災厄
雲が徐々に厚みを増し太陽の日が遮られ、戦場を暗闇が包み込んでいく。
ギルドの合流はガイア軍にとって完全に想定外であり、その様々な特殊装備はガイアを混乱させるに十分な威力を発揮していた。
戦況は、ディオーネの優位に移りつつあった。
* * *
「ディオーネ軍、ギルドと協力し我らを包囲するように展開を始めています! こ、このままでは……!」
「ええい、臆するな! このモビーディックが沈むことなどありえない! 砲撃の手を緩めるな!」
戦艦モビーディックのブリッジでクルーからの報告に艦長が即座に指示を飛ばす。
モニターに映し出される戦況の悪化に、歯噛みするカーティスの耳を、主砲の発する轟音がつんざいた。
「まさか、ここにきてギルドが動くとは……」
「敵艦、主砲発射! 回避、間に合いません!」
「総員、衝撃に備えよ!」
ゴオォ……!!
着弾の衝撃が艦を揺さぶる。衝撃に耐えるように座席を強く掴み、
「ガンシップ部隊は、鋼竜騎士団はなにをしている!? 敵艦を早く破壊させろ!」
「それが、増援の抵抗が激しく……そ、そんな!?」
「今度はなんだ!?」
艦長の催促に、クルーはうわずった声で、
「ラ、ライデン団長の反応が……消えました!!」
「なんだとお!?」
「……役立たずが!」
ガンッ!
カーティスは座席を乱暴に叩きつけ、勢いよく立ち上がった。
「アレを起動させろ」
「なっ!? アレをですか!? なりません! あのシステムはまだ調整しきれていないのですぞ! ……いつ暴走するやも知れないのを使うなど、危険です!」
「今使わずにいつ使うのだ? このままではいずれこちらが落とされる……やれ!」
「……はっ」
カーティスの言葉に、明らかな狼狽を浮かべる艦長はゴクリと喉を鳴らすと、クルーに向け、
「……ハリスシステムを機動させろ! 続いて上部甲板、開け! システムへの電力供給を上げるのを忘れるな!」
クルーに指示を飛ばす艦長。その横でカーティスは唇の端を釣り上げ、
「さあ、己の作り上げたシステムに沈め! アロイス!」
* * *
「な……なんだ、あれは……巨大な、翼?」
異様な重低音が戦場に響き渡る。
再びリードと合流したヴァンは重低音の発信源、モビーディックに目を向け思わず呟いていた。
モビーディックの上部甲板がわずかに浮き上がり、左右にスライドしたかと思うと中から巨大な翼がせり出したのだ。
無骨な鋼鉄が輝きを放つ翼がゆっくりと広がると、その下の空間から巨大な“本体”が姿を晒した。
同じくその光景をみていたリードが乾いた喉を鳴らす。その頬を一条の汗が伝った。
「こりゃあ、やばいもんを目覚めさせちまったか?」
モビーディックの分厚い甲板を紙粘土のようにひしゃげさせる強靱な腕。その胴体も翼と同じく鋼鉄で覆われダークメタリックに輝き、そこから伸びる頭部がゆっくりと持ち上がった。
「大型ドラグノイド!? ガイアがこんな隠し玉を持っているなんて……!」
深緑色のツインアイと額に設けられたサードアイが、獲物を見定めるかのように鈍く輝いた。
大型ドラグノイドの口が開く。これまで見たこともない膨大な光が開口部から溢れ、それは集束していく。
恐怖が、全身を駆け巡る。
「や、やめ――」
カッ!!
