人なし村の猫
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もう一つ連載している小説もよければ読んでみて下さい(^-^)
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美しい和柄のカードが、無惨にも破かれる。
それはまるで桜の花びらのように、儚く散り落ちていく。
「わらわにたてついた罰じゃ」
散りゆくその向こう側には、赤い目をした女が1人いた。
腰元まである細くしなやかな黒い髪、白い肌は雪のよう。
そして血のような真っ赤な唇が、白の上で自身を主張する。
女は美しい。
ほんの少しつり上がった目は気の強さを表して、高い鼻も、形の良い唇も誰もが見とれるような妖艶さを醸し出している。
「よ、妖姫様…」
引きつった声。
それには、仲間を簡単に破り捨てた彼女へのごくわずかな怒りを含んでいた。
普通なら全く気づかないような、小さな小さな怒り。
「なんじゃ。お前もたてつく気か?」
赤の瞳が、カルタ衛兵に向けられた。
カルタ衛兵はひいっ、と声を上げて首をぶんぶんと振る。
「そうかそうか。…お前も死罪じゃ」
「えぇっ!」
「わらわにたてつくな」
そう言って立ち上がる。
彼女には、怒りが見えていた。
それを知ったカルタ衛兵には後悔する時間も、与えられなかった。
複製のきくカルタ衛兵などの彼女の造った者は異世界にとばさず、自らの手で処分する。
妖姫は直々に、怯える彼に身を寄せた。
薄い身体へ、華奢な手がかけられる。
「さようなら」
彼女の言葉とともに、死罪を宣告されたカードは破られた。
無情な音が、周りの者に恐怖を植え付けていく。
再び花の如く散るそれは、妖姫に恍惚という感情をもたらす。
殺すことに躊躇のない、その冷酷非情さ。
周りの者が畏怖の念を送るのも知らず、彼女は口角をもたげた。
「朔、何言ってるの?」
結衣子が顔をひきつらせる。
「徒然草の第八十九段ですね」
麻之助は知っていることが常識だといわんばかりのなんの躊躇いもない笑顔。
「いや、ここに、猫…」
「猫って言うな、人間ごときが!」
なんか嫌なんだけど、この猫。
「あ、ほんとだ」
結衣子が、猫に近づいてのどを撫でる。
人間ごとき、と言ったのもお構いなしだ。
聞こえなかったんだね、たぶん。
猫は嫌がりもせず、気持ちよさそうにゴロゴロとのどを鳴らし始めた。
さっきまでの上から目線はどこへやら、可愛らしい表情を見せている。
「…んにゃ!やめ…くはっ」
「かわいいね、この子」
結衣子が誰に向けるでもなく言う。
「そ、そうですね」
そう答えたのはりつ。
しかし、一向に近寄らないのは猫が苦手だからだろうか。
「にゃー…」
猫は完全に幸福に満ちあふれている。
ついでに結衣子も。
朔は、ちょっとの好奇心にかられて、猫に触れようと屈んでみた。
「ミルー?どこにいるのー?」
「ふにゃ!」
突然聞こえたその声のおかげで、残念ながら朔の手は美しい毛並みに触ることができなかった。
残念。
猫はとたとたと、こっちに来る人影に寄り添う。
「ミル、こんなとこで遊んでたの?もうすぐ夜だから、早く帰ろう」
「違う!ほら、そこに人がいるんだ!宿を探してるって」
「え?」
ミル、を抱きかかえた人影の、動揺が暗闇に響く。
「あ、えっと…。とりあえず、うちに来ますか?」
「すいません、ありがとうございます」
ここで断る理由もない。
麻之助はそう判断したのか、小走りになる人影を追い始めた。
「兄さま」
「もう夜になる。ここで捕まるわけにはいかないだろう」
いつもより幾分強張った目つきで、麻之助はきっぱりと言い切った。
たどり着いたのは、神社だった。
大きな鳥居をくぐり、建物の扉が開かれる。
「どうぞ、入って下さい」
せかされて入ったのは、家だろうか。
やはりこの世界では電気ではなくろうそくが主流らしく、彼女は迷うことなく火を灯した。
年期はあるが、掃除が行き届いた質素な部屋。
月明かりではわからなかった人影の顔も、しっかりと見える。
年端も行かない少女、だ。
巫女さんのような服を着ていて、言い方は悪いがコスプレのような感じ。
神社に住んでいるから、コスプレじゃないだろうけど。
