35.悪役令嬢、打ち明ける
帰り際、私は長老に向かってこう言った。
「長老様。魔女が現れたとしても、きっとサファイア国は無事ですわ。わたくしがいるんですもの」
その瞬間は、誇らしげな気持ちすらあった。
けれど、屋敷へ向かう帰り道、私は頬を両手で覆いたくなるほどの恥ずかしさに襲われる。
な、なにを言ってるの、わたくし! あれじゃまるでセシルの真似じゃないの……!
と、