ハッキング
医療施設に隣接するように立つ建物。そこはで技術開発を目的とした施設で様々な研究が日々行われている。
倉庫を後にしたヴァンたちはその建物の中、AI開発を専門とする部屋の前に居た。
その扉の前でマリーがカードを通し、ロックが解除される音が鳴り扉がスライドしていく。
「ここが私の仕事場よ。そして、ハルが生まれた場所でもあるわ」
マリーに促されてヴァン達は部屋の中へと足を踏み入れる。中はかなり広く、テーブルの上には様々な機材が並んでいる。その部屋の中心には、複数のコンピューターがドーナッツのように円を描き設置されている。そしてマリーはヴァンに手を差し出し、
「ヴァンくん。ハルを」
マリーの言葉を受け「はい」と返事をして黒いボックスを渡す。それがドラグノイドに接続されていたサポートAI、ハル単体の姿だった。
マリーはハルを受け取ると中央に位置するコンピュータの前まで行き、ハルをコンピューターの横にあるソケットに差し込んだ。コンピューターの大きな画面が明滅し、様々な情報が表示されては消えていく。そして画面に「HALICE」の文字が浮かびあがった。
「起動したわね。気分はどう?」
『はい。とても良好です』
「それはよかったわ。じゃあ、早速いけるかしら?」
『はい。ハッキングを開始します……なるほど、ガイアと通信出来ないようにプロテクトが施されているようですね』
「突破出来そうか?」
『結論から言えば可能です。しかし、プロテクトが何重にもかけられているようなので少し時間がかかりますが』
「なら、私も解除を手伝うわ」
マリーさんが座る席のコンピューターの画面に文字の羅列が表示される。「へえ……これは確かに時間がかかりそうね」と言いながらもやる気満々といったふうに手をキーボードに添えると指が踊り始めた。文字の羅列がすごい勢いで書き換えられてモニターを流れていく光景に、ヴァンとアロイスは揃って舌を巻いた。
プロテクト突破までどれくらいかかるか分からないヴァンはアロイスに向き直った。先ほどから言い辛かったことがあったのだ。
「アロイス王子、その……さっきはすいません、ついカッとしてしまって……」
急な言葉に、意表を突かれ驚くアロイス。そして、
「……いいえ、あの状況を打開するためとはいえ、私がやったことは責められて当然のこと……むしろ、言われたことで抱えていた罪悪感が晴れた気がします。きっと私は、自分の犯したことを誰かに叱ってほしかったのかも知れません。ですから、気にしないでください」
そう言い、優しく微笑んだ。
ヴァンはアロイスに「ありがとうございます」と頭を下げる。そしてもう一つどうしても聞きたかったことを口にした。
「それと……あの腕輪のことなんですが、もし嘘だとバレたらリリーナはどうなるんですか?」
それが、ヴァンにとって一番気にかかっていることだった。
アロイスは少し難しい顔になり、
「そのことは私も気がかりですが……カーティス王といえどまさか自分の妹に手荒なことをすることはないと思います。きっと大丈夫ですよ。今は、気付かれて攻められた時のことを考えましょう――」
『プロテクトを突破しました』
丁度アロイスが言い終わるか終わらないかというタイミングで、ハルの機械音声が響いた。
「え、もう!? はや!」
「流石ですね」
予想以上の早さで解除したことに、二人は呆気にとられてしまう。そして、
「もの凄い早さですね、マリーさん!」
ヴァンの言葉に、しかしマリーは苦笑し、
「誉めてもらって嬉しいけど、私は一つも解除出来なかったわ。全部ハルが解除したのよ」
「「え!?」」
苦笑しながら言ったその言葉に、ヴァンのみならずアロイスも驚いた。
「ハルが!? でも、いくら特別なAIだからって、プロテクト解除まで難なくこなすなんて……」
「ふふっ、ハルは自己学習能力もあるから、ヴァンくんと居て余計な知恵でも付けたのかしらね」
「あ、あはは……」
ヴァンは手を頭の後ろに回して空笑いを浮かべた。
