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家出の理由

 * * *


「じゃあヴァン、行ってくる。留守番は頼んだからな」

「大人しくしているのよ。外に出たら危険だから」

 (待って……行かないで!)

 格納庫から二機のドラグノイドが発進しようとする。

 二人を止めようと、側に行こうと足を動かした。一生懸命、一生懸命……でも、その距離は近付くどころかどんどん離れていってしまう。

 (だめだよ! 行ったら……行ったらもう帰ってこられなくなっちゃう!)

 必死に声を出して呼び止めようとするも、その声は届かない。

 二機のドラグノイドは空へとゆっくり上昇を開始した。

 夜の空は黒い雲に覆われ、月の光も射していなかった。

 しかしそんな中、遠くに見えるの空はなぜか赤く染まっていた。まるで血を雲にばら撒いたかのようなその空が、時々凄まじい雷光を発している。

 二機は上昇しながら、その赤く燃える空の方角へと向きを変えると、一気に加速をして飛び去っていった。

 後に残るのは、青い粒子の軌跡と、まだ幼さの残る一人の少年。

 (行かないで……父さん! 母さん!)

 必死に手を伸ばす。届かないと分かっていても伸ばさずにはいられなかった。

 暗い部屋に朝日が差し込む中、俺は天井に向けて手を上げていた。

 その手のひらを見つめ、はあ――と息を漏らす。

「夢……か」

 あの時の夢を見るのは何ヶ月振りだろう。

 昨日、リリアとガンシップの話をして両親のことを色々思い出したからかもしれない。

 忘れたくても忘れられない、あの日のことも……。

 落ち込んでしまいそうになる気分をなんとか切り替える。

 時計を見ると、しかし起きるにはまだ少し早いようだった。

 もう少しだけ眠ろうと目をつむり、布団で顔を覆うように引っ張りあげ寝返りをうった。

「んん……」

 至近距離からの甘い声――眠気が一気に吹き飛び、脳が活性化する。

 そして、ガバ!っと布団を剥いだ。

 目の前にはなぜかリリアの寝顔があった。そう、ヴァンの布団の中にリリアが入り込んでいるのだ!

 ヴァンは気が動転してしまい、そのまま固まってしまう。

 ど、どういうことだ!? なんでリリアが俺の布団に入り込んでんの!?

 だって、昨日リリアに俺のベッドを譲った……そして俺は床で寝ていたハズなのに!

 布団を剥いだからか、リリアは身を縮める。

 元気の一杯の昼間とはまた違う、人形のように可愛い顔が一層近づいた。

 差し日の光に輝く細くてサラサラなライトブラウンの髪が揺れる。艶のあるピンク色の唇から微かな寝息をたて、昨日急いで買ったラフな服の隙間からは白い肌が覗き、そしてその奥には控え目なだが艶のある膨らみが――

 頭の中が真っ白になり、思考が止まる。だがこれだけは分かる。これ以上は見ては、理性が保てない!

 ほんの一欠けらの理性を奮い立たせ、視線を上げて逸らした。

 しかし、逸らした先の目に入ってきたのは、少女のクリッっとした綺麗なエメラルドグリーンの瞳。

 ただし、その目にはうっすらと涙を浮かべ、頬は真っ赤に蒸気していた。

「リリアさん。これはその――」

 両の手をブンブンと振りながら弁解しようとする。しかしそんな暇すらなく、ヴァンの頬に強烈なビンタが炸裂してヴァンの視界は暗転した。


 * * *


「もう、信じらんないわ! あたしが寝てるのをいいことに、あ、あんないやらしい目で舐め回すなんて!」

「いやそんなつもりは無かったんだって! そもそも、俺の布団に入ってきたのはそっちなんだぜ!? おまえ俺のベッドで寝てたじゃん!」

 ってか舐め回すってなんだ! そこまでいやらしく見た覚えはないぞ!? ないよね??

 紅葉を張り付けたように真っ赤になった頬をさする。まだジンジンしていた。

「あ、あれは……多分ベッドから落ちてそれで……そのまま寝ぼけて入っちゃって……気付かなかったのよ!」

「いや気付くでしょ普通!?」

 ヴァンはリリアをズビシッ! っと指さして指摘した。

「う、うるさーい!」

 リビングのテーブルに座りながら、ぷいっと、リリアは頬を膨らませてそっぽを向いた。

 その姿はもう完全に駄々をこねる子供だ。

「やれやれ……。とにかく、朝食だけは食っておけ。昨日は結局ろくなもん食わずに寝ちまったからな」

 そう言い、リリアの前にココアとトーストに目玉焼きを乗せたシンプルな朝食。それと、デザートにプリンを差し出す。

「ふん。こんなのであたしの機嫌が直るわけが……」

 グルルルル――

 家の中に響きわたるほどの、そんな音が聞こえた。

 その出所は、ヴァンからでは勿論なく、リリアからだった。

 リリアは頬を少し赤く染め、堪忍したようにトーストに手を伸ばすと小さい口に入れた。

「はむ……んぐ、んぐ」

「……うまいか?」

「ん~~。普通。あんまりイイ材料使ってないわね。これ」

「お、おまえって……一体どういう暮らししてんだ?」

 でも、とても温かくて、優しい味だわ――そう言い、微笑んだのだった。

「そういえば、家出の理由をまだ聞いていなかったな。いったい何が原因で飛び出してきたんだ?」

「ああ、そうね……改まって聞かれると言いにくいんだけど……」

 困ったように、そして恥ずかしがるように、理由を口にした。

「実はね、親から結婚を勧められたの」

 ブフッ!

 突拍子もないその内容に、ヴァンは飲みかけたコーヒーをつい吹き出してしまった。

「最初は冗談でしょ? って思ったんだけどね、これが結構マジらしくて。家族ぐるみの付き合いがあってね、相手は子供の頃から遊びに行っては面倒を見てくれているお兄さん的な人なの。でも、そんなこといきなり言われても困るし、あたしの気持ちはどうなるの!? って。それで、飛び出したってわけ……。って、ちょっと、ちゃんと聞いてる?」

 咳込んで乱れた息を整えてから――き、聞いてるよ。と返事をする。そして改めて、言う。

「け、結婚!? 嘘でしょ。だってまだ……」

「子供でしょって言いたいの?」

 先に言われてしまい、言葉に詰まってしまう。

「でもさっき、あたしの身体を見てドギマギてしたわよね。ふふ、もう子供じゃないのよ。大人なの。それはあなたが一番分かっているでしょう?」

「ぐ……あ、あれはあまりに突然のことで」

「それともなに? びっくりしてただけだなんて言い訳は聞かないわよ」

 ココアの入ったコップに両の手を添えるリリアは見透かしたように、目を細めて言う。

 少し前かがみになり斜め上目線でこちらを見ながら微笑を浮かべる彼女は、どこか本当に大人の雰囲気を醸し出していた。

「……オッケー。大人のリリア様。それでは、どのようにすればご機嫌を直されますでしょうか? 今回の依頼遂行のために、お聞かせ願えますでしょうか」

 素直でよろしい――お姫様扱いでそう言うこちらの反応に満足したのか、上機嫌で頷くと、リリアは答えた。

「とりあえず、町に出かけたいわ」

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