく衰えていない。
「むしろ、問題として考えるべきは……」
ALICEが独り言のように、つぶやく。
「この『皇帝』というボスモンスター、どう考えても、ただのボスではなく、シナリオの重要なポジションに置かれたボスです。果たして、このまま倒してしまって良いのでしょうか?」
「いや、そりゃ良いだろ。こっちはズルしたわけじゃないからな。ノリと勢いで倒されるヤツの方が悪いんだ。それがダメなら、しっかりフラグ管理しろって」
CAGED-BIRDは、げらげら笑いながら云い捨てた。
HAYATEも同意する。
「まあ、ここまで来たからには、後には引けない」
「はい」
攻略者パーティーの意見は一致して、正々堂々、真の最終決戦が幕明けようとしていた。
まさに、クライマックス。
傍目にこの瞬間を目撃したならば、このラストバトルに至るまでの感動の物語を想像したかも知れない。
このβテストでNPCが確認されたのは、西方を支配するソレイア帝国の発見によるものだ。先陣を切っていた先導者プレイヤーから、その第一報が入ったのは、今から、わずか十二時間前のことであり——。
要は、奇跡が起きた。
クロスワードパズルを一問もクイズを解くことなく云い当てるかのように、本来ならば山あり谷ありの道をトントン拍子でやって来てしまい、よくわからないまま、攻略者パーティーはうっかり最終決戦のようなものに挑んでいる。
たぶん、正規のルートならば、年単位の時間をかけて、シナリオに沿って攻略するようなボスモンスターだろう。HAYATEはトッププレイヤーとしての経験から察しつつも、第三形態、気合が入ったビジュアルのラスボスに両手を合わせる。
「殺るのは殺るとして、この後どうなるんだろう?」
結論から先に云えば、どうにもならなかった。
国際仮想統一機関は、トッププレイヤーの『想定外』、あるいは『想定以上』の行動により、βテストの期間中、これから何度も泣かされることになるのだけど、これはまさに最初の大事件だった。
この日の攻略者パーティーは、本来ならば倒せるはずのないシナリオボス『皇帝』を、普通に倒してしまった。
プレイヤー側からすれば、偉業の達成。
国際仮想統一機関としては、βテストのメインクエスト関連のシナリオ群、宝石のように磨き上げて準備したあれこれは一年間分を想定したものだったが、それらがすべて無に帰した悪夢の一日となった。