マリーは冗談で言ったのだが、それは的を射ていた。実際、ヴァンと一緒に行動をしていてハルは時々ガイアにハッキングしていたので、その過程でプロテクト解除も何度か行っていたのだ。その経験が今回の早期解除へと繋がっているだろうことはヴァンにとって想像に難くなかった。
『これから、ガイアの軍データベースにハッキングをかけます』
「ええ、お願い」
『了解。ハッキング……データを引き出します』
画面には次々と戦艦の図面や主要スペックが表示されていく。
その中の一つにマリーの目が止まると、キーボードを操作して図面を拡大。その図面を見る表情が険しいものに変わっていく。
「え!? これって……まさか!」
「どうしましたか? ガイアの戦艦ついて何かとても重要な情報が?」
アロイスが不安げに聞く。マリーは驚きに見開かれた瞳を一旦閉じ、落ち着きを取り戻してから険しい表情を向けた。
「はい、アロイス王子、ガイアの巨大戦艦についてですが……あれは、元々はハルが搭載される筈だった完全自立型貿易艦、モビーディックです!」
「モビーディック!? あの艦はテロリストの襲撃でハリスを失った事でプロジェクトが凍結され、艦も廃棄することになった筈です! なぜ、それが軍の戦艦に!?」
焦りの声を上げるアロイスに対し、マリーは険しい顔をそのままに、
「恐らく、使い道の無くなってしまった貿易艦を軍艦に転用したんだわ……元々高い防御力と格納スペースを備えていた艦だったもの。それに砲台を増設、火力を増せば立派な空中要塞の完成……転用は容易だったでしょうね」
「なんということだ……両国の発展のために造られた艦が、国を滅ぼすための道具に使われるなんて」
アロイスは俯き、悔しそうにその拳を握る。
そこにハルが新たな情報をもたらす。
『どうやら、改造したのは外装だけではないようです。内部の構造に不明な空間があります』
「不明な空間? どういうこと?」
『分かりません。この空間だけデータが欠落しています。恐らく、意図的に載せていないのでしょう』
「気になるわね……モビーディックにはカメラが設置されてたわね。危険だけど、カメラへのハッキングを試みてみましょう。何か掴めるかもしれない」
マリーの指がキーボードの上を踊ると、画面に複数の映像が映し出された。その映像に目を通す。
「……駄目ね。例の空間にはカメラが設置されていないみたい」
そう言い肩を落とす。ヴァンも画面にアップされた数々の映像に目を走らせた。
……確かに、例の空間は図面上かなり大きい。しかし画面に映し出されているのはガンシップが並ぶ格納庫。それにいくつもの通路や小部屋、そして軍人ばかりだな。他になにか……ん?
ヴァンは反射的に車椅子から身を乗り出し、画面の一点を食い入るように見る。
「どうしたの? ヴァンくん」
「この……この映像を拡大してください!」
「え? ええ」
マリーが了承して映像が拡大される。
映し出されたそこには、薄暗い部屋の中に一人の女性の姿があった。その女性は紺と白で彩られた貴族衣装を纏い、部屋の奥側の壁に力無く身を預けながら、そのすぐ横にある小さい窓から外を眺めている。その姿はまるで籠に閉じこめられた小鳥のようだった。
その映像を見たヴァンは確信をもって叫んだ。
「リリーナ!」
それに続き、アロイスも声を上げる。
「た、確かに――ですが、なぜモビーディックの中に」
「本人に聞いてみましょう。部屋の電話があるから回線を繋ぐわ。リリーナ様とお話してみて」
そう言い、マリーはキーボードを操作する。すると電話が鳴っているのだろう、画面に映ったリリアが動き、部屋の隅にある受話器を取った。
「……はい」
「リリーナ、俺だ。ヴァンだよ」
「え、ヴァン!? ああ、良かった……無事だったのね!」
最初の感情のない声から一変、元気な声が帰ってくる。映像に映し出されている表情にも笑顔が浮かんでいた。
「ああ、大丈夫だ。リリーナは大丈夫か? 何もされていないか?」
「うん、あたしは平気。……ごめんね。あたし、カーティス兄さんを止めることが出来なかった……」
受話器から嗚咽が聞こえる。
画面に映るリリーナの目には涙が溢れていた。
