紫の森
アクセスありがとうございます(^-^)
アリス、という設定はどこへ行ったのやら…。
すみません(´Д`)
深く蒼い森は、昨日見た時よりもかなり暗く見えた。
その森を、月が淡い紫色で染めている。
光の屈折が関係しているのか、ただ単にこの世界だけにおきる事なのか、一介の高校生である朔にはさっぱりわからなかった。
…とりあえず、ピンクの月は紫の光。
朔は自分で勝手に納得し、もう一度森を見た。
「真っ暗…」
結衣子がそう呟く。
確かに、森には光源となるものが何もないし、それを見て彼女が怯えるのはなんの疑問も持たない。
たとえそれが、朔の服を伸ばす勢いで強く引っ張っていたとしても。
「ここからは危ないので、私の後ろについてきて下さいね」
麻之助が、3人を後ろに並ばせて前に立つ。
そして、懐から何かを取り出した。
「それは…?」
「これは、月光草といいます。月の光を吸って輝くんです」
結衣子に月光草が向けられる。
スズランに似た花の付き方をしていて、小さな花たちはまだ全てが蕾だった。
結衣子はそれに愛でるような視線を向ける。
かわいい、と彼女の声が聞こえてきそうなくらいの微笑みで。
すると、まだ蕾だった花が彼女の鼻先でゆっくりと開きだした。
「咲いた…」
「月の光がたまったのでしょう。さ、道はかなり長いので覚悟して下さいね」
ぼんやりとした光を放つ月光草を持ち直し、麻之助が仕切る。
「行きましょう。朔さん、結衣子さん」
そのまま先に行ってしまった麻之助の代わりに、りつが2人をうまく森に誘導する。
朔はそれに応えるべく服を引っ張る手を振り払うと、逆に結衣子の手を掴んだ。
「結衣子、行くよ」
朔はほとんど彼女を引きずるようにして、森へと足を進めた。
森は暗いけど、怯える程じゃない。
確かに、鳥や動物の木々を揺らす音を聞けば若干ドキリとはするけど。
「朔…。今だから言えるけど、私お化け屋敷とか駄目な方なんだよね」
「入ったことない」
「…あと、ホラーの映画とか」
「…見に行ったことないし」
友達のいない自分が、お化け屋敷や映画に行ったことがあると思ってるのか。
自慢じゃないけど、産まれてこのかたそういう所には行ったことないから。
「…本気で言ってる?」
「まぁね」
結衣子は怯えを忘れ、唖然とした表情をさらした後、1つ大きくため息をついた。
いや、つかれる意味がわからないんだけど…。
「朔…。今度、絶対一緒に行こ」
…は?
目の前で笑う結衣子。
…今、なんて?
「聞いてる?」
「う、うん」
朔は結衣子の言葉が信じられなかった。
それは、帰っても友達続行って事…ですか?
心の中に生まれた疑問を上手く口に出せなくて、朔は必死の思いで飲み込む。
「じゃあ、決まりね」
結衣子のその言葉に、朔は何だか顔が熱くなっていく感じがした。
「朔さん、良かったですね」
朔の気持ちを察したのか、りつが声をかけてくる。
「あ、うん、ほんと…」
あれ?
