雪うさぎの、星ひろい
冬の夜は、空まで息をひそめます。
しん。
しん。
その「しん」の中に、きらきらが住んでいるのを、ミオは知っていました。
街灯の下では、雪がふわふわ舞って、金の粉みたいに光ります。
窓ガラスの霜は、銀のレース。指でそっとなぞると、さらり、と消えて、かわりに指先がちょっとだけ冷たく光る気がします。
「今夜は、きらきらが多い夜だねえ」
ストーブのそばで、おばあさんが笑いました。
湯気の立つお茶から、みかんの匂いがします。あったかい匂いは、冬の夜の魔法です。
ミオは窓に額をくっつけて、外を見ました。
雪は静かに降っていました。
その雪が、街灯の光をつかまえて、ひとつひとつ、小さな星みたいに瞬きます。
「明日、雪うさぎ作っていい?」
「いいよ。耳は長めがかわいいよ」
おばあさんの声は、毛布みたいにやわらかい。ミオはうなずいて、早めに布団に入りました。
――そして、次の日。
公園のベンチの上に、ちいさな雪うさぎがいました。
まっ白なおなか。まるい背中。
目は黒い木の実、鼻は赤い実。
耳はぴん、と立っていて、先っぽだけ、銀色にきらり。
「わあ……!」
ミオがしゃがむと、雪うさぎの耳が、きらり、きらり、と光りました。
それは太陽の光じゃありません。冬の空気の中で、雪が自分で光っているみたいでした。
ミオが「こんにちは」と言おうとした、そのときです。
雪うさぎが――ぴょこん、と動きました。
「えっ」
ミオが目をまんまるにすると、雪うさぎは、もう一回。
ぴょこん。
ぴょこん。
そして、小さな声が聞こえました。耳じゃなく、胸のあたりで聞こえる声。
『こんばんは。ミオ』
「……しゃべった!」
『しーっ。星がびっくりして逃げちゃう』
雪うさぎは、ふわふわの前足で口のところを押さえるまねをしました。
ミオも慌てて、口を両手で押さえます。
雪うさぎは、ちいさな袋を見せました。
布の袋なのに、中がふんわり明るい。まるで、夜の灯りをしまってあるみたい。
『これ、星ひろい袋。今夜、星が落ちる。落ちた星は朝までに拾わないと、雪にまぎれて消えちゃうんだ』
「星が……落ちるの?」
『うん。冬の星は、軽いからね。さむい夜は、ぽろっと落ちる』
ミオは空を見上げました。青い空。昼の空。
星なんて、見えません。
でも、雪うさぎの耳の先が、きらり。
きらり。
「ほんとだよ」と言っているみたいでした。
『今夜、いっしょに星ひろい、しよう』
ミオの心が、ぱあっと明るくなりました。
わくわくが、胸の中で小さな花火みたいに、ぱちぱち。
「うん!」
雪うさぎはうれしそうに、ぴょん、と一度だけ跳ねました。
◆
夜。
外へ出ると、空気が「きゅっ」と音を立てるくらい冷たかった。
でも、雪はやさしく降っていました。
街灯の光が雪に当たって、星くずが舞っているみたい。
ミオは厚い手袋をして、雪うさぎ――ユキのあとを追いました。
『星が落ちるのはね、「きらきらの道」』
ユキは言いました。
『街灯の下。凍った水たまりのそば。神社の鈴の下。そこは、光と音が集まるから』
ミオはうなずいて、耳をすませました。
しん。
しん。
雪の音だけ。
……その奥に。
ちりん。
「今の!」
ミオが小声で言うと、ユキは耳をぴん、と立てました。
『うん。あそこ』
街灯の真下の雪の上に、ちいさな光が落ちています。
点じゃない。光の粒。
近づくと、ふわ、と動いて、また、ちりん、と鳴った。
『目で追うと逃げるよ。息を止めて、耳で探して』
ミオは、すう、と息を吸って。
――止めました。
しん。
ちりん。
音のほうへ、そっと手をのばす。
手袋の上からでも、光があったかいのがわかりました。
ぽん。
星が、ミオの手のひらに乗りました。
雪みたいに冷たいはずなのに、ほんのり、ぽかっと温かい。
『それ、袋へ』
ミオが星ひろい袋を開けると、中からふんわり光がもれて、手袋の毛がきらきらしました。
星を入れると、袋の中で「ふわっ」と光が広がります。
みかんの匂い。ストーブの匂い。毛布の匂い。
あったかい匂いが、夜の冷たさを少しだけやわらげました。
「すごい……!」
ミオは笑いそうになって、慌てて口を押さえました。
笑い声は、星をくすぐって逃がしてしまいそうだったから。
それから、ふたりは星を拾いました。
ちりん。
ちりん。
ちりん。
拾うたび、雪がきらきらし、息が白く、白い息の中にも小さな光が混ざりました。
ミオの吐く息は、ふわっ、と広がって、粉雪みたいにきらり、と消えます。
ユキの耳の銀色も、だんだん明るくなりました。
耳の先が、星のかけらみたいに光って、ユキは雪の上に小さな光の線を引くように走ります。
「ユキ、耳、すごい!」
『へへ。星が集まると、ぼくも元気になる』
ミオは袋をそっと抱えました。
光の袋は、あたたかくて、胸の中まであたたかくなる。
……でも。
