暗闇での戦闘
速度を上げてガイアの竜騎士との距離を離す。すると接近する機影から粒子を放出する光が強くなったのが見えた。
こちらの行動を不審に思ったのか、ガイアの竜騎士も速度を上げたようだ。
「うそ、だんだん距離が縮まってる……向こうの方が速度が速いよ。このままじゃいずれ追いつかれちゃう」
外部ピーカーからリリアが心配そうな声で言う。
「大丈夫。これだけ離れていれば追いつかれる前に入り込める」
「入り込めるって、どこに?」
「もうすぐ分かるさ。かなり揺れるぞ! 話してると舌を噛むからな」
「え、それって……きゃあ!」
急速旋回をかけ、山の中間あたりにぽっかりと空いた穴の中に入り込む。
中は大きな洞窟になっており、大きな氷柱や岩壁が幾重にもそびえ立っていて天然の迷路になっていた。
「こ、この洞窟はなに?」
「鍾乳洞さ。この奥は貴重な鉱物資源の宝庫だけど凶暴なモンスターも多い。ここの鉱物回収依頼はギルドでもBランク以上の扱いになってる」
そんな危険なところに逃げ込んだの!? だ、大丈夫なんでしょうね?」
「変に刺激を与えなければな。それに、ここには先日ギルドの依頼で来たばかりなんだ。だからここの地形は把握している」
奥へと向かいながら後方を確認する。
どうやらあちらも洞窟の中に入ったか。けど距離は縮まっていないようだな……いや、一機だけ早い! この障害物が多い中、距離を詰められているだと!?
「おいおい冗談だろ……向こうはこの洞窟を知り尽くしているとでもいうのか? くそっ、このままじゃまずい。速度を上げるぞ!」
一機があっという間に後ろまで迫る。一瞬でも気を抜けば、障害物に激突してしまいかねない状況の中、二つの青い軌跡が洞窟内を目まぐるしく交差する。
良く知っているはずの洞窟で、相手を引き離すことができないことによる焦りと、捕まるかもしれないという不安がっころの奥で大きくなっていく。
駄目だ。振り切れない! 何か相手の裏をかく方法は……。
必死に逃げながら、思考を廻らす――。
そうか、あれがある!
「そっちがこの洞窟を知っているってんなら、逆にそれを利用してやろうじゃないか」
俺は、機体を洞窟の奥まった方向に旋回させる。
奥に入り込むほどに障害物は増え、機体のあちこちが氷柱にや壁に接触し火花を散らしていた。
「あそこだ。……今!」
二本の大きな氷柱、その横を通り抜け、氷柱を中心とするように旋回を開始する。
追いかけていた騎士の機体は柱の間を通るのが早いと判断したのか、氷柱の間を抜けようとした。だがしかし、ガイアの機体は何らかの力で急停止、その場から動けなくなった。
「よっしゃ大成功! そこはついこのあいだ、モンスターが糸で巣を張ったばかりのところだ。その強力な糸に絡まったらすぐには脱出できないぜ!」
これで振り切れるかと思ったが、後続の二機が場所に慣れてきたのか、速度を上げてきていた。
さすがは十人の選ばれた騎士、適応能力が高い。
こっちはさっきと同じような巣を見つける間もない。それに、水柱や岩壁との接触を繰り返したダメージで機体性能が低下してきていた。じわじわと距離を詰められる。
「やはり、そう簡単には振り切れないか……ならば」
手元のスロットルを引いてドラグノイドから粒子の放出を停止させた。
先を見渡す為の照明も切り。周囲が暗闇に支配される。これでドラグノイドの軌跡を追うことは不可能になるが、こちらもいつ壁に衝突してもおかしくない。
「え? うそ!? ヴァンなに考えてるの!? ぶつかっちゃうよ!」
あまりに信じられない状況に、リリアが困惑の声をあげた。
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
洞窟はだんだん狭くなってきていた。後続の機体が照らす道を頼りに進んでいく。しかし速度はどんどん落ち、ガイアのドラグノイドとの距離はみるみる縮まっていく。
「もう少し……。あった。あそこだ!」
翼を羽ばたかせ機体を急上昇。上にぽっかりと空いた空洞に機体を滑り込ませながら上下逆の体制になり、四肢を広げて壁を掴んだ。その真下を二機のドラグノイドが通過し、曲がりくねった洞窟の奥に消えていく。
「……。よかった。何とかうまくいったようだな」
「ヴァン……」
「ん? どうしたリリア。礼を言うにはまだ早いぜ。ここから更に、あいつらに見つからないように抜け出さないといけないからな」
「違うの……その、ハッチ開けてほしいんだけど」
何だろう、そう言うリリアの声は、とても辛そうだった。
「リリア? ――! ちょっと待った、静かにして……」
空洞の下を見ると、さっき罠にかけたドラグノイドがゆっくりと進んできた。
罠に掴まった後、竜騎士がドラグノイドの外に出てガンブレードで糸を切断したのだろう。
漆黒の機体に赤の縁取りのドラグノイド。機体頭部には4つの赤い眼光がついている。
竜騎士はドラグノイドの背に乗っていた。
しばらく空洞の真下で滞空し、あたりを見回す。やはり、こちらを探しているようだ。
俺は、見つかるかも知れないという恐怖にかられた。上を向かれたら終わりだ。
しばらくし、黒の竜騎士は機体を進め始めた。
安堵しかけた、その時、
ピシ――!