彼女の瞳を見た朔は、ある違和感を感じた。
潤みを含んだりつの瞳が、深い青色をしている。
一瞬見ただけじゃわからないくらい、黒に近い青色。
「…朔さん?」
じっと見つめられるのが気持ち悪く感じたのか、りつが遠慮がちに見つめ返してくる。
「朔、あんた何してんの」
「え、いや、りつちゃんの目が青いなって思って」
結衣子に尋ねられ、思った事を口に出した。
その時だった。
明らかに、空気が変わる。
それは、りつ本人だけでなく、麻之助も。
ほんわかとしていた雰囲気が、一気に崩れてなくなった。
「あ…」
りつが朔と結衣子から逃げるように背を向ける。
…言わなきゃよかった。
めんどくさいなぁ。
例えば、クラスメイトが自分の悪口を言ってる所に出くわした、みたいな。
そんなどちらも負い目を感じてしまうような空気を破ったのは、意外にも麻之助だった。
「あぁ、その、りつの目はこの月の下では青がかって見えるんです」
「…そうなんですか」
何かを隠しているような、そんな喋り方。
それでも、朔は詮索しなかった。
もちろん、面倒だから。
「青い目って、フランス人形みたいだよね」
結衣子がフォローをかける。
「…フランス?」
耳慣れない言葉に、りつが興味を持ったのかこっちを向いた。
…やっぱり青いよなぁ。
しばらく歩いた後、4人は休憩することにした。
かなり早歩きだったらしく、すでに残すは3分の1ほどになっている。
「ねぇ朔」
「なに」
大きな石の上で座って休んでいた朔に、結衣子が話しかけた。
何やら、森の奥を気にしている。
「あれ…なんだろ」
「?」
結衣子が指差す先を見てみれば、周りにある木々の中でもひときわ大きい木の向こう側から、何か茶色いものがのぞいている。
「ね、行ってみない?」
「…やだ。危ない」
目をきらきらさせる結衣子に、朔は冷たい目を向ける。
疲れたから、動きたくないのもあるけど。
「…」
にらめっこ状態で固まる2人は、どちらからともなく顔を背け出す。
「…行かない?」
「うん」
「…」
その場に無言の圧力がかかりだす。
外なんて全然出ないツケが回ってきたのか、足が痛い。
これに負けたら、行かざるを得なくなるから負けないように結衣子をにらみつける。
…が。
「わかった」
こうやって、意地を張り合うのもバカらしくなった。
パッと見て、パッと帰ってこよ。
麻之助とりつは何やら話し合ってるし、いまがチャンス。
「じゃ、いこ」
結衣子が、渋々と立つ朔を後ろから押す。
…私先頭なんだね。
別にいいけどさ。
ぶつぶつ文句を言いながら、朔は大木に近づく。
さすがに何がいるのかわからないから、慎重に、慎重に。
「朔、早く行ってよ」
「待って…うわっ!」
慎重になっていた朔の身体が、思いっきり前に投げ出される。
足元を気にしなさすぎて、転んだ。
なんつーベタな。
…いや、やばいよ。
危険な動物とかだったら、瞬殺だよ。
どうすれば…。
そう考えているうちにも、朔はしっかりとそこに飛び込んだ。
「朔!」
「っつう…」
顎打った…。
考えるばっかりで受け身もとれなかった朔は、ひりひり痛む顎をさすりながら、上を見上げる。
逃げなきゃ。
とりあえず、逃げ…ん?
「…人?」
色素の薄い茶色い髪と目。
自分よりもかなり白い肌。
薄い唇は驚きで開かれている。
どっからどう見ても、人…だよね。
「朔、大丈夫!?」
「うん、まぁ」
結衣子がせかしたんでしょ、と朔は呟き、そのまま座り込む。
「…顎、平気?」
隣で座っていたその人が、心配するそぶりで顔をのぞき込んでくる。
ほんとに人だ。
朔は今更ながらその事に驚いた。
見間違いじゃなかった。
「…あ、はい」
「さ、朔。その人だれ?」
今まで気づかなかったのか、結衣子が驚きと警戒心を露骨に見せる。
…知らない人に見つめられれば、ちょっと気が引けるけどさぁ。
結衣子は、それはやりすぎじゃないかってくらい気を引いている。
ついでに身体も。
「僕は、まひろ。…君たちも迷い込んだんだね」
まひろ、はゆっくりと立ち上がる。
同い年ぐらいだけど、背は高い。
「…え」
思わせぶりな彼は、もしかしてあの穴のことを何か知っているのか。
朔は尋ねようと口を開く。
「何があったんですかっ?」
そこへ、慌てた様子で麻之助とりつが駆け寄ってきた。
「あ、えっと…」
結衣子が言葉を濁す。
そりゃあ、無断だから言いにくいよね。
謝っておけば大丈夫だと思うけど。
朔は、後で謝ろう、と心の中で留めておく。
「結衣子さんの声が聞こえたので来てみたんです。…その方は?」
着物はかなり走りにくそうなのに、りつは少しも息を荒らげていない。
「この人は…」
朔は説明しようと立ち上がる。
が、彼は朔の言葉を遮った。
「…僕は、まひろと言います」
そう言ったまひろは、その顔つきによく似合う優しい微笑みを見せた。
「まひろ…」
りつが確認するように、名前を反復する。
それが、彼との出会いだった。