(黒い瞳孔の悪魔) 過去と後悔
<設定>
ここは、とある場所にある場末のバー。セブン。今日も一人の客がカウンターで美味しくない酒を飲んでいる。一人で飲むのにも飽きてバーテンに絡んでいた。
<ストーリー>
(カウンターで飲んでるアラフォー男がつぶやく。)
西村「あ”~何でああ言わなかっただろう!・・・。」
(男の名は西村光38歳。既婚。一児の父。職無し無職の求職中である。今日はとある市の職員採用試験最終面接だったが明らかに面接に失敗し落ち込んでいた。)
西村「ハア~バーテンさん・・。今日最終面接だったんですがね、全然ダメだったんです・・。頭が真っ白になっちゃってうまく答えられないわ訊かれた質問の答えもわかんなくておどおどするわで・・。まあ質問は”部下マネジメントについてあなたの意見を率直に述べてください”とかだったんですけどね。絶対落ちてるの確実なんですよ・・。面接、私と『山下さん』っていう男性の2人だったんですがね、おそらく私ではなくその山下さんが採用になると思うんです。まあ私もその山下さんなら仕方ないかななんて思うんですけど。緊張してる私に”ここは傾向からセキュリティポリシーについては訊かれるかも”って親切に教えてくれて。なんかいい人もいるんだなって。しかもそれが出たんですよ。おかげで質問1つだけはうまく答えれたんですがあとはさっぱりで。」
バーテン「そうなんですか~。」
西村「昨年子供が生まれたばっかりなのに・・まだ仕事見つかんなくて・・。自分でも情けないですよ。
嫁に合わせる顔が無い・・・。で今日は家にも帰りづらくて寄り道してるわけなんです。」
西村「はあ、このご時世、市の職員なんて美味しい仕事なかなかありつけないチャンスだったのに。」
バーテン「そうなんですか~。」
西村「そりゃそうですよ。この不況の時代、民間企業に比べたら待遇も勤務体系も雲泥の差です。もう募集は当分無いって言ってたし。はあ~逃がした魚はデカイって言いますけどホントですよ。ハア~。」
バーテン「それは残念でしたね。」
西村「せめて今日の最終面接で出る質問が事前に判ってたらなあなあんて・・・ハハ、終わったことを言っても仕方ないんですがね。」
バーテン「そうですね~。」
バーテン「お客さん奥様もお待ちでしょうしそろそろお帰りになられた方が・・・」
西村「そうなんですが・・。でもなんか話聞いてもらって少し楽になりましたよ。じゃ最後1杯。この『黒い瞳孔の悪魔』ってのください。」
バーテン「!!」
バーテン「お客さん・・それはやめておいた方が・・明日もあるでしょうし。」
西村「無職だし明日は無いですけどね。」
バーテン「・・・・・。」
男「ククククク。たしかにたしかに。仕事が無いから明日は気にする必要はありませんよね。西村光さん。わたしはちゃんとそう言える人嫌いじゃないですよ。『後ろを振り返る』のはあまり感心しませんがね。」
西村「えーと、あなたは~?。名前を知ってるってことはどこかでお会いしましたっけ?」
男「クックック。そんなことよりもっと大事な事を話しましょう。西村光さん、あなた過去へ戻りたいのですか?今日の最終面接に。」
西村「そりゃ戻れるものなら・・・家族との生活がかかってますし。でも・・」
(西村は金色の光を見た。)
(時刻は昼。西村は最終面接会場にいた。)
西村「あれ?バーに居たのに!ここは面接会場!どういうことだ!?」
(男が現れる。)
男「私があなたを今日の面接会場にタイムスリップさせてあげたのです。」
西村「え!?そんなバカな!?でも確かに戻ってる。同じ光景だ。あなたは一体何者なんだ!?」
男「西村光さん。考えるより受け入れるのです。チャンスなのですから。」
西村「え!?え!?よく分からないけどダメもとだ。もう一度面接を受けれるということですね!わかりました頑張ります!」
男「理解も必要なようですね。西村光さん。私はあなたに異空間を作り出したわけでは無く過去にタイムスリップをさせたのです。ですからあなたは既にもう一人存在するのです。言わばあなたは未来から来た『第2の西村さん』なのです。そういう意味でこの時間に面接を受ける予定の西村さんは『第1の西村さん』とでも考えてください。」
第2西村「なるほど。」
男「そして気を付けるルールは1つ。第2の西村さん、あなたが第1の西村さんに遭遇すると二人とも消滅します。詳しくは話ませんがネジレの様なものが生じるのです。まあ遭遇しなければ問題ないですよ。クックック。」
第2西村「じゃあ面接の質問内容を事前に『第1の西村』にメモか何かで教えるのは問題無いでしょ?」
