4.悪役令嬢、思案する(下)
「それまでは、国外に隠れていた方がいいわよね……っていっても、どこに行こうかしら」
薔薇恋の世界には数多の国がある。近くの国でいえば、エメラルド国か、トパーズ国か。仮に国外に潜むとして、流石に私ひとりでは心もとない。お金もないし。
なんとかして、頼りになる協力者を見つけないと。それに、救世主計画にはもう一つ大事なことが──。
「ん?」
世界地図を頭に思い浮かべながら少し歩いているふと、視界の端に人影が映る。どうやら、私が通ってきた道の方から、何者かが海岸へと歩いてきているようだった。
「誰かしら、立派な服を着ているように見えるけど……」
ぐっと目を懲らすと、人影が若い男だと分かった。服装はサファイア国では見慣れない型の礼服で、白を基調に緑の差し色が入っている。
「あれっ、もしかしてクレオードじゃない?」
月光が差して男の顔が露になる。見覚えのあるその顔に、私は瞠目する。
──クレオード・ロラン。
海峡を挟んだ隣国、エメラルド国の王太子。飄々とした性格で、自分の身分に強い誇りを持っている。
身に着けているのははエメラルド国の礼服だ。色素の薄い長めの金髪は透き通り、前を見据える緑の瞳が鋭く光っている。
クレオードは薔薇恋の攻略対象の一人。この世界はユリウスルートで進行しているから、彼は失恋役、所謂当て馬である。
どのルートでも共通して、攻略者たちは全員セシルの催眠魔法にかかり、彼女を好きになる。私が追放された後、ユリウスがセシルとの婚約を宣言し、クレオードを含め他の攻略対象は失恋したはずだ。
こちらから熱い視線を向けられていることに彼は気がついていないようで、険しい顔をしながら船着場に停泊した船へと歩いていく。
クレオードは外交という名目でサファイア国に来ていたが、セシルに惚れて──正確には催眠にかけられて──その滞在期間を長くしていた。もう望みがないと分かり、今からエメラルド国に帰るのだろう。
「そうだわっ、クレオードの催眠さえ解ければ……!」
自分の価値を重んじているクレオードは、目覚めさえすれば、操られていたことに憤慨するはずだ。少なくとも、セシルとサファイア国を良くは思わないだろう。
もしも、クレオードを味方につけて、エメラルド国への逃亡を手伝ってもらうことができたならば。他国への移動手段を得るのと同時に、心強い男を仲間にできるかもしれない。
クレオードは王太子として武術や剣術を身に付けており、さらには強力な創造魔法を使うことができる。王太子の身分も申し分ない。
エメラルド国はサファイア国よりも広大な国で、軍事的にも立場的にも格上だ。その上、自由を第一に考える国風であるため、私も伸び伸びと生活できるだろう。
「よし、一か八かね……!」
魔法を解除する確実な方法は本人にしか分からないが、当てがないこともない。私はヒールで地面を蹴って、クレオードの元へと駆け出した。