空中都市
ディオーネ――空に浮かぶ巨大な浮遊島の上に造られた空中都市。
技術面でガイアより優れており、特にアース・クリスエタルのエネルギーを様々な用途に転換する技術はガイアの追随を許さない。
しかし空中に浮いているために資源に乏しく、技術支援をガイアにする代わりにガイアから資源供給をしてもらっている。
両国は持ちつ持たれつで助け合っているというわけだ。
ディオーネに近付くと、ギルドが見えてきた。
2階建ての白い建物の手前側には広い駐機場があり、その横からは外界と出入りするための長い滑走路が空に向け突き出ている。
しかしドラグノイドはその場で滞空することができ、滑走路を使う必要がないのでそのまま駐機場へと向かった。
駐機場には他にもガンシップや飛空艇、大小様々な船が停泊している。
俺はリリアが見つからないようにと、人目の少ない端の空きスペースにドラグノイドを着陸させた。
「よっと」
地に降り立つと、これからどうするかをリリアに説明しておくためにコクピットハッチを少しだけ開けた。
「それじゃあ、これからギルドの受付に行って、依頼完了の報告や諸々の手続きしてくるから、そこで大人しくしていること! 絶対に声を出すんじゃないぞ。それが済んで町に入ったら外に出してやるからさ」
「了解。任せて! あたし、かくれんぼとかすっごく得意なんだから」
自信たっぷりな返事が返ってきた。それもどや顔で。
「はは、そりゃ安心だ。でも念のためだ。これを持っていてくれ」
手を差し出す。リリアはそれを受け取ると、「これは?」と言いこちらを見た。
「それは小型通信機だ。停泊中は動力を落とさないといけないからドラグノイドでの通信が出来なくなる。まあないと思うけど、万が一俺が離れている間になにかあったら通信機ですぐに教えてくれ。すぐに駆けつけるからな」
「わかったわ。そのときはよろしくね」
「おう。じゃあ行ってくるぜ」
「うん」
コクピットハッチを再び閉め動力を切った。
そして受付に向かい歩き出したところで、不意に後ろから背中をバン!っと叩かれた。
「うわあ!?」
前のめりに倒れそうになる姿勢を踏ん張ると、振り向き相手を見た。
すると少し背の小さい少年がこちらを見上げていた。
「な、なんだサム。脅かすなよ!」
サムと呼ばれた少年は「にっしっし」と八重歯を覗かせて笑った。
「よお! ヴァン! お疲れ。今戻ってきたのか? 随分と遅く……って、どうしたんだこの機体の傷は! モンスターに襲われたってのは聞いたが、そんなに強いやつだったのか!?」
機体に寄っていきながらそう言うサムは同じギルド仲間だ。歳は俺の1つ下の16歳で、少し大きめのパイロットスーツを着込んでいるために足の裾がダボダボになっている。
「あ、ああ、休憩しようと降りたら翼竜の巣が近くだったみたいでさ、どうやら刺激してしまったようなんだ。あわてて飛び立って山脈の洞窟に逃げ込んだんだけど、あいつらしつこくてさ。必死に逃げたらあちこちブツケてしまった。おかげでこの有り様さ」
「まじで!? ははは、そりゃ災難だったな。けど、あの洞窟に逃げ込むなんて勇気あるなあ。ところで、さっきハッチを開けて何か話したりコクピットに何か入れたりしてたみたいだけど……」
そのセリフを聞いた途端、一気に血の気が引いていくのが分かった。
まさか、さっきのやり取りを見られていた!?
「な、なにもしてないって……ちょっとハルと話してたり、荷物の整理をしていただけだ」
出来るだけ平常心を装うようにして言葉を紡いだものの、その声は若干震えていたのが分かった。
「なあんか怪しいなあ。ヴァン、俺に隠し事してないか?」
そんな俺の心中を読んでか、疑いの目で俺を見るサム。
ま、まずい……非常にまずいぞこの状況……。
「そうか! 依頼の他に何か収穫があったんだな!? 何を手に入れたのさあ!?」
……。サム。きみがバカで助かったよ。
俺は緊張で上がっていた息を整えてから、
「ああ、実はそうなんだ。よくわかったな?」
俺の反応に満足したのか、サムはその「にっしっし」と独特の笑いをした。
「それで? 何を手に入れたのさあ? 教えてくれよ」
馴れ馴れしく肘を肩に置くサムだったが、背が小さいから置かれた肘も当然上向きだ。
声には出さないが、ちょっとカッコ悪い光景と言えた。
「残念だけど、今は見せられないな」
「何だよ、勿体ぶってんな~~。教えてくれてもいいだろ?」
「また今度な。今日はもう疲れたから、とっとと手続き済まして家に帰るわ」
「ふうん……。そうか、じゃあまたな」
そう言うと、サムは自分のガンシップに戻って行った。随分と引きが潔いのが気にかかった。
通常、ギルドハンターはサムと同じようにガンシップを使って依頼をこなしているのが殆どだ。
他には大きな積み荷運搬や長距離航行を必要とする依頼を主とし、複数名でやりくりしている飛空挺や、身軽なメーヴェもある。
