草原の休息
* * *
バシャ!
冷たい川の水に顔を突っ込み、頭をすっきりさせてから水を口に含んで乾いた喉に流し込む。
「んぐ……んぐ……ぷはあ! 冷たくてうまい! 生き返るぜ」
あの後、しばらく間を置いてから洞窟を出て、ガイアのガンシップがあった草原とは反対方向に飛び、十分離れたところで川沿いに降りて俺たちは休息を取っていた。
ライデンとの戦闘で消耗した体力を回復させたかった。それに、リリアに色々聞いて頭の整理をしておきたかった……のだが、現在リリアは川のほとりの木陰に腰を下ろしてグロッキー状態になっている。
どうやら、洞窟でのドッグファイトが相当キツかったらしい。ハッチを開けたときは顔が真っ青になっていてビックリしたものだ。
木の実をくり抜いて作ったコップに水を汲み、リリアの下に戻ってそれをリリアに差し出す。
「大丈夫か? ほら、川から汲んできた水だ」
「うう~ん……ありがとう」
元気の無い声を出しながらコップを受け取り、水を飲むリリア。
声はまだ元気が無いが最初に比べたら大分回復してきたみたいだった。その表情は少し明るさを取り戻している。
それを確認するとヴァンはその隣に寝転び、気になっていることを口にした。
「あのライデンってやつ、もの凄く強かった。その気になれば俺なんか簡単に倒されてしまいかねないほどに……。なあリリア、あの竜騎士は何者だ?」
受け取ったコップに入っていた水を飲み終えて唇から離すと、リリアは語り始めた。
「ライデンはね、鋼竜騎士団のナンバー・ワン。現ガイア最強の竜騎士よ」
「ナンバー・ワン!?」
「ええ。その戦闘能力の高さを見込まれて、若くして団長にまで上りつめた実力者。最大の特徴はヴァンが一番分かってると思うけど、彼専用に造られた武器よ。攻防共に強力だけど、あの大きさだからかなり重たいらしいわ。でも彼はそれを軽々と操ることが出来る。まさに豪腕の持ち主ね」
「そ、そんな凄いやつだったのか……そりゃ強くて当たり前だな。そんなんに追われてたなんて、あの時あいつの仲間が戻ってきてなかったらどうなっていたか」
脳内でその後の展開をシュミレーションしてみる。結果は……まぁ、口にするまでもないな。
「剛腕の持ち主ねえ」
確かに、ガンブレードは刃をエネルギーで形成するから他のに比べて軽いとはいえ、それでもあの武器はかなり重たいハズだ。盾もまた然り。それらを軽々と振り回し、更にはあの威力なのだ。それはまさに剛腕と呼ぶに相応しい。
「でも、そんな人と渡り合って無事で済んだんだもの。ヴァン、これって凄いことよっ!」
説明しているうちに熱が入ったのか、最後はコップを握る手に力を込めて力説。俺の方を向いて目をキラキラさせていた。
……回復早いよ。さっきまでのしおらしさはどこにいった?
「手合わせって言ってたから手を抜いていたんだろうさ。実際、こっちはほとんど防戦一方だった。遊ばれていたんだ」
「そうかもしれない。でもね、あの経験はヴァンにとってきっと無意味じゃないわ」
「無意味じゃない……か」
確かに、そうだと思う。外の世界にはあんなに強いやつがいて、俺などまだまだ未熟者だという事実を、この身をもって知ったんだ……。
そんな俺の考え事などよそに、リリアは目をつむって上を向いていた。
木漏れ日を浴び、草原を撫でる心地よい風がリリアの髪をなびかせる。
「なあ、リリア」
「ん? なに?」
「俺、もっと強くなる。ライデンと剣を交えて、俺なんかまだまだだって分かったんだ。だから、もっと強くなる。なってみせる」
「そう。ふふっ……大丈夫、ヴァンならすぐに強くなれるわっ!」
優しい笑顔を向け、元気な声でリリアは言う。
なんの根拠も無い言葉だが、リリアに言われると本当に出来そうな気がした。
「ふう、気分も大分回復してきたわ。じゃあそろそろ――」
そう言いながらリリアはおもむろに立ち上がる。
すると、突然の風がワンピースの裾を持ちあげ、リリアのしなやかな肢体が眼に入った。
――!
