表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雪うさぎの、星ひろい

作者: 星渡リン

 冬の夜は、空まで息をひそめます。

 しん。

 しん。

 その「しん」の中に、きらきらが住んでいるのを、ミオは知っていました。


 街灯の下では、雪がふわふわ舞って、金の粉みたいに光ります。

 窓ガラスの霜は、銀のレース。指でそっとなぞると、さらり、と消えて、かわりに指先がちょっとだけ冷たく光る気がします。


「今夜は、きらきらが多い夜だねえ」


 ストーブのそばで、おばあさんが笑いました。

 湯気の立つお茶から、みかんの匂いがします。あったかい匂いは、冬の夜の魔法です。


 ミオは窓に額をくっつけて、外を見ました。

 雪は静かに降っていました。

 その雪が、街灯の光をつかまえて、ひとつひとつ、小さな星みたいに瞬きます。


「明日、雪うさぎ作っていい?」


「いいよ。耳は長めがかわいいよ」


 おばあさんの声は、毛布みたいにやわらかい。ミオはうなずいて、早めに布団に入りました。


 ――そして、次の日。


 公園のベンチの上に、ちいさな雪うさぎがいました。

 まっ白なおなか。まるい背中。

 目は黒い木の実、鼻は赤い実。

 耳はぴん、と立っていて、先っぽだけ、銀色にきらり。


「わあ……!」


 ミオがしゃがむと、雪うさぎの耳が、きらり、きらり、と光りました。

 それは太陽の光じゃありません。冬の空気の中で、雪が自分で光っているみたいでした。


 ミオが「こんにちは」と言おうとした、そのときです。


 雪うさぎが――ぴょこん、と動きました。


「えっ」


 ミオが目をまんまるにすると、雪うさぎは、もう一回。

 ぴょこん。

 ぴょこん。


 そして、小さな声が聞こえました。耳じゃなく、胸のあたりで聞こえる声。


『こんばんは。ミオ』


「……しゃべった!」


『しーっ。星がびっくりして逃げちゃう』


 雪うさぎは、ふわふわの前足で口のところを押さえるまねをしました。

 ミオも慌てて、口を両手で押さえます。


 雪うさぎは、ちいさな袋を見せました。

 布の袋なのに、中がふんわり明るい。まるで、夜の灯りをしまってあるみたい。


『これ、星ひろい袋。今夜、星が落ちる。落ちた星は朝までに拾わないと、雪にまぎれて消えちゃうんだ』


「星が……落ちるの?」


『うん。冬の星は、軽いからね。さむい夜は、ぽろっと落ちる』


 ミオは空を見上げました。青い空。昼の空。

 星なんて、見えません。


 でも、雪うさぎの耳の先が、きらり。

 きらり。

 「ほんとだよ」と言っているみたいでした。


『今夜、いっしょに星ひろい、しよう』


 ミオの心が、ぱあっと明るくなりました。

 わくわくが、胸の中で小さな花火みたいに、ぱちぱち。


「うん!」


 雪うさぎはうれしそうに、ぴょん、と一度だけ跳ねました。


    ◆


 夜。


 外へ出ると、空気が「きゅっ」と音を立てるくらい冷たかった。

 でも、雪はやさしく降っていました。

 街灯の光が雪に当たって、星くずが舞っているみたい。


 ミオは厚い手袋をして、雪うさぎ――ユキのあとを追いました。


『星が落ちるのはね、「きらきらの道」』


 ユキは言いました。


『街灯の下。凍った水たまりのそば。神社の鈴の下。そこは、光と音が集まるから』


 ミオはうなずいて、耳をすませました。


 しん。

 しん。

 雪の音だけ。


 ……その奥に。


 ちりん。


「今の!」


 ミオが小声で言うと、ユキは耳をぴん、と立てました。


『うん。あそこ』


 街灯の真下の雪の上に、ちいさな光が落ちています。

 点じゃない。光の粒。

 近づくと、ふわ、と動いて、また、ちりん、と鳴った。


『目で追うと逃げるよ。息を止めて、耳で探して』


 ミオは、すう、と息を吸って。

 ――止めました。


 しん。


 ちりん。


 音のほうへ、そっと手をのばす。

 手袋の上からでも、光があったかいのがわかりました。


 ぽん。


 星が、ミオの手のひらに乗りました。

 雪みたいに冷たいはずなのに、ほんのり、ぽかっと温かい。


『それ、袋へ』


 ミオが星ひろい袋を開けると、中からふんわり光がもれて、手袋の毛がきらきらしました。

 星を入れると、袋の中で「ふわっ」と光が広がります。

 みかんの匂い。ストーブの匂い。毛布の匂い。

 あったかい匂いが、夜の冷たさを少しだけやわらげました。


「すごい……!」


 ミオは笑いそうになって、慌てて口を押さえました。

 笑い声は、星をくすぐって逃がしてしまいそうだったから。


 それから、ふたりは星を拾いました。


 ちりん。

 ちりん。

 ちりん。


 拾うたび、雪がきらきらし、息が白く、白い息の中にも小さな光が混ざりました。

 ミオの吐く息は、ふわっ、と広がって、粉雪みたいにきらり、と消えます。


 ユキの耳の銀色も、だんだん明るくなりました。

 耳の先が、星のかけらみたいに光って、ユキは雪の上に小さな光の線を引くように走ります。


「ユキ、耳、すごい!」


『へへ。星が集まると、ぼくも元気になる』


 ミオは袋をそっと抱えました。

 光の袋は、あたたかくて、胸の中まであたたかくなる。


