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朔望の月  作者: お春
9/13

奥山に、猫またといふもの。

徒然草は全く関係ありません(^-^)


なかなか書けなくて

申し訳ないです…。


「気をつけなさい」

天狗という生き物に見送られるのは、これが最初で最後だろう。

貴重な体験を噛み締めつつ、朔はみんなに合わせて浅く頭を下げる。

「ありがとうございます。お世話になりました」

代表して麻之助が、礼を言った。

その顔は、どこか清々しさを持ち合わせているかのような。

それでいて、妹を心配する兄の顔は消しきれていない。

「礼はもういい。早く行きなさい」

そう言ってさっさと背を向けるおじいさんの後ろ姿は少し寂しそうに感じた。

「…じゃあ、行こうか」

家に入っていくおじいさんを最後まで見届けた後、麻之助が地図を広げた。

城までは、かなり遠い。

まずは、近くの村まで行かなければならないだろう。

「次の村まで、そんなに距離はなさそうだね」

地図をのぞき込んだまひろが隣にいた朔に話しかける。

「うん」

「足大丈夫?」

「平気」

疲れもほとんどとれたし、歩ける…と思う。

「では行きましょう」

と、麻之助。

その隣でりつが朔たちに微笑んでいる。

「朔、行こう」

結衣子がせかす。

「あー、うん」

さっさとまひろから離れて、結衣子の隣に着く。

やっぱり、彼に慣れる日が来る気配はない。

「…まひろくんて、不思議だよね」

まひろとは十分に距離はあいているが、結衣子が声を潜める。

「そうだね」

朔もつられてボリュームを下げた。

朔的には、まひろに慣れることのできない自分の方が不思議なのだが。

「なんか追われてるみたいだし、あんま関わらない方がいいのかもね」

追われている。

そういえば、そんなこと言っていた気がする。

なんでなんだろ…。

朔は、麻之助と行き先について話すまひろを見つめた。

整った顔立ちに、うっすらと笑みが浮かぶ。

例えば自分がごくごく普通の女子高生ならば、彼に恋心を抱くかもしれない。

が、残念なことに朔は、あいにくその感情を持ち合わせていなかった。

恋するより、寝てたい。

そんな気持ちが勝る。

「ということで、朔。あの人好きにならないようにね」

…ん?

なにが、ということで?

「そんな驚かなくても…。とりあえず、気をつけてよ?ほら、よく話してるし」

「…はぁ」

ダメだ。

完璧苦手な部類だ。

昔から、この手の話題からだけは目をそらしていた。

目どころか、ダッシュで逃げ去るほどだったのに。

それで友達がいなくなることも多々あったわけだが。

「朔さん、結衣子さん、そろそろ行きましょう」

りつの天使のような高い声が、変な風になった空気をぶち破る。

「今行くね!朔、行くよ!」

「うん」

朔はりつ、もとい天使様に心からの感謝をした。

これから天使様って呼ぼう。

朔は意味の分からない決心をすると、先に待つ一行へと駆け出した。



昨日ぬけた森をもう一度ぬけると、遠く小さく、集落のような所が目に入った。

「今日はあそこで宿を探しましょう」

天狗のおじいさんの家は森に囲まれた場所にあったため、もう一度時間をかけてぬけなければならなかった。

そのため、すでに片方の月は金色に輝いている。

「満月はまだ、か…」

いつからか隣に並んでいたまひろに言われ、朔は満月に近くなった楕円を再び見上げた。

「そう、だね」

一応、空返事をしておいた。

見上げつつ、朔は無理やり彼が隣にいる事に理由を付けて納得しようとする。

…多分、歩くスピードが同じなんだと思う。

結衣子に何か言われたら、そうやって言い訳しよう。

「…え?」

朔の適当な返答に、まひろは空を仰ぐのをやめ、朔に視線を移す。

え?って…。

返事したら悪かった?