男「さすがです。『第2の西村』さん。理解できたようですね。ではご健闘をお祈りしてますよ。クックック。」
(男消える)
(第2の西村は最終面接の前に緊張からトイレに行ったことを思い出した。トイレに最終面接で訊かれる質問と模範解答を書いてそのメモをトイレに置いた。第一の西村が気づく場所に。)
(第1西村がトイレにやって来てメモを発見する。)
第1西村「あ、これは!?今日の面接の質問内容って書いてあるぞ。模範解答まで。関係者が落としたのか?いや、しかしこれはチャンスだ。私に親切にしてくれた山下さんには悪いがこの仕事頂きますよ。だって私には家族の生活があるんですから。」
(そして面接時間となった。第1の西村は落ち着いて面接室に入って行き、第2の西村はモノ陰からそれを見ていた。)
第2西村「よしっ!!これで面接合格間違い無しだ!」
(その時後ろでモノ音がした。例の男だと思い、第2の西村は振り返る。)
第2西村「え!?どうして!!・・・」
(振り返った第2の西村が見たものは・・・。)
(自分だった。自分がもう一人いたのだ。西村同士目が合う。お互い驚く。)
第2西村「お、オレ!?さっき面接室に入っていったのに。」
(男が現れる。)
男「第2の西村光さん。そうです。確かに今見てるのはあなた自身ですよ。さらに未来から来たいわば第3のあなたと言えばお分かりでしょうか。実はですねえ第2の西村光さん、第1の西村光さんはこの面接受かることができなかったんですよ。残念ながら。模範解答のメモをもってしてもね。それで第1の西村さんは後日あのバーにやって来て過去へ戻りたいと。同じ人間だとやはり同じ店に来ちゃうものなのですねえ。クックック。私は説明差し上げたんですよ。第2の西村光さんが過去へ行って模範解答まで渡したことを。そしたら第1の西村さん何と言ったと思います?今度は一緒に最終面接を受けるあの親切な山下さんが面接を失敗するよう妨害工作すると言い出したんです。強力な下剤か睡眠薬か何かでね。でも第1の西村さんと第2の西村さんに気付かれないようにしながら山下さんに接触するにはスキルが未熟過ぎたようですね。しっかり遭遇しちゃいましたから。しかし西村光さんという人は怖い人だ。あの親切にしてくれた山下さんを自分の欲のために落としいれようとするんですからねえ。」
第2西村「そんな!?オレが?そんなの言うはずがない!!でたらめだ!」
男「それが言ってたんですよ。しきりに”家族の生活のため家族の生活のため”とか自分に言い聞かせながらねえ。クックック。」
第2西村「うっ・・・。」
男「さあせっかく西村光さん同士がご対面できたんですからお互い挨拶くらいしたらどうですか?もう会えなくなるんですから。一生。」
第2西村「・・・自己紹介は・・するまでもないですよ・・。会ったことは無くてもね。」
第2西村「もう・・私はもう消滅してしまうんでしょ?自分を見たってことは・・。」
男「その通りです。わたしはちゃんとそう言える人嫌いじゃないですよ。クックック。」
第2西村「どうせもう最後なら教えてください。なんで私は最終面接に受からなかったんでしょうか?!。模範解答まであったというのに。何かまたミスでもしたんでしょうか?」
男「いいえ。」
第2西村「じゃあなんで!?」
男「あなたを気に入ったついでに教えましょう。特別ですよ。クックック。」
男「あなたの最終面接は完璧でした。面接官も驚くほどね。でもさっきわたしが言ったでしょう?”あなたはこの面接受かることができなかったんですよ”とね。」
第2西村「どういうことですか?!言っている意味がわかりませんよっ!」
男「クックック。だから言葉の通りです。あなたは何をやったとしてもこの面接受かることは不可能だったのです。要はこの面接、『出来レース』だったんですよ。クックック。あの親切な山下さん。あの人はこの市の超有力者の甥っ子なんです。だから面接で聞かれる内容も全て知っていた。まあ何を答えても採用は決まってるんですがね。クックック。山下さんは緊張ガチガチのあなたを見て哀れに思い、一つだけ問題を教えてあげたという訳です。たしかに親切な山下さんですよね。ククククク。」
第2西村「そんなぁ!!」
男「おっと、それでは消滅してしまう前にあなたの魂頂いておきましょうか。クックック。失礼しますよ西村光さん。」
第2西村「ぐわっ!!」
(直後、西村光は消滅した。)
男「西村光さん。だから最初に言ったでしょう?”『後ろを振り返る』のはあまり感心しませんがね”と。」
(終わり)