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出発

「お、準備できたか?」

 家の玄関が開き、トトト――っと小気味よい音を立てながら出てくるリリア。その姿は昼間の男装姿ではなく、昨日の夜急いで買ったピンクのワンピースにクリーム色のタイトなジーンズを穿いている。ドラグノイドのコクピットに入ることを考慮してのことだろう。

 玄関から数歩出たリリアは不意に立ち止まると、振り返ってヴァンの家を見上げた。

「不思議……たったの一日しか過ごしてないのに、なんだかとても名残惜しいなあ……」

 見上げるリリアは、その家を目に焼き付けるように見つめていた。

 その側にヴァンも立つと同じように見上げながら、昨日今日の出来事を思い出していた。

 全く、嵐のような二日間だったなと、思う。あんなにも色々な出来事が起きたのに、それももうすぐ、終わる。リリアを無事にガイアへ届けたら、ミッションコンプリート。その後は俺のうかがい知れぬこととなる。

 もう、会うことも無いかも知れない――そう思うと、少し胸が痛んだ。

「あ、そうだ……ヴァン、目を瞑って、手を出してよ」

 何かを思い出したように、横に立っていたリリアは俺の前に移動すると、そう催促してきた。

「ん? どうしてだ?」

「もう、いいから、早くするっ!」

「わ、わかったよ」

 急な催促に戸惑いながら、俺は目を瞑ると握手を求めるように手を差し出した。

 暫らく間があって、その手に何かが優しく触れる。

 それは手の甲を握り、手のひらを上に向けると、手のひらを包むように、小さく、そして柔らかいそれが添えられる。

 そしてすぐに離れていった。手のひらの上に何かを残して。

「はい。目を開けていいよ」

 目をゆっくりと開ける。手のひらには、赤い大きな宝石がはめ込まれたネックレスが握られていた。

「こ……これは?」

「それはね、今回の依頼のご褒美。少し早いけど今のうちに渡しておくわ。結局ギルドから正式に依頼を出すことも出来なかったし、あたしは今それくらいしか持ってない……だから、それをヴァンにあげるっ!」

 手にしたネックレスをなぞる。綺麗な赤の宝石は太陽に照らされ、より一層美しい輝きを放っていた。その横にはなにやら金具が付いていて、押し込んでみると宝石部分が開いた。

 中には、微笑む女性の写真が入っていた。古い写真のようで少し色褪せている。どことなく、リリアと似ているような気がした。

「なあ、この人って、もしかして……」

 ヴァンの質問に、リリアは少し照れくさそうに、言葉を紡ぐ。

「うん。その人はね……あたしのお母さんなの。元々身体が弱かったみたいで、小さい頃に亡くなっちゃったけど」

 ヴァンが両親の話をした時、途端に寂しそうにしていた時の表情が脳裏をよぎる。

 そうか……だから両親の話が出る度に、あんなに気を落としていたのか。自分の母親と重ねていたんだ。

「そんな、受け取れないって。これはリリアにとって、とても大切なものなんだろう!?」

ヴァンの反応に、リリアは少し困った表情を浮かべて首を捻る。

 なにか考え事をしているのか、少し唸って、やがて口を開いた。

「もしね、ヴァンが砂漠のど真ん中で、移動手段も水も、なあ~んにも無くって死にそうだったとするね」

 なぜか、全く関係のない話を始めたことに、戸惑いの表情をするヴァンを気に留めずにリリアは話を続けていく。

「そこに、偶然通りかかった優しい旅人さんが助けてくれて、お礼に何かしたい。でも、手元には親の形見しか無かったら、ヴァンはどうする?」

「う……。そ、そんときは……」

「あたしは、自分勝手にガンシップを使って外界に出ちゃった所為でモンスターに襲われたわ。攻撃の衝撃が身体を何度も襲ってきて、慣れないガンシップの操作で手足も痺れて、更に意識も朦朧としてきて……。ああ、あたしはここで死んじゃうんだ。きっとこれは、勝手に家を飛び出した罰なんだわ……って、思った」

 ヴァンの返事を待たず、話を進めるリリア。その表情は、まるで怯える子猫のよう――。

「でも、ヴァンが助けてくれたおかげで、あたしは今もこうして生きているわ。それだけじゃない。ガイアの竜騎士たちからもあたしを匿ってくれた。ふふっ。今でも信じらんないわ。命を助けてくれた上に、あんな依頼まで引き受けて、しかもやってのけたんだもの。だからね……」

 一間を置いて、エメラルドグリーンの澄んだ綺麗な瞳が真っ直ぐに、見つめてくる。

「だから、受け取ってほしい。命の恩人であるヴァンに、受け取ってほしいんだ」

 ずっと守りたいと思ってしまうような、優しい笑顔。

「そ、そんな大したことないって。人が襲われていたら助ける。当然だろ? それに、依頼を引き受けたのは俺の興味本位で受けるって決めたんだし……。とにかく、これは受け取れないって」

 ヴァンは手にしたネックレスを、リリアの前に差し出した。

「ふふ……ヴァンってさ、不器用で優しいよね」

 そういうリリアは俺の表情を覗き込むように少し前かがみになり、温かい、ヒマワリのような笑みを浮かべて見上げてきた。

「……! そ、そんなことねえよ」

 なぜかそれ以上リリアを見ることが出来ず、堪らずヴァンは目を背けてしまう。

 胸が、頬が熱くなる。心臓は激しく高鳴り、まるで自分の身体じゃないみたいな感覚。けれども、それでいて心地よい。

 リリアは突き出した手をそっと握ると、こちらに押し返してきた。俺はそれ以上彼女に何も言えなくなって、静かに受け取った。

 そして、少し距離を取って元気を振り絞るようにリリアが告げる。

「じゃあ……いこっか。ガイアへ」

 リリアがドラグノイドのコクピットに入り、ハッチが閉じられる。その上に立つと足場がロックされ、外部操作に切り替わった。

 リリアからもらったネックレスを首に付け、それを暫らく見つめた後にパイロットスーツの中に入れ込むと、コクピットの中にいるリリアに向けて言った。

「よし、じゃあ出発するぞ」

「了解。それじゃ頼んだわよっ! ボディーガードさんっ!」

「おう」

 白き鋼の竜が翼から粒子を放出しながらゆっくりと上昇していく。そしてガイアの方角に向きを変えると、翼から蒼い軌跡を引き大空へと飛びだした。

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