森の調査③
今日もう一話上げます!
日が傾き始めていた。
森の光は昼より早く消える。木々が重なり、空が狭くなるからだ。枝の隙間から落ちる光もすでに弱く、森の奥は暗くなり始めている。
探索者が立ち止まった。
『今日はここで野営だ』
少し開けた場所だった。
倒れた木があり、その周囲だけ地面が比較的平らになっている。落ち葉は多いが、視界は少し広い。
新人たちは荷物を下ろした。
『ここで寝るのか』
『街に戻らないんですね』
『暗い森を歩くほうが危険だ』
探索者は周囲の木々を見ながら続ける。
『焚き火を作る、見張りは交代制だ』
森の空気は冷え始めていた。昼間は気にならなかったが、日が落ちると湿った冷気が体にまとわりつく。
ガルドが枝を集めながら言う。
『森って夜こんな寒いのか』
『木が日光を遮るから地面が冷える』
『なるほどな』
焚き火が作られる。
火が入ると乾いた枝が弾け、小さな火の粉が夜に浮いた。炎が揺れる。周囲の木々が赤く照らされ、影がゆっくり動く。
リナが火を見つめていた。
『なんか不思議ですね』
『何がだ』
『昼は森だったのに、夜は別の場所みたいです』
『夜の森は別物だ』
『昼の動物と夜の動物が違う』
『夜に出る獣もいるってことか』
『多い』
森の奥から虫の声が聞こえ始めていた。昼には少なかった音が、夜になると増えてくる。
だが鳥の声はまだ少ない。
『変異体って夜も動くのか』
『関係ない』
『昼も夜もか』
『腹が減れば動く』
焚き火の炎が揺れる。火の粉がひとつ、夜へ飛んだ。
レンは焚き火から少し離れた場所に座っていた。
暗い森を見ている。風が弱く流れた。森の匂いが動く。
湿った土、枯れ葉、動物の匂い。そして、かすかに重い匂い。
レンは視線を森の奥へ向ける。
「……いるな」
ミルクが小さく反応した。
『何がだ』
「獣だ」
『どこだ』
「遠い」
森は静かだった。虫の声だけが続く。
『俺には聞こえない』
「音じゃない」
『匂いか』
レンは少し考える。
「空気だ」
『空気ってなんだよそれ』
「説明しにくい」
焚き火の火が弾けた。
小さな火の粉が舞う。
そのとき。
森の奥で何かが動いた。パキッ。乾いた音が響く。
全員が顔を上げた。
『聞こえたか』
『枝だ』
『獣だな』
探索者は暗い森を見ている。
『距離はある』
『近づいてくるか』
『まだ分からん』
森はすぐに静かに戻った。だが焚き火の外は完全な闇だ。光が届くのは数メートルだけ。その先は黒い壁のように見える。
リナが声を落とす。
『なんか……怖いですね』
『夜の森はそんなもんだ』
『見えないってこんなに嫌なんですね』
『慣れる』
ガルドが欠伸をする。
『慣れるもんなのか』
『探索者は慣れる』
焚き火の炎がゆっくり揺れる。影が木々を這うように動いた。見張りの順番が決まる。
『最初は俺とミルクだ』
『了解』
『新人は休め』
ガルドが地面に転がる。
『俺はすぐ寝れる』
『図太いですね』
『森でも街でも寝れるのが取り柄だ』
焚き火の音だけが続く。レンはまだ森を見ていた。
「近いな」
『同じこと思ってた』
「音が少ない」
『虫はいるが獣がいない』
「逃げてる」
『大きいのがいるな』
焚き火の外で風が動く。森の奥、暗闇の中。
巨大な影がゆっくり歩いていた。重い蹄が地面を踏む。落ち葉が沈む。
黒い体毛。太い背中。曲がった牙。あきらかにただの猪ではないそれは鼻を動かす。空気を嗅いでいる。
焚き火の匂い。人間の匂い。
その影は少し止まり、森の奥から焚き火を見ていた。炎が揺れる。
人間たちは気づいていない。影はゆっくりと歩き出す。距離はまだある。
だが一歩ごとに近づく。
夜の森は静かだった。
そしてその静けさの中で、
巨大な獣だけがゆっくり動いていた。
※この小説は作者の完全な自己満です。