「朔、聞こえてた?」

「しっかり」

「独り言だったんだけど…」

なるほど。

独り言に答えたわけか。

適当って、怖い。

朔はつくづくそう感じた。

「満月、もうすぐなりますね」

「天…りつちゃん」

いつの間にいたのだろう。

天使様と言いかけたのを変換して、その名を呼んだ。

彼女は朔とまひろの間に、ゆるりと割り込む。

「結衣子さんと兄さま、お話ししてるんです」

名前の前にあった言葉に全く反応しないという事は、なんとかごまかせたらしい。

朔はほっ、と息をついて、結衣子たちに目をやった。

ほんとだ。

先を行く2人は会話を楽しんでいる。

「兄さま、あまり女の人とは話さないので。緊張してるんです」

そう言われよく見れば、麻之助の表情はぎこちない。

「でも麻之助さん、楽しそうですね」

「すごく嬉しい事です。…まひろさんは、満月がお好きなんですか?」

りつが話を最初に戻す。

そうだ、満月とかなんとか言っていた。

「まぁ」

まひろが頷く。

「では、双満月が待ち遠しいですね」

「ふたまんげつ?」

聞き慣れない言葉に、朔が首を傾ける。

「ええ。あの月は、満月になる周期が少しずれているんです。だから、2つの周期がぴったり重なって満月になる時のことを、双満月と言うんですよ」

「へぇ…」

双満月か。

頭上にある輝きが両方とも満月になれば、さぞかし綺麗なことだろう。

…見てみたい。

「双満月になるのは、半年に一回なので、あと数ヶ月はかかると思います」

前言撤回。

数ヶ月もここに居れない。

早く家に帰りたい。

早く帰らないと、残った宿題が終わらないのだ。

「見れるといいね、朔」

「う、うん…」

とりあえずそう返事をしておく。

ちょっとだけ変な空気になったのを感じ、朔は視線を下げた。

すると、一匹の白い鼠が足下を走り抜けていくのが見えた。

「あ、鼠」

「本当ですね。ここでは多いのでしょうか」

りつはたいして驚かずに反対方向へ走っていく鼠を見送った。

朔は鼠にそこまで嫌悪感を抱いていないけれども、彼女は嫌でないのだろうか。

それを聞こうと顔を上げれば、すでに村に到着していたことに今更ながら気づいた。

森をぬけるのに時間がかかったため、あまり城に近づく事はできなかったらしい。

まぁ、それはいいとして。

…静かすぎる気がする。

夜が近いのもあるとは思うが、人の気配が感じられない。

赤い椿が所々にあるだけで、後は特筆すべき所のない小さな集落。

すでに廃れて人がいなければ、即刻アウトだ。

「2人のところへ行きましょう」

村の広場のような所で待っていた2人に、朔たちは足早に合流した。

「朔、あんた言ってるそばから2人にならないでよ」

「別にそういう意味でじゃない。それに、りつちゃんいたし」

耳打ちされ、慌てて否定する。

疑いを解くのは、朔にとってかなり難易度が高い行為だ。

普段から疑いをかけられるほど人と話さないから。

…寂しい奴なんです。

「…では、まずは泊めてもらえる場所を探しましょう。時間もないですし」

朔と結衣子の会話の切れ目を察知したのか、麻之助がタイミングよく喋りだす。

一瞬ちらりと空を見上げたのは、月の色の確認だろう。

さっき見た時には、すでに片方が金色に輝いていた。

それを考えれば夜の月になるのに、時間はそれほどかからないはずだ。

一刻も早く宿を探さないと。

しかし、朔は1つ引っかかるものを感じていた。

小さな村はやはり微塵も生気を帯びておらず、灯りも見えないため人が住んでいるかさえもわからない。

この村、人いないんじゃ…。

朔は嫌な予感が的中しないことを祈った。

こんな所で死にたくないし。

そんな本音が朔の心に浮いた。

ここで死んだら、行方不明になるのか。

それはやだなぁ…。

朔は顔を歪めた。

どうせなら、帰っておいしい物食べてから…。

あ、餃子食べたい。

と、朔の考えが脱線し始めた、その時。

「お前ら、宿を探してるのか?」

不意に聞こえたそれに朔が振り返ると、そこには誰もいない。

「…?」

朔はついに幻聴が聞こえだしたのか、と自分の精神状態に呆れかえった。

もっとメンタル鍛えないと…。

息をついて、意識を幻聴から人間の会話に向ける。

「下だ、下!」

すぐさま聞こえたのは、必死な声。

朔は反射的に下を見つめた。

「小さいからってバカにするなよ、人間!」

そこには、美しい毛並みの白い猫が、二又の尾をぴんと立たせて座っていた。

「…奥山に、猫またといふものありて、人を食ふなる」

最近習った、昔の話。

朔は、もう思い出すこともないだろうと思っていた徒然草の一編を、はっきりと口に出していた。





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