 ……でも。


 空の端から、灰色の雲が、ゆっくり近づいてきました。


 ふわ。

 ふわ。

 雪が、少しだけ強くなる。


 空が、暗くなる。

 星の音が、遠くなる。


「雲……?」


 ユキが、ふる、と震えました。

 耳の光が、ちょっとだけ弱くなります。


『だめ……泣きむし雲が来た。星をかくしちゃう』


 ミオが星ひろい袋をのぞくと、集めた星が――少し小さくなっていました。

 さっきまでふわふわ光っていたのに、しゅん、としぼんでいく。


「どうして……?」


 ユキは小さな声で言いました。


『星はね、拾うだけじゃだめなんだ。だれかの心をあったかくしないと、きらきらは続かない』


 ミオは胸がきゅっとなりました。

 拾った星が消えるのは、さみしい。

 でも――


 さっき袋から流れてきた匂いを思い出しました。

 みかん。ストーブ。毛布。

 あったかい匂いは、ひとりで持っているより、だれかと分けたほうが、もっとあったかくなる気がする。


「……分けよう」


 ミオは言いました。


「星、分けに行こう」


 ユキが目をぱち、としました。


『ほんと?』


「うん。きらきら、だれかに届けたら、また増えるんでしょ」


 ミオは袋から、ちいさな星をひとつ取り出しました。

 手のひらの上で、星はふるふる震えながら、でも、まだ光っています。


 ふたりは走りました。


 まず、道路のすみに、小さく丸まっている小鳥。

 雪にぬれて、羽が重そうでした。


 ミオは星をそっと近くに置きました。

 すると、星がふわっと広がって、雪の上に小さな光の輪ができました。

 小鳥の羽が、きらり、と一度だけ光って、ふる、と体をふくらませます。


「よかった……」


 次に、雪かきをしているおじさん。

 黙々と雪をよけて、息が白く長い。


 ミオは近づいて、星の粉をほんのひとふり。

 星は、おじさんのスコップの先で、ぱちん、と光って、雪が星くずみたいに舞いました。


「おや……なんだか、元気出たな」


 おじさんが笑って、ミオに手を振りました。

 その笑い声が、夜の冷たさを少しやわらげます。


 最後に、ひとりで帰る子。

 手袋をはめた手を胸の前でぎゅっとして、足早に歩いていました。


 ミオはその子のポケットに、そっと星を入れました。

 星はやさしく光って、布の上からでも、ぽかぽかが伝わるみたい。


 その子は足を止め、ふしぎそうに胸を押さえて――

 そして、ちいさく笑いました。


 その瞬間。


 雲が、すうっと薄くなりました。


 空の奥から、また。


 ちりん。

 ちりん。


 星の音が戻ってきました。


 ユキの耳が、ぱあっ、と明るく光りました。

 雪の上のきらきらも増えて、街灯の光と混ざって、道がやさしい色になります。


『ほら! 星が、増えてる!』


 ミオが見上げると、空にも、地面にも、きらきら。

 分けた光が、点々と町に残って、そこからまた新しい光が生まれているみたいでした。


 雪の上に、光の道。

 星の道。


 ミオは、胸がいっぱいになりました。

 寒いのに、泣きたくなるくらい、あったかい。


    ◆


 夜明けが近づくと、雪は少しずつやみました。

 空は薄い青に変わり、星の音も遠くなっていきます。


 ユキが、そっと立ち止まりました。


『ミオ。朝が来る』


「……帰っちゃうの?」


 ユキはうなずきました。

 体が少しずつ透けて、雪と同じ色になっていきます。

 でも、耳の先だけは最後まで銀色にきらり。


『雪うさぎは朝になると、雪に帰るんだ。でも――これ』


 ユキは、星ひろい袋から、いちばん小さな星をひとつ取り出しました。

 それは、とても小さいのに、とてもきれいに光る星。


『これは、きらきらを見つける目のしるし。ミオのポケットに入れて』


 ミオはうなずいて、星をそっと受け取り、ポケットに入れました。

 ポケットの中で、星がちか、と一度だけ光りました。

 まるで「またね」と言うみたいに。


 ユキは、ぴょこん、と小さく跳ねて、雪の中へすうっと溶けました。


 そこには、星の形の足あとが、点々と残っていました。

 朝の光に当たって、その足あとが、きらり、きらり、と光ります。


 ミオは空を見上げました。

 昼の空には星は見えない――はずなのに。


 胸の中で、星がひとつ、きらり。


 ミオはポケットに手を入れて、あったかい光を確かめました。


「きらきらは、ひろうと増えるんじゃない」


 ミオは、小さく言いました。


「……分けると、増えるんだ」


 冬の空気は冷たいまま。

 でも、その冷たさの中で、町はやさしく光っていました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


冬の「きらきら」は、空の星や雪の光だけじゃなくて、

だれかに声をかけたり、そっと助けたりしたときに、

胸の中で生まれる光でもある気がします。


このお話の雪うさぎは、星を拾う方法だけじゃなくて、

きらきらを増やす方法も教えてくれました。

——拾うより、分ける。独り占めより、届ける。

そんな小さな行動が、寒い夜を少しだけやさしくする。

そう思いながら書きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