ドラグノイドが掴んでいた岩が重量に耐えられず砕けた!?
音が洞窟内に響き渡り、戦慄が走る。何とか落下は免れたが、洞窟内に響いた音に気づいた竜騎士は進もうとしていた機体を再び止めた。
張り詰めた空気の中、竜騎士は注意深く周りを見回していた。このままだと見つかってしまう……!
しかし、竜騎士は上を見ることはなく、再び進み始めた。
気づかれずに、済んだ?
ホッとしたその瞬間、隠れていた空洞に一条の光が目前の壁に着弾。爆煙がヴァンの身を煽った。
ガンブレードの射撃?! 隠れているのがバレていたのか!
攻撃の衝撃で掴まっていた岩までひび割れていく。ドラグノイドの重量を支えられなくなり、機体が自由落下を始めた。
「ハル! 機体出力を戦闘モードに移せ! こうなったらやるしかない!」
機体を制御するため青い粒子を放出しながら機体の姿勢を立ち直らせる。
ガイアの竜騎士は姿勢制御を待っているように、静かにこちらを見据えていた。
「……ほう。その機体、ディオーネのドラグノイドのようだが、見たことのない機体だな。それに貴様、騎士ではないな。それでよくあれだけの操縦が出来る」
落下状態から姿勢を立て直し、目の前の竜騎士を正面から見る。機体と同じく漆黒のパイロットスーツ。グレイの髪。黒く真っ直ぐな瞳は、獲物に飢えた獣のように鋭い眼光を放っている。左手に持ったガンブレードからは刃が展開されて青い輝きを放っていた。刃の丈はとても長く、形状からするとガンランスといった方が正しいだろう。右腕には大きな盾を携えていた。
こちらも腰のガンブレードに手を当て、いつでも出せる状態にしておく。
「へへっ……そりゃどうも。そっちも随分とこっちに執着してるじゃないか。しつこく追いかけ回すなんて、性格悪いぜ」
「接近した途端逃走するという行為をする方が不自然だろう。不審に思い追いかけないほうが無理というものだ」
「こっちもドラグノイドに乗ってるんでね。変に揉め事にならないように離れようとしただけさ。どうやら逆効果だったみたいだけど……。察しの通り、俺は竜騎士じゃあない。ディオーネのギルドのもんだ。今は仕事が終わってディオーネに帰る途中さ」
「ギルドの? そうか、ではその機体、やはり正規のドラグノイドではないのだな」
「ああ、けど不正に手に入れたわけじゃないぜ。ギルドから所有許可も得ている。正真正銘、俺の機体だ」
「そうか、ならかまわない。それに機体のことなど、どうでもいいことだ。こっちは一つ聞きたいことがあるだけだ。ガイアからガンシップに乗って失踪した者がいてな。貴様、ガイアのガンシップを見なかったか」
それがリリアが乗っていたガンシップのことだということはすぐに分かった。やはり、リリアを連れ戻しにきたのか。
「それなら、この山の麓の草原にあったのを見かけたぜ。ボロボロになってたけど、コクピットはもう誰も居なかったぜ」
「誰も居なかっただと? それは本当か」
「ああ、本当だ」
なぜなら、そのパイロットであった少女、リリアは今、こっちのコクピットに入っているのだから。
「ふむ……そうか」
抑揚のない声で言い、竜騎士は外に向かおうと向きを変えた。貴様と話すことはもう何もないと言うように機体をゆっくりと加速させはじめる。
俺はホッと胸をなで下ろした。このまま行ってくれればバレることはない。
「っと、そうだ。貴様、騎士でもないのに相当強いように見受けられる」
ゆらり――と、竜騎士は機体を再びこちらに向けた。そしてガンランスの長大な刃をこちらに向け、防御範囲の広い大きな盾を構えて臨戦態勢を取る。
「俺は強い奴と戦うのが好きでな。手合わせ願おうか!」
そう言うと、竜騎士は機体をこちらへと加速させた!