とりあえず、可愛い。
「良かった。ミルのおかげで人助けができたよ」
座り込んだ少女は、膝に飛び乗ったミルを優しく抱いた。
「ふん。ただでは泊まらせてやらないからな」
ミルは少女の腕のなかで、ぷい、と顔を背ける。
なんか、ムカつくなぁ。
「ミル、そんな意地悪言わないで。…ごめんなさい、こんなきたないところで。お布団は多分あると思うんですけど」
「いえ、泊めていただけるだけで嬉しいです」
「そう言ってもらえると助かります。あ、私の名前は鈴音です。この子はミル」
鈴音はふっくらとした頬が特徴的で、見るからにいい子そう。
かなり幼く見えたのはそのせいでもあるだろう。
それでも11、12歳くらい。
身長もそれほど大きくないし、もしかしたら年齢はもっと下かもしれない。
「私は麻之助と言います。この子は妹のりつ。それから、結衣子さんと朔さんとまひろくん」
麻之助に紹介されて、朔はみんなに合わせて頭を下げる。
なんだか、ここに来てから礼の習慣がついたみたい。
世渡りには良いことだから、得した気分。
「よろしくお願いしますね」
鈴音が笑う。
紅色の頬が可愛らしい。
「おい、鈴音。腹が減ったぞ」
突然、ミルが催促しだした。
「喋った」
まひろが驚きを口にする。
いや、だから最初から喋ってたって。
朔は声に出さないでつっこむと、慌てて立ち上がる鈴音を見上げた。
「ちょっと待っててね」
彼女は部屋の奥へと消えた。
ミルはそのままちょこん、と鈴音のいた場所に座り続ける。
それから5分ほどして、鈴音は大きな鍋と椀をもって現れた。
その間、ミルは身じろぎもせずただじっとしていた。
どこか緊張した面持ちだったのは、気のせいか。
「すいません、あまり残ってないのですが」
再びミルを膝の上に乗せた彼女は、雑炊を入れた椀をみんなに配る。
「これ、鈴音さんが?」
隣にいたまひろが、思わずといった感じで問いかける。
鈴音は、恥ずかしそうに頷いた。
「はい」
それを聞いて、朔はそっと雑炊を口に運んだ。
…おいしい。
薄味だけど、素材本来の味が生かされている感じ。
温かさも、猫舌の朔にはちょうどいい。
若干の懐かしさを感じるのは、料理が料理だからなのか。
お袋の味、的な。
「おいしいね、朔」
「うん」
素直に答えが返る。
朔は料理を全くしない。
バレンタインも、作ったことないし。
そのため、おいしい料理が作れる彼女に尊敬の眼差しを向けた。
「ありがとうございます」
褒められた彼女は、照れなのか元からなのか、顔が赤い。
もしも妹がいたら、こんな子がいいなぁ。
胃に食べ物が入って眠くなってきた朔は、ぼんやりとそんな事を考えていた。
我ながら自由すぎる気が…。
疲れも相まって、とりとめのない考えがぐるぐると巡る。
眠い…。
ふとその中で、朔はカタカタ、という小さな音が聞こえた気がした。
「…何の音?」
いつもなら普通にスルーしてしまうのだが、今の朔には重要も些末も判断できないほどの睡魔が迫っていた。
「へ?」
結衣子達は聞こえなかったのか、一斉に耳を澄まし始める。
だが、なかなか音はしない。
会話がなくなって、一気に静かになる。
なんだか気まずくなって、ふと鈴音の方に目をやると、彼女は悔しそうに歯をくいしばっていた。
その顔に似合わない、険しい表情。
…なんか悪いことした?
やばい、と思いつつも、それ以上の考えが朔の頭に浮かぶはずがなかった。
普段から人をなだめたりなんてしないのに、この状態では不可能。
絶対無理。
朔は潔く諦めることにした。
「…この村にはもう、ほとんど人がいないんです」
鈴音が、しぼるようなか細い声を発する。
「いるのは、害をもたらす鼠たちだけ」
鼠。
そういえば、来る途中に見た鼠は、この村の方から来ていた。
「朔さんの聞いた音も、きっと鼠が走り回る音です」
床下を鼠が這い回っているのを想像すると、ちょっと気持ち悪い。
「どうして、そんなに鼠が…」
瞳を潤ます彼女に、麻之助が尋ねる。
鈴音のような小さな子にも敬語を使うのが、なんとも彼らしい。
彼女はミルを一撫ですると、憂える睫毛をそっと持ち上げた。
そして、少女特有の可愛らしさを手放して、彼女は大人らしい声で、そっと語り出した。