「カーティス兄さんは深い哀しみに囚われているの……それに腕輪の爆弾が嘘だってバレて、もうすぐディオーネへと再侵攻を開始するわ!」
その言葉に、その場にいた全員に緊張が走る。リリアはそのまま、まくし立てるように言葉を続けた。
「お願い、カーティス兄さんを止めて! この艦は災厄を積んでいるの。アレを使われたら、ディオーネは本当に落ちてしまう! それだけは――」
「おい! 誰と話している!」
突然男の声が聞こえると同時に、軍服を着た男たちが部屋に進入、驚きに身を竦ませるリリアは腕を拘束され、受話器を取り上げられてしまった。
「リリーナ……これ以上、私を困らせるな」
聞き覚えのある声。部屋に押し入った軍人たちが左右に分かれ、そして声の主がリリアの前に立つ。それが誰なのかはすぐに分かった。
リリアがその相手を見止めると、悔しさと悲しみを秘めた瞳を向ける。
「カーティス兄さん」
向けられた瞳に動じる様子もなく、その人物は右手をゆっくりと上げ――
バチン!
「リリーナ!? なにをしやがる!!」
頬を叩かれて床に倒れ、頬を押さえてうなだれるリリーナ。カーティスはその姿を一瞥すると、先ほど軍人が取り上げられた受話器を取り、
「貴様、ディオーネの者だな?」
映像の中で、カーティス王はこちらに振り向きカメラを見て言った。どうやら、こちらがカメラをハッキングしているのを見抜いているらしい。その目は冷たく、殺意に満ちていた。
「なら、アロイスもそこに居るのだろう? 腕輪の嘘にはやられたよ……あのせいで随分と時間を喰ってしまった。しかしそれも既に意味を成さぬ。ディオーネで待っているがいい。アロイスも鋼竜騎士団もすぐにその息の根を止めてやる」
ブツ!――
声が聞こえなくなり、カーティスが銃を向けるのを最後に映像も途絶えてしまった。
「通信途絶……監視カメラも全てオフにされたみたい。こちらからはもう追えないわ」
「ついに、その時がきてしまったのですね……。ヴァン? どこに行くつもりですか?」
扉に向かおうとしていたヴァンの腕を掴み制止させようとするアロイス。ヴァンは悔しそうな表情を浮かべ振り返って、
「ガイアに向かいます。家に戻れば、ガンシップがある」
「そんな、無謀です! ガンシップ一機で何が出来るのですか! あなたも分かっているでしょう? 向こうのガンシップの実力を……それを普通のガンシップで相手にするなど、死にに行くも同じです!」
「そうよ! 大体、あなた病み上がりなのよ? そんな状態じゃあろくに操縦も出来やしないわ!」
続いて制止させようとする二人。しかし頭に血が昇ったヴァンは気持ちの高ぶりのままに言葉を返した。
「あいつ……カーティスはリリーナに手を上げたんだ。俺はどうしても許せない!」
「ヴァン、気持ちは分かりますが――」
「アロイス王子! 俺を、ディオーネの軍に入れてください! 少しでいい……俺に、力を貸してください。お願いします!」
言うが早いか、アロイスに深く頭を下げるヴァン。アロイスは困り果てたように、言葉を彷徨わせた。一瞬の静寂。しかしヴァンにとって、その一瞬はとても長く感じられた。そして、
「ほお、随分と熱くなってるじゃないか。ゾッコンってやつか?」
不意に、身の後ろにある扉から聞き覚えのある声が響いた。
「え……?」
声のした方を見ると、扉の陰からガタいのいい男が壁にもたれ掛かるように立っていた。その手にはガンスピア。その武器を持っている人は、一人しか居ない。
「リード!? 生きてたのか!!」
「おいおい勝手に殺してくれんじゃねえよ。しかしお前も、あのライデン相手によく無事だったな」
リードの姿に、目頭が熱くなるのを感じるヴァン。
そんなヴァンの横を、マリーがツカツカとヒールの音を響かせながらすり抜けていく。もう少し歩みを進めれば抱きつけるという程の距離まで近付き、そして止まるとリードをまっすぐに見つめる。
「マリー……心配かけたな」
それに対しリードは優しい眼差しで返す。マリーはリードの腰にそっと手を当てた。
おいおい、え、なにこの空気? これから見てはいけないものを見せられてしまうの!?
