森の中
「……! ……!」
誰……。
何か、言ってる……?
よく聞こえない。
視点が……定まらない。白と黒しか見えない。
俺、どうなったんだっけ。
確か、間近で爆発が起きてーー。
あれ? 頬に何か……。
雨?
いや、違う……涙?
誰か、そこで泣いてるのか。
でも、誰が……。
いや、決まってるじゃないか。
「……! ……ン!」
泣くなって。お前が泣いたら、俺も悲しくなるだろう。
次第に意識が鮮明になり、白と黒だった視界がクリアになっていく。
そして、泣いている少女の名を呼んだ。
「リリ……ア……」
「ヴァン! よかった……もう、ずっと目を覚まさないんじゃないかって……」
お前が泣いてるってのに、覚まさずにいてたまるかって。
「俺なら大丈夫だ。心配かけたな……ここは?」
辺りを見回す。どうやら、深い森の中に居るらしい。幾つもの木々が空高くまで伸び、まるで天然の屋根のように太陽の日を遮っていた。
「あたしたちが飛んでいたところの下に広がっていた森の中よ。戦艦から隠れるために逃げ込んだの」
「そうだったのか……。っ! いってて……」
身を起こそうと腕に力を込める。が、身体のあちこちが痛く、そして重い。まるで身体が鉛になってしまったかのような感覚。
「無理しないで。森に逃げ込む際、ドラグノイドから振り落とされたんだから」
そう言い、リリアは身を起こそうとするのを制止した。
言われて身体を確認する。着慣れたパイロットスーツはあちこちが土にまみれ、擦り切れている所もいくつかある。それらが落下の衝撃を物語っていた。
全身打撲状態とまではいかなくとも、それに近い状態と言っていいだろう。
「どおりで身体が痛いわけだな……リリアは、大丈夫か?」
「うん、あたしは全然……それよりもヴァンのほうが……」
腫れ物をさわるように、側頭部をに手を近付けるリリア。
そういえば、側頭部がズキズキと痛む。手を当てると、生暖かい液体の感触――。
離した手には、血が付いていた。
そうか……浮遊岩の破片が頭を直撃したのか。その衝撃で、俺は意識を失ったってわけだ。けど、この程度で済んだのはむしろ奇跡だな……下手をすれば、破片は俺の身体をいとも簡単に切り裂いていたかもしれないのだから。
「大丈夫さ。大量に出てる訳じゃないみたいだからな。これくらい、何か布でも当てていれば大丈夫――」
ビリリ!
「お、おい!?」
「じっとしてて」
リリアはいきなり自分のワンピースのすそを破り、それを傷口に重ねると、バンダナのように縛った。ピンク色の布が流れていた血を吸って次第に赤く染まっていく。
「これくらいしか、出来ないけど……」
「いや、ありがたいよ。悪いな……買ったばかりの服なのに、それに、これだって気に入ったから買ったんだろ?」
「ううん。いいの。ヴァンの怪我の方が心配だもの」
心のそこから心配しているように、今にも泣き出しそうな瞳に真っ直ぐ見つめられ、俺はなんだか恥ずかしくなってしまう。照れ隠しで頬を指でかきながら、
「……サンキューな」
ヴァンはもう一方の手をリリアの頭に添え、言った。
そしてふと、現状に疑問を持った。
「そ、そういえばなんで俺たち無事なんだ? あの砲撃で俺が気絶したってことは、ハルが操縦したんだろうけど……それでも、ガイアの竜騎士からは逃げきれないんじゃあ?」
「うん。ヴァンが気絶した後――ハルの機転のおかげで助かったの。発煙筒から白煙を噴かして砲撃を喰らったフリをしてこの森に降下して、地面にエネルギー砲を撃って土煙りを上げることで墜落したと見せかけ身を隠したのよ」
「そうだったのか……凄いなハル! あれ? そういえばハルは?」
見ると、ドラグノイドの姿が無い。いったい、どこに……。
『私なら後ろです』
「え? うお!」
振り返って気付く。ヴァンは伏せたドラグノイドの腹の位置に背を預けるように座りこんでいたのだ。
『命の恩人である私の存在を忘れるとは。随分と酷いですね。ヴァン』
うん……ごめんね。マジ忘れてた。
「悪いな。でも、お前のおかげで助かったよ。本当、お前は最高のサポートAIだ」
「当然です」
そう言うとハルは、鼻高々というようにドラグノイドの頭部を上に向けた。その仕草に、つい笑みが出てしまう。
「ははは。……でも、俺たちが今こうして無事ってことは――」
リリアを真っ直ぐに、見る。
聞きたいことを察してくれたようで、リリアは答えた。
「うん……戦艦の進行はそのままよ。もう時間も結構経ってるわ」
「こうしちゃいられない。すぐに飛び立ってディオーネに――」
言いながら勢いよく立ち上がった瞬間、
ガクンッ
一瞬、目眩に襲われて膝を落としていた。
「大丈夫!? やっぱ身体が……」
「ちょっとふらついただけだ。問題ないって」
「ほ、本当に?」
「大丈夫さ。さあ、早く行こうぜ」
「うん。でも、無理はしないで……」
「ああ」
ドラグノイドの背に立ち、高く上昇。
鋼の竜は森を抜けると、戦艦を追うために加速した。