天空の夕焼け
* * *
「わあ! ディオーネの町並みをこうやって上から見るのって初めて! ディオーネってガイアと違って背の高い建物が多いよね。まるで白い木々の間を飛んでいるみたい」
あの後、無事に手続きを終えてギルドを後にした俺たちは町の上をのんびりと飛んでいた。コクピットの中からその光景を見ているリリアが歓喜の声を上げる。
ディオーネの建物は白を基調とした高層ビルが多い。リリアの例えはその光景にぴったりハマる表現だといえた。
「ディオーネは土地が限られているからな。地上のガイアとは違いディオーネは浮遊島だから地震の心配がない。だからこうやって空間を有効に使って生活しているのさ」
「ふうん。よく考えられているのね。ねえねえ、これからどこに向かうの?」
「今はひとまず家に向かっている。こんな町中じゃあドラグノイドだけでも目立つってのに、その上、女の子まで連れてたら注目されまくっちまう」
「よし、出よう」
なに!?
リリアの声と共にハッチ開放の音がした。
ビックリして俺は慌てて閉じる。
「な! 何考えてんだおまえ! 今の話聞いてなかったのか!?」
「勿論、聞いてたわ。でも、そう言われちゃ出たくなっちゃうじゃない。あたしを止めようなんて無理よ」
っと、再びハッチを開けようとする。当然、俺はすかさず閉めた。
「こんの……。ハル! ハッチが開かないようにロックしろ! もう一生出られないようにしてやる!」
「ええーー!? やだ、ほんとに開かない!? ちょっとーー出してよーー!」
「はははは! そのまま吠えているがいいわ!」
「あら、ヴァンったらハルと喧嘩? 珍しいわねえ」
見ると、建物のベランダから洗濯物を干していた親戚のお婆ちゃんがこっちを珍しそうに見ていた。
「あ、あはは、そうなんですよ。こいつがあまりに的外れなこと言うもんで」
「ヴァン。それは聞き捨てなりませんね。いつも的外れなことをして窮地に自ら立とうとするあなたを補助するこの私をそのように言うとは。これは今後の対応を考えさせてもらわなければ」
だああああもう! 話をややこしくさせるな! 本当に機械かよ!
「じゃ、じゃあ急いでますんで!」
その場に耐え切れなくなった俺は粒子の帯を引きながら全速力で飛び去った。
ディオーネ全土が見渡せる程の上空まで勢いで昇ってしまい、俺はあわてて出力を落とした。
コクピットからは快活な笑い声が響いている。
「あはは。ヴァンったら動揺しすぎよ。いきなり飛ばすからビックリしちゃったわ」
「誰のせいだ誰の……ったく。にしても、かなり上まで来ちまったな……。つい動揺して出力最大で逃げちまったからなあ……。ありゃ、お婆ちゃんが干してた洗濯物も加速時の風圧で吹っ飛んだだろうなあ」
その光景を思い浮かべると、本当に申し訳なくなってくる。後で謝りに行こう。
「ねえヴァン。外に出てもいい?」
「ん? ああ、ここなら大丈夫だものな。いいぜ。出てきなよ」
了承の言葉を合図に、ハッチが開放される。
すると中からリリアが身を起こした。風でなびいた髪を手で押さえながら、眼下に広がる景色を見渡すと、その表情に妖精のような笑顔が溢れた。
「わあ、なんて綺麗なの……こんな綺麗な夕焼け見たこと無いわ。まるで、アース全体がオレンジ色の宝石のよう!」
リリアと同じ景色を、俺も見渡す。
眼下に広がるアースの大地に流れる川は夕日の反射で眩い煌めきを放ち、川に沿って広がる草木は風を受けその輝きを緩やかに変化させていく。
今は遠くの、リリアを助けた氷の山脈も夕日を浴びて光り輝いていた。
真下に広がる白を基調としていた高層ビルも綺麗なオレンジ色に染まり佇んでいる。
それはまるで、鉱石からオレンジ色のクリスタルが幾重にも生えているかのように綺麗だった。
ふと、リリアの横顔を見る。
夕日に照らされ微笑むリリアは、いつものおてんばな少女ではなく、俺は純粋に、思った。
――綺麗だ。
そのクリッとした瞳が俺のほうを見たのは、そんなことを思っていた時だった。
考えていたことが考えていたことだけに、思わず鼓動が速くなってしまう。
「なに? あたしの顔になにか付いてる?」
「ああ、いや! なんでもないさ。気にするな!」
「え~~? 何だかあやしいな。あ! さては、あたしに見惚れてたな!?」
「そ、そんなんじゃないって!」
顔が――熱い。
夕日に照らされていなかったらきっとすぐにばれていただろう。
そんな俺に、リリアが更に身を乗り出す。
「またまた~~。正直に言ってごらん? ほれほれ」
さっきと打って変って、リリアの顔には意地悪い笑顔が浮かんでいた。
……訂正。やはりおてんばな少女だ。
人さまのほっぺをツンツンするんじゃねえよ。
まったく、実に楽しそうな笑顔を浮かべやがって。
「おしゃべりはそれくらいにしろよ。家はもうすぐそこなんだ。すぐに降下するからな」
「え!? ちょっと待って。今コクピットに……きゃあああああ!」
構わずに俺は機体の角度を下向きに倒した。
まだ外にいる状態のリリアが悲鳴をあげるなか、ドラグノイドは夕焼けの空をどんどん降下していった。