……あれ? なんかリードの顔、なんか急にひきつってどうしたんだ? それに顔色もだんだん悪くなってきてるような。んん?
なにがおきたのか全く分からない中、ようやくリードの口が動いた。
「ちょ……マリー……!」
リードに向けていた視線を落とし「はぁ~~」っと、ため息をつくマリー。
「どうして……解除キーを使わないと出られないはずの部屋で意識不明だったはずのあなたが、こんなところに居るのかしら?」
「い、いや、とてもお優しい看護婦さんがご自由に出ていいですよって言ってくれたんだ」
「そんな嘘に騙されないわ! さあ白状しなさい。どうやって抜け出したの?」
マリーが手に力を込めると、リードの顔色が更に悪くなった。
どうやら、マリーさんは怪我している部位を押さえているらしい。リードは今にもぶっ倒れそうなくらい真っ青になっていた。
「つ、通気口から抜け出たんだ……うぅ! いててて!」
凄みをきかせて睨みつけるマリーさん。
正直言って怖い。もの凄く怖いです。
「あなた、とても酷い怪我を負っているのに……立ってるのもやっとのハズでしょう?」
「な、なんのことだ? 俺はこの通り、完治したぜ! すぐにでも仲間たちと打ち合いをしたいくらいだ」
「バカ! いつもそうやって、無理して戻っていくんだから……」
睨んでいた目には次第に涙が浮かび、俯いてしまう。そんなマリーの肩に手を置きリードは、
「俺は団長だからな。それに……さっきの話じゃあもうすぐガイアが攻めてくるんだろ? 今回ばかりは本当に無理しなきゃならねえんだ。守りたい大切な人たちが、危機に晒されているのに黙って見ちゃいられねぇさ」
「リード……」
「大丈夫さ。これまでだって俺は何度も危険な目にあってきたが、その度にこうやって復活してきたんだからな」
マリーは俯いたままだった。その足下には数滴の雫――
「リード。まさか今からガイアを止めに行くのか? だったら俺も――」
「駄目だ。お前は今すぐにディオーネから避難するんだ」
「そんな……なぜだ!?」
詰め寄るヴァンに、しかしリードは動じず、
「これは、俺がダリアンとアリスにした誓いだ。お前をこんな血生臭い戦いにだけは絶対に出させるわけにはいかない」
「で、でもさ!」
「今のお前はドラグノイドが無いだろ。家に置かれているガンシップで出てこられても、正直足手まといなだけだ」
脳に血が上っていく。拳に自然と力が入り、口の中で奥歯がギリギリと音を立てた。
「今のお前には何も出来ることは無い。それを自覚しているなら、早く避難するんだ」
「……っ!」
ダッ!
気付くと足が勝手に動いていた。リードの横の扉を勢いに任せて潜り抜け、そのまま走り抜ける。まだ激しい運動には慣れていない身体のあちこちが悲鳴を上げていたが、それ以上に心が痛かった。
* * *
「あれで、良かったの?」
「いいのさ。ああでも言わねえと、あいつは引かねえよ」
「ふふ、ほんと、過保護ねえ」
「うっせ」
「さあ、もう時間がありません。すぐに対策を立てて出発しましょう。まだ避難できていない民のために、少しでも時間を稼ぐのです」
「「はい」」
* * *