メーヴェは一人しか乗れない上に航行距離も短いものの、そのコンパクトな凧ならではの軽快なフットワークで町中へも簡単に入っていける。今すぐ本人に届けたい品などの依頼をこなすのに優れているのだ。
皆、それぞれの仕事に向いた専用機を使っている。ドラグノイドを使っているのは俺くらいのものだった。
サムが去っていった後、俺は受付に向かい手続きを進めていた。
そしてもうすぐ終わりだというところ、通信機からリリアのい声が響いた。
「――ヴァン。ハッチが開けられそうなの。早く戻ってきて!」
「なんだって!?」
突然入った通信、そしてリリアの焦った声に戦慄が背中を駆け抜ける。
ないだろうと思っていたことが起ころうとしている!? バレたらリリアは密入国容疑で捕らえられてしまう! その後どうなるか――。
「くそっ!」
書類を放り投げ、リリアの元へ駆け出す。
「こんなことなら、近くに停めとくんだった!!」
ギルドから出て停泊場の隅へとを急いで駆ける。
すると、遠くでサムがドラグノイドのハッチを強制解放しようとしているのが見えた。止めた場所まではまだ距離があるために身を呈してサムを止めることが出来ない。
ヴァンは周りを顧みず大声で叫んでいた。
「なにやってんだサム! やめろ! 開けるんじゃない!」
「え?」
ヴァンが大声で発した言葉は、しかし、言い終わる前にハッチは強制解放されてしまった。ハッチがせり上がり、コクピットが露わになる。
その瞬間、ヴァンの足は固まってしまった。
「……ヴァン。これはどういうことだ?」
リリアが見つかってしまった……もうお終いだ。
「さっき勿体ぶってたから、すっごいお宝がこの中にあるんだろうなって思ったら、何も無いじゃんか。さては、見栄を張ったな?」
「……え?」
近くに寄ると、確かにリリアの姿は無く、コクピットはもぬけの殻だった。
「だけど、見栄を張ってるのがバレるからってそこまで取り乱すこと無いだろ? 興味本位で勝手に開けたのは謝るけど、正直ビックリしちゃったよ。まるで、この中に密入国者を匿っているかのように大声あげるんだもの」
ぎくっ!
「ん? どうしたんだヴァン。顔色悪いぞ?」
内心の動揺を悟られないよう装って、
「そ、そうさ。見栄を張ったんだよ。悪いか。それよりもサム、今度勝手に同じようなことやってみろ。その瞬間におまえのガンシップが真っ二つだからな」
腰のガンブレードに手をやり、サムを睨みつけた。
「わ、分かったよ! もうしない。僕が悪かったよ。……だ、だからそれだけは許して! 今度食事奢るからさ~~!」
サムはそう懇願し、あわててハッチを手でバタンと閉めると今度こそ去っていった。
「まったく……。それにしても、リリアはどこに行ったんだ?」
「ふふ、あたしならこっちよ」
さっきとはうって変わり、通信機から楽しげな声が耳をくすぐる。
そして俺がいる方とは反対側に停泊していたガンシップの操縦席から小柄な少女が顔を出した。
周りを気にしてるのだろう。目だけを覗かせている。
「リ、リリア? なんで、いつのまにそんなところに隠れたんだ?」
俺はガンシップの方に回り込み、訪ねた。
サムがドラグノイドに近づいてきたときに出たのか?
……いや、ハッチは手動で開けるには結構重たいのだ。開けるのはそれなりに時間がかかる。気付いてから出るなんて余裕は無かったはずだ。
だとしたら、俺が去ってからすぐにコクピットから出たことになるのではないか?
でも、どうして……。
「あのね、ヴァンが手続きから戻ってきたら驚かせようと思って、コクピットから出てこのガンシップに隠れたの。そしたらさっきの人がこそこそと近づいて来て……。それで通信したの。すぐ後ろを向かれたらあたしも見つかっちゃうし、すっごくハラハラしたわ」
でしょうね。今あなたの目はとびっきり輝いてるよ。ルンルンだよ。
そして、その輝きが一層増した。
「でも、ヴァンがあんなに必死になって止めに来るなんて思ってなかったわ。そんなにあたしのことが心配だったの?」
「げふんっ! げふんっ!」
むせた。
「あ、当たり前じゃないか! 俺はボディーガードだぜ? クライアントを守るため、その、いつでも気にかけてだなあ」
なんだこれ? なに必死に説明してんの俺?
てかリリアもニタニタしながらこっち見てるし……目がもうルンルンじゃないよ。キラキラしてるよ。そんな楽しそうな目で見ないでくれ。
「と、とにかく、見つからなくて良かった。さあ、ひとまずこっちで大人しくしててくれ」
俺は出来るだけ平静を装って(ここ来てから装ってばっかだな俺)そう言い、ドラグノイドのコクピットに戻るよう促した。
「さっきの人は、もういない?」
「ああ、もう大丈夫だ。こっちの手続きももうすぐ終わるから、もうちょっとだけ我慢しててくれ」
「しょうがない、我慢してあげるわ」
そう言うとリリアはガンシップから出て、ドラグノイドのコクピットに潜り込んだ。
「早く戻ってきてよ?」
「ああ、了解。すぐ戻ってくるさ」
その言葉を聞いて安心したのか、リリアは笑顔で頷いたのだった。