瞬間、光が戦場を満たした。バハムートの開口部から放たれた光弾、いや“光の帯”が一瞬で味方の艦をいとも簡単に貫き、その向こうにあった小山に着弾。一瞬の瞬きが空を照らし、直後、大爆発に小山が呑み込まれてかき消えた。一歩遅れて爆風が襲い、貫かれた艦が炎に包まれ、地にその巨体を沈めていく。
「あ……ああ……!!」
身体中が、ビリビリとその破壊力を感じ取っていた。震えが――止まらない。
「これで、全て終わりだ……ガイアの最終兵器、バハムートが機動した……!!」
「バハムート……ガイアの、最終兵器……」
ライデンが力なくつぶやく。
バハムートと呼ばれた大型ドラグノイドの銀翼が粒子の光を発する。するとその巨体が宙に浮きはじめ、ゆっくりと押し進めていく。ドラグノイドにしては長い尻尾がまるで生き物のようにしなった。
――この艦は災厄を積んでいるの。
そうか……リリーナは、このことを言っていたんだ!
『ヴァン! ハリスシステムが、稼働しています!』
「ハリス、システム!?」
『はい。私が搭載されるはずだったモビーディックの持つ特殊装置。モビーディックや無人ドラグノイドを遠隔操作するためのコンピューター……おそらくあのバハムートというドラグノイドは、システムによって動く無人兵器です!』
「あれが、無人兵器だって!?」
『はい。おそらくガイアは独自にAIを造りあげ――』
「おいヴァン!!」
通信が割り込む。映し出されたモニターには、サムが情けない顔を浮かべていた。
「いくら何でもヤバすぎるだろアレ! 逃げようぜ! 元々、ただの民間人である俺たちが出る幕じゃなかったんだよ! ここで命を捨てることなんてないって!」
必死に言葉を投げかけるサムに、ヴァンは戦場を見回した。
戦場はガイア軍が息を吹き返したかのように再び進軍を始め、先の攻撃に戦意を失ったディオーネ軍は再び押されはじめている。
ギルドが合流したときの奮闘など、一瞬でかき消すほどの威力だったのだ。
ヴァンはサムに向き直る。ゆっくりと、だがしかしはっきりと、
「……わりい、サム。俺、まだここから離れる訳にはいかない」
「はあ!?」
ヴァンの返答に素っ頓狂な声を上げるサム。
リードは訝しげにこちらを見て、
「ヴァン。お前なにを考えている? まさか、あんな化けもんじみたドラグノイドを止めようだなんて考えてる訳じゃないだろうな?」
問いに、だがヴァンは口端を上げた。
「バカやろー! んなこと出来るわけないだろ!? あのデッカいのにかかれば一瞬であの世行きだ! 確実に死ぬぞ! 怖くねえのかよお!?」
「そりゃ怖いさ。今だって全身の震えが止まらない……けど、この戦いを止めるって決めたからな。それに……」
「それに?」
「カーティスを止めてくれって、頼まれたから、な」
「頼まれたって……誰にさ?」
その質問にヴァンは鼻の先をかきながら、少し言いにくそうに、
「大切な、人からさ」
予想の斜め上をいっていたであろう言葉を聞いたサムは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を浮かべる。やがてガシガシと頭をかきむしり、
「ああーーーーもう! カッコつけてんじゃねえよ! お前一人残ったって何も出来やしねえだろ!?」
サムが一気にまくし立てる。しかしヴァンは口端を上げ、
「そうでもないさ」
「へ……?」
「思いついたことがある。うまくいけば、一気にこの戦いを終わらせることだって出来るかもしれない」
「なんだって!? それは、本当か!?」
リードが大声で聞き返す。ヴァンはコクリと頷いてから、モニターに映るサムに向きなおった。
「だから、サムは先に退避しててくれ。それをやって、それでも駄目だったら俺も退避するからよ」
「ヴァン~~」
泣きそうな顔をするサムに「必ず戻る。また後でな」と言い、通信を切った。
「それでヴァン、なんだ? この最悪の状況を打開できる方法ってのは」
リードが話を促す。
「ああ、これから話す。けどその前に……アロイス王子」
通信を入れ、モニターにアロイスが映し出される。その表情は血の気が引き、恐怖が張り付いていた。
「ヴァンですか。ギルドには先ほど退避するよう連絡しました。これ以上の戦いは無意味です……あんな兵器を倒す術など――」
「それについて、提案があります」
「提案?」
「はい。それは――」
続く言葉に、二人は驚きに目を見開いた。




