形勢逆転する瞬間
遅くなってすみません(゜Д゜)
誤字脱字など
教えていただければ幸いです(^^)
白いもやは、速度を変えることなくゆっくりと通り過ぎていく。
純白の世界に、ぽつりとたたずむ2つの影。
その場に立ちつくしたまま、影の主は長い間にらみ合っていた。
「…」
まるで彫刻になってしまったかのように、身じろぎ一つもない。
その横を、時間ばかりがいたずらに過ぎていく。
残るのは、痛いほどの空気だけで。
「…」
どうしても引き下がれない。
無言のなかに、そんな思いがちらつく。
「…どうしてだ」
ふいに、ミルの口が動いた。
しびれを切らし、イライラしているような口ぶり。
「…悪いけど、帰らないといけないから」
そのイライラをまっすぐに受け止めた朔は、ゆっくりと顔を上げた。
痛い…。
ミルと視線をあわせるのには、首の痛みが伴うことを今知った。
「…ちょっとくらい、人助けしろよ!」
人じゃないじゃん。
「おい、聞いてるのか!」
「聞いてるけど」
「じゃあ」
「無理なものは無理」
「ぐっ…」
テンポよく進んだ会話が、いったん切れる。
朔は協力できないことを謝ろうと、しゃがみこんだ。
2つの視線が、ぶつかり合う。
「っ…」
それに耐えきれなかったのか、ミルは向けていた瞳をそっとおろした。
「一番頭の弱そうな人間を選んだはずなのに…」
おい。
心の声、でちゃってるけど。
朔はやるせなくなった気持ちを抑え込んで、ミルの鼻先に顔を近づけた。
「残念でした。もっと心の優しい人にすればよかったのに」
でたのは、謝罪ではなかった。
手伝う気はない、という意思表示。
「なんだよ、鬼!アクマ!」
「はいはい」
なんと言われても、意志を変えるつもりはない。
謝る気持ちも、どっか行きましたけどね。
朔は文句を言ってくるミルを軽くあしらって、立ち上がった。
むしろこんな風にけなされれば、やる気も起きなくなるだろう。
朔は勝手な理由をこじつけ、呆然とするミルの横をゆるりと通り過ぎた。
歩いているうちに、ミルもあきらめて夢から出してくれると思うし。
「おい、待て人間!」
呼び止めようとしているのか、後ろでミルが声を張り上げる。
さすがにちょっとかわいそうになって、朔は足だけをぴたりと止めた。
「…なに」
「…本当に、だめなのか?」
背中に投げつけられる言の葉は、真剣そのもの。
朔はそれに後ろ髪を引かれたが、首を縦に振った。
多分あの森の中で、自分たちがまひろと一緒にいたことは妖姫様とやらにばれているだろう。
どんな理由があるのか知らないが、彼が追われているのは事実なのだ。
城にたどり着くのが遅くなれば、最悪自分たちも罪人扱いになってしまうおそれもある。
一刻も早く、妖姫様の誤解を解いて帰らないといけないのだ。
…まぁ、妖姫様が物わかりのいい人じゃなきゃ意味ないんだけど。
「…ごめん」
だからやっぱり、人助けしている時間はどこにも…。
「おまえら、本当に仲間か?」
「…え?」
急な話の変わりように、頭がついていけない。
朔は疑問を浮かべて素早く振り向いた。
仲間?
…結衣子たちのこと?
「…オレは、おまえの仲間の秘密を一つ知ってる」
…秘密?
もしかして。
ある1人の顔がよぎる。
「…まひろの、こと?」
「オレは、一目見ただけでわかったぞ」
ニヤリ。
そんな表現が似合いすぎるくらいに、ミルは笑う。
猫が笑うのもなんだか不気味。
でも、秘密って…。
「知りたいか、人間?」
勝ち誇ったようにミルが朔に近づいてくる。
形勢逆転。
…って言うの、これ?