ババッ!っと裾を押さえて困惑した表情で俺を見る。
「み、見た?」
顔から湯気が出そうなほどに蒸気させ、口をへの字に結んだリリアは困ったような顔でこちらを睨む。
「な、なにをでしょうか!?」
「とぼけるなああ! 見たのね!? 見たんでしょ!」
「いや何も見てないし、肝心なところは何も……あ」
「ちゃっかり見てんじゃないの!」
ゲス!
蹴飛ばされた。
てか靴の先が尖ってるからめちゃくちゃ痛い!
その痛みで地面をのたうち回るという洗礼を受ける羽目になった。
うう……これが等価交換というやつか。
「まったく……。レディの下着を見ようなんて、やっぱり男は獣だわ」
レディが男を蹴り飛ばすなんてことするか!
「いやいや待てよ! おまえが急に立ち上がるからだろ!? 不可抗力だって!」
「う、うるさーい! もういっぺん蹴られたいの!?」
何度も蹴られて堪るものか! のたうち回るのをやめて即座に起き上がりダッシュで距離を取る。
『楽しそうですねヴァン、リリア。仲が良くてなによりです』
「「ちがーーーう!!」」
木陰の向こうでワンコのお座りの如く鎮座していたドラグノイドから聞こえたハルのノンビリした声に、俺たちはハモって反論したのだった。
「はあ、ヴァンを蹴ったからかしら? 気分が一気に回復したわ! じゃあヴァン、ディオーネに行こうか」
「はあ!? なんでそうなる!」
「だって、あたしの家出少女だもん。野宿なんて嫌だし……。そうなるとあたし、もうディオーネに行くしかないじゃない?」
「ちょっと待て! 今からディオーネに行ったんじゃガイアに送るのは無理だぞ!? 夜の外界は昼間以上に危険なモンスターが多いんだ。それに家族はどうするつもりだよ。それに宿は!?」
「家族なら気にしないで。ちょっとは心配させた方がいいのよ。それに、ライデンたちもまだあたしを捜してるし……だから、ヴァンのボディーガードはまだ継続中ってことっ!」
「「ことっ!」じゃねぇよ!? さらっとそんなこと、さわやか笑顔で言うんじゃない!」
「あと、宿はヴァンの家に泊めてもらうわ」
「んなあ!?!?」
い、いかん。つっこみどころがあり過ぎて目まいが……。
「リ、リリアさん? それってどういうことかお分かり?」
「ええ、お分かりですことよ」
話し方真似るなよ。似合ってないんだよ。
「男は獣なんじゃなかったか?」
「さっきのはライデンたちからうまく逃げた褒美として、水に流してあげるわ。今のあなたはあたしに金で買われた犬よ。ふふ。さあ、忠誠心を見せなさい」
ピキピキッ
「ほっほう、買われた犬にも牙があるって事を教えてやらなくてはいけないようですねえ、ご主人サマ?」
血管を浮かび上がらせながら両手をわなわなとさせて詰め寄る。
「その牙があたしに届くと同時に恐ろしい目にあうわよ?」
「どうなるんだ?」
「ディオーネとガイアのあらゆる情報端末にヴァンの卑劣な行為があられもなくアップされることになるわ。相手はライデンに書き換えてね」
「恐ろしい!!」
マジでやめてくれ! もう生きていけなくなるから!
「そもそもさ、実際問題、リリアは手ぶらだから入国許可証もなにも持ってないだろ?」
「う……。それはまあ、そうなんだけど……」
「リリア……おまえ、国を勝手に出たあげく今度は密入国者になるつもりか? 見つかったらそれこそどうなるか分からないぞ」
「う……」
俺のもっともな意見を聞いて、リリアはしばらく難しい顔をして唸っていた。が、それもすぐに終わる。考えがまとまったらしい。でもなぜだろう、リリアの顔が生き生きとしている。なんだか、いやな予感しかしないんですけど……。
「その時は何とかしてくれるんでしょ? ボディーガードさんなんだから。しっかりあたしのこと、エスコートしてよねっ」
笑顔でウインクをする彼女のクリッとした瞳は、冒険心で溢れていた。
「あ、はは……はははは!」
呆れてしまった。
いいや、呆れを通り越して逆に清々しいくらいだ。
依頼はまだ継続中なのだ。クライアントの気が済むまで、とことんやってやろうじゃないか――そんな思いを胸に、ディオーネへと向け出発した。