空の端から、灰色の雲が、ゆっくり近づいてきました。
ふわ。
ふわ。
雪が、少しだけ強くなる。
空が、暗くなる。
星の音が、遠くなる。
「雲……?」
ユキが、ふる、と震えました。
耳の光が、ちょっとだけ弱くなります。
『だめ……泣きむし雲が来た。星をかくしちゃう』
ミオが星ひろい袋をのぞくと、集めた星が――少し小さくなっていました。
さっきまでふわふわ光っていたのに、しゅん、としぼんでいく。
「どうして……?」
ユキは小さな声で言いました。
『星はね、拾うだけじゃだめなんだ。だれかの心をあったかくしないと、きらきらは続かない』
ミオは胸がきゅっとなりました。
拾った星が消えるのは、さみしい。
でも――
さっき袋から流れてきた匂いを思い出しました。
みかん。ストーブ。毛布。
あったかい匂いは、ひとりで持っているより、だれかと分けたほうが、もっとあったかくなる気がする。
「……分けよう」
ミオは言いました。
「星、分けに行こう」
ユキが目をぱち、としました。
『ほんと?』
「うん。きらきら、だれかに届けたら、また増えるんでしょ」
ミオは袋から、ちいさな星をひとつ取り出しました。
手のひらの上で、星はふるふる震えながら、でも、まだ光っています。
ふたりは走りました。
まず、道路のすみに、小さく丸まっている小鳥。
雪にぬれて、羽が重そうでした。
ミオは星をそっと近くに置きました。
すると、星がふわっと広がって、雪の上に小さな光の輪ができました。
小鳥の羽が、きらり、と一度だけ光って、ふる、と体をふくらませます。
「よかった……」
次に、雪かきをしているおじさん。
黙々と雪をよけて、息が白く長い。
ミオは近づいて、星の粉をほんのひとふり。
星は、おじさんのスコップの先で、ぱちん、と光って、雪が星くずみたいに舞いました。
「おや……なんだか、元気出たな」
おじさんが笑って、ミオに手を振りました。
その笑い声が、夜の冷たさを少しやわらげます。
最後に、ひとりで帰る子。
手袋をはめた手を胸の前でぎゅっとして、足早に歩いていました。
ミオはその子のポケットに、そっと星を入れました。
星はやさしく光って、布の上からでも、ぽかぽかが伝わるみたい。
その子は足を止め、ふしぎそうに胸を押さえて――
そして、ちいさく笑いました。
その瞬間。
雲が、すうっと薄くなりました。
空の奥から、また。
ちりん。
ちりん。
星の音が戻ってきました。
ユキの耳が、ぱあっ、と明るく光りました。
雪の上のきらきらも増えて、街灯の光と混ざって、道がやさしい色になります。
『ほら! 星が、増えてる!』
ミオが見上げると、空にも、地面にも、きらきら。
分けた光が、点々と町に残って、そこからまた新しい光が生まれているみたいでした。
雪の上に、光の道。
星の道。
ミオは、胸がいっぱいになりました。
寒いのに、泣きたくなるくらい、あったかい。
◆
夜明けが近づくと、雪は少しずつやみました。
空は薄い青に変わり、星の音も遠くなっていきます。
ユキが、そっと立ち止まりました。
『ミオ。朝が来る』
「……帰っちゃうの?」
ユキはうなずきました。
体が少しずつ透けて、雪と同じ色になっていきます。
でも、耳の先だけは最後まで銀色にきらり。
『雪うさぎは朝になると、雪に帰るんだ。でも――これ』
ユキは、星ひろい袋から、いちばん小さな星をひとつ取り出しました。
それは、とても小さいのに、とてもきれいに光る星。
『これは、きらきらを見つける目のしるし。ミオのポケットに入れて』
ミオはうなずいて、星をそっと受け取り、ポケットに入れました。
ポケットの中で、星がちか、と一度だけ光りました。
まるで「またね」と言うみたいに。
ユキは、ぴょこん、と小さく跳ねて、雪の中へすうっと溶けました。
そこには、星の形の足あとが、点々と残っていました。
朝の光に当たって、その足あとが、きらり、きらり、と光ります。
ミオは空を見上げました。
昼の空には星は見えない――はずなのに。
胸の中で、星がひとつ、きらり。
ミオはポケットに手を入れて、あったかい光を確かめました。
「きらきらは、ひろうと増えるんじゃない」
ミオは、小さく言いました。
「……分けると、増えるんだ」
冬の空気は冷たいまま。
でも、その冷たさの中で、町はやさしく光っていました。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
冬の「きらきら」は、空の星や雪の光だけじゃなくて、
だれかに声をかけたり、そっと助けたりしたときに、
胸の中で生まれる光でもある気がします。
このお話の雪うさぎは、星を拾う方法だけじゃなくて、
きらきらを増やす方法も教えてくれました。
——拾うより、分ける。独り占めより、届ける。
そんな小さな行動が、寒い夜を少しだけやさしくする。
そう思いながら書きました。