「…知りたいけど…」
「なら」
さっきまでの悲しそうな顔はどこへやら。
ミルは自信に満ちあふれたのを象徴するかのように、尾をたたせた。
「手伝ってくれるよな」
にゃあ。
勝ち誇ったような、そんな鳴き声。
天秤にかければ、やっぱり秘密に傾くわけで。
朔はこれから始まる厄介事に、深い深いため息をついた。
「…ん」
うっすらと開かれたまぶたの向こうには、心配そうにこちらを見つめる顔。
そして、ぼんやりとした頭の中に響くのは。
「朔!」
「…結衣子?」
まぎれもない、たった1人の友人。
ぼんやりと揺らめく光の中の彼女は、どこか儚げで。
朔は無意識のうちに、結衣子の手を握っていた。
「よかった、いきなり倒れたから。心配した」
握り返される温かみを、朔は気づかれないようそっと離した。
「あ、うん。ありがと…。あはは」
ただ眠たかったから、とは口が裂けても言えない。
朔は歯切れの悪さを笑ってごまかすと、結衣子からそれとなく目をそらした。
心の中でしっかり謝っておこう。
ごめん、本当にごめん。
「朔さん、体調はどうですか?」
結衣子の後ろからひょっこりと顔をのぞかせたのは、りつ。
結衣子が壁になって全く見えなかった。
その手には、氷のうが握られている。
「大丈夫だから、気にしないで」
さすがに、ここまで心配されているとなるといくら何でも良心が痛む。
朔は元気さをアピールするかのように、腕を曲げてガッツポーズを決めた。
「そうですか。…じゃあ、これ返してきますね」
安心したのかりつは立ち上がり、氷のうとともに部屋を出ていった。
鈴音ちゃんに借りたんだ、あれ。
「…そういえば、ここは?」
布団が横に2つ並んでいる。
「鈴音ちゃんが案内してくれたところ」
「…今、何時?」
「…わからないけど、夜中じゃない?もうみんなとっくに寝てるよ」
「あ、そう…」
会話がとぎれる。
…なんか、怒ってない?
「…あんた、ねむかっただけだよね?」
図星。
的確なところを突かれて、朔は押し黙った。
「…」
返す言葉も見つからない。
なぜそれを、なんておどける事もできない。
「…ごめん」
結衣子のお咎めから逃げるように、朔はうつむいた。
「だからそこは否定しなよ…」
「…りつちゃんは」
「気づいてないよ。熱があって倒れたと思ってるみたいだった」
そっか。
悪いことしちゃったかな。
「まあ、無事で何よりだけどね。明日も朝早いから、私ももう寝る」
「あ、そのことなんだけど…」
布団に入ろうとした結衣子に、朔は思い切って夢のことを告げた。
「…」
結衣子のまばたきが、見るからに多くなっている。
怒っているわけではなさそうだけど、快く承諾しそうな雰囲気でもない。
「…つまり、鈴音ちゃんを助けるってこと?」
「そういうことです」
短い話が終わって、朔は水分の足りなくなったのどを潤すようにごくりと唾を飲み込んだ。
結衣子はしばらく考え込むように目を閉じていたが、やがてゆっくりと開いた。
「その秘密って言うのが、何なのかわからないんだよね?」
「うん。誰のことかも教えてくれなかった」
「…」
まひろのことだと思うけど、と朔は付け加える。
静かな部屋。
時計も何もないため、物音1つしない。
ちょっと息苦しくなって大きく息を吸えば、思ったより大きな音になった。
なんか恥ずかしい。
それでも結衣子は口をつぐんだまま、何も言わない。
地味な緊張感。
「…まひろくんね、わかった。明日の朝、麻之助さんに相談してみよう」
結衣子はそれをぶち壊すかのように微笑んだ。
「…ありがとう」
よかった。
結衣子の笑顔を見て、朔も心が柔くほぐれていく。
まず彼女を説得しないと、次に進めないからね。
朔はまひろのことよりも何よりも、まずは結衣子を帰すことだけをひたすらに考えていた。
友達。
たった1人の友達。
大切にしなきゃいけない存在。
その人をまきこんだのは、自分なんだから。