アーチ橋の上で
「…………はぁ」
嫌と言うほど綺麗な月の浮かぶ、ある宵のこと。
ふっと、暗鬱な吐息を洩らす。そんなあたしがいるのは、閑散としたアーチ橋の上――その欄干へと身体を預け、玉のような月の浮かぶ水面を独りぼんやりと眺めている。……いっそ、ここから落ちてしまえば――
……いや、でもそれで生き残ってしまったら? 耐え難いほどの痛みだけが残り、しぶとく生命だけは残ってしまったら? まさしく、それは最悪。だったら、より確実な方法で死を――
……いや、所詮はこれも言い訳……本当は、ただ怖いだけ。生きていたくもないくせに、自ら生命を絶つ勇気もない――そんな、どっちつかずの臆病者に過ぎないだけ。……いっそ、あの中の誰かが本当にあたしを殺してくれたら――
「――香坂葉乃ちゃん、だよね?」
「……っ!!」
瞬間、呼吸が止まる。さながら光の如くパッと振り向くと、そこには――
「――うん、やっぱりそうだ。髪型や色は違うけど、間違いなく写真と同じ子だ」
そう、飄々と話す真っ黒なローブの人。顔すらほぼ見えてないけど、それなりに高めの身長やローブ越しから想像し得る体格、それから声音などから恐らくは男性かと思うけど、それ以外の情報がまるでない。あまりにも謎なその風貌に、本来なら大いに気になるところではあるけれども……正直、それどころじゃない。あたしの写真を見ているということは、即ち――
「――ああ、逃げなくても良いよ。別に、咎めるつもりなんてまるでないから。どころか、あれが事実であればこの上もなく感謝しているつもりだし」
「……………へっ?」
「それで、肝心なところだけれど……あれは、事実なのかい?」
すると、逃げようとするあたしの腕をさっと掴みそう口にする怪しい人。……咎めるつもりがない? どころか、感謝してる? ……どゆこと? どれだけ贔屓目に見ても、あれが咎められないこと――ましてや、感謝されるようなことでは絶対にないはずだけど……ひょっとして、あの人にそれだけ……いや、それはともあれ――
「……うん、本当だよ」
「……そっか」
そう、淡く微笑み告げる。彼の正体も、その言葉の意味するところもまるで分からない。……でも、こうなってはもう隠す理由もないしね。