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朔望の月  作者: お春
8/13

小さな願い

今回ちょっと短いです(´Д`)

漆黒の髪が、彼女の白い柔肌を覆う。

急に変わった場の空気に、朔は居心地の悪さを感じた。

「りつ…?」

麻之助が、眉をひそめる。

「…」

りつの唇は固く閉じられたまま。

彼女はだんまりをきめこんでいる。

あまり我儘を言われた事がないのだろうか、麻之助は見て取れる程困惑していた。

「りつ、帰らないと」

「…」

焦りからか、何回もまばたきをする麻之助。

それをじっと見据えるりつの瞳は、怖いくらいにしっかりとした意志を灯していた。

彼女が一体なぜこんな事を言い出したのかは朔にも、他の誰にも計りかねなかった。

「…りつ」

「…嫌です」

りつは首を振り、麻之助の話を聞こうともしないで抵抗の意志を見せる。

兄妹内の事なので、なるべく口出しはしたくない。

冷え切った部屋の中で、2人を見ることしかできない朔はそう思った。

まぁ、自分がどうこう言うことでもないけどね…。

「りつ。理由を、教えて」

麻之助が、段々と重苦しくなりつつある空気を破るように、にこりと微笑んだ。

大人の対応をとった兄に、さすがのりつも、反応を示した。

色の薄い、小さな唇がもごもごと動く。

「…りつは…朔さんや結衣子さんと、もっと一緒にいたいのです…」

発せられたのは、小さな願い。

それを必死で掴み取ろうとするかのように、彼女は着物をしわにする勢いで握りしめる。

そのうち、強気だった彼女の目が、みるみるうちに潤んでいった。

見かねた結衣子が、りつの背中を優しくさする。

朔は何もできなくて、りつの今にもこぼれそうな涙をじっと見るしかなかった。

「寂しくて、ずっと親しくできる人が欲しくて…。だから、りつは…」

表面張力がはじけて、涙が落ちる。

その中の一粒が、畳へと吸い込まれていった。

途端に、胸が締め付けられるような気持ちに襲われる。

…何この感じ。

自身の瞳にも生温い液体がこみ上げて、溢れかえりそう。

もらい泣きなんて、したことないのに…。

朔は誰にも気付かれないように、乱暴に袖で拭いてから、一回だけ鼻をすすった。

「…」

静けさだけが支配する部屋の中で、りつの嗚咽がやけに鮮明に聞こえる。

「…わかった」

それを壊すように、麻之助の落ち着き払った声が通った。

彼は妹の側まで移動すると、顔にかかる髪をかき上げ、頬に流れる涙を拭った。

「城までの道のりが、りつにとって危ないものじゃないか、おじいさんに聞こう」

妹を危険な目にあわせたくない兄の思い。

ひしひしとそれが伝わってくる。

一人っ子の朔は、少しだけそれが羨ましく思った。

同時に、赤い目をしたりつを見て、朔はまた泣きそうになった。

どうしたんだ、自分。

わけがわからなくなってまたゴシゴシと拭いたら、凄い目が痛くなった。

…もうやだ。

「…話は終わったか」

「あっ」

その場にいた5人は、ぴったりと息を揃えた。

いつの間に帰ってきたのだろうか、おじいさんが扉の前で腕組みをして立っている。

それを見て、りつは涙を隠すように袖口で顔を覆った。

「すみません、お待たせして」

「いや、今来たところだ。気にするな」

おじいさんは、手に持った一枚の地図を朔と結衣子の前に差し出した。

文字が書いてあるけど、全く読めない。

かなり古い地図なのか、茶色くなって傷みも激しい。

が、これがあれば少しでも早く帰ることができる。

朔は心の底から喜んだ。

「城まではかなり遠い。1日2日では到底たどり着けないだろう。…少年、しっかりとこの2人を守れよ」

そう言ったおじいさんのお面のような顔が、笑みで柔らかくなる。

それは何ともいえない違和感をかもし出して、朔は戸惑った。

「はい」

少年、と呼ばれたまひろは気にするでもなく返事をする。

ふいにその目が、朔とぶつかった。

よろしく、とでも言い出しそうなまひろの視線。

朔はどうしてかそれに耐えきれず、即座に目をそらしてしまった。

目どころか、顔までも。

まひろはそれについては、何も言ってこなかった。

やっぱ苦手…。

まひろから目と顔をそらしたままの状態で、心の奥底で呟く。

…嫌いじゃないんだけど。

優しそうな彼は、むしろ朔にとって関わりやすい人種だ。

実際、友達として長く続くのも、こういった人。

結衣子は例外だけど。

とにかく、まひろは朔的には好印象なはずなのだが。

どこか裏のあるような気がしてならないのは、どうしてだろう。

「朔?どうしたの、具合悪い?」

「え」

結衣子に顔をのぞき込まれて、慌てて思考を打ち消す。

「あ、うん。大丈夫」

なるべくまひろを見ないようにして、朔はへらっと笑った。

「明日が出発だろう。向こうに布団を用意したから、今日はもう寝なさい」

「ありがとうございます」

地図を渡され、朔は礼を言ってそそくさと立ち上がった。

まひろとの微妙な空気も嫌だったし、何より足がパンパンだ。

早く寝たい。

その欲求だけが、朔を支配する。

「結衣子、りつちゃん、行こう」

膝立ちの結衣子と、正座のりつに声をかける。

「うん。…りつちゃん?」

りつは、声をかけても微動だにしなかった。

結衣子が、どうしたの、とりつの肩に手をやる。

「…城に、行ってもいいですか」

結衣子の手が、肩を掴めず空をさ迷った。

麻之助が、目を丸くして何度もまばたきをする。

それは、あまりにも唐突な出来事だった。

兄に頼るでもなく、自分から。

りつは、またあの強気な瞳に戻っている。

「…」

さっきとは違う沈黙。

その中でおじいさんは、またあの違和感の塊のような笑みを見せた。



朝。

こうして暗闇に包まれていると、何だか自分が凄く早起きをしたような気分になる。

空を見上げれば、ピンクの月と点々と散らばる金平糖。

それが、異世界への不安と淡い期待を思い出させる。

初めのような驚きは薄れたが、まだ慣れずにいる。

月の方は、少しだけ形が変わっているような気がしなくもない。

三日月も楕円の月も、各々が新月と満月に近づいているようだ。

どうみても金平糖にしか見えない星は、色とりどりありすぎて変化は見ただけではわからなかった。

「おはようございます」

窓を開けて外を眺めていた朔に、背後から声がかけられる。

「おはよう、りつちゃん」

こうやって丁寧に挨拶をしてくるのは、この部屋にはりつしかいない。

朔は後ろを振り向くのが億劫になって、外に目をやりながら挨拶をした。

「…朔さんは、私のことがお嫌いですか?」

「え」

誤解されてしまった。

朔は違うといいながら、振り返る。

「良かった。こっちを向いてもらえました」

ほっ、と息をつくりつを見て、最初から誤解はなかったようだ、と朔は悟った。

なんだ。

振り向かなくてもよかったんじゃん。

そう思っても朔は、りつから目を離せなかった。

「これから、よろしくお願いしますね」

小さな願いの叶った、幸せそうな彼女の笑顔を見ていると。






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