反射的に俺はガンブレードを取り、速度の乗った突きを受け流す!
衝撃が空気を震わせ、互いの刃からは火花が激しくほとばしった。
「二振りのガンブレードだと?!」
ガンブレードの刃から発せられる光に照らされ、竜騎士の表情に驚愕の色が浮かぶ。
火花が弾け、距離を取る両者。竜騎士は驚きを隠せないように、言う。
「騎士にしか所持が許されないガンブレードを、しかも二振りも持っているだと……。俺はガイア鋼竜騎士団団長、ライデン! 貴様の名を聞いておこうか」
「俺は……ヴァン! ディオーネのギルドハンターだ」
「ヴァン。ふ……ははは。おもしろい。貴様の力、もっと見せてみろ!」
再びランスを構え、向かってくるライデン。
「はあああ!」
再び二振りのガンブレードで受け、力のベクトルを反らせる。
一撃が……重い! 反らすだけで精一杯だ。
「こ、こっちはやり合う気なんか無いってのに!」
ランスの長所はその長大さによる先制攻撃だ。それに対し、こちらの射程はあまりに短く、射程の有利を活かした突きの応酬を受けては弾く。
このまま受け続ければ、負ける!
「このお!」
突き出されるランス。そのタイミングに合わせて踏み込んでいく。ランスに刃を沿わせ、攻撃を受け流しながらライデンに向けて切り込む!
「むう?!」
しかし、ライデンに刃が届く寸前で盾に阻まれ、そして押し返された。
両者に再び距離が開いた。
「やるな。あの猛攻の中、カウンターを狙ってくるとは。……ふふふ、はははは!」
こいつ、楽しんでやがる……!
「団長!」
見ると、先ほど通り過ぎていった2機のドラグノイドが戻ってきた。
まずいな。この狭くて暗い空間の中、1対3では勝機は無い。
「団長、ご無事ですか!? 貴様! 我々から逃走を謀ろうとしただけではなく、団長に刃を向けるとは!」
臨戦態勢を取ろうとする2機のドラグノイドとパイロット。しかし、俺と2機との間を遮るように、ライデンのガンランスが横に伸ばされた。
「待て、仕掛けたのは俺だ。いつもの悪いクセが出てな。強引に手合わせさせてもらった」
「まさか、本当ですか。隊長が強い者に手合わせを強制する癖は知っていますが、この者が強いとは思えませんが……正規の騎士でもないようですし」
「いいや、おまえたちでも手こずるだろうぜ」
「なっ! そんなことが……」
「それよりも、この男から外の草原でガンシップを見たという情報が得られた。すぐに行って調べるんだ。俺もすぐに行く」
「は……分かりました」
二人の竜騎士はそう言うと、洞窟の出口へと向かって飛んでいった。そしてライデンは向き直る。
「仲間が来たために興が削がれたな。だがしかし、いい闘いだったぞ。いずれまた手合わせしたいものだ」
「……こちらとしては、もう二度とごめんだね」
冷や汗をかきながら言う。ガンブレードを握る両の手は重い攻撃を何度も受けた衝撃で痺れていた。
「次が戦場で無いことを願うんだな。そうなったら本当に殺すことになる」
物騒なセリフを残し、ライデンは機体の向きを変え、粒子の軌跡を残し飛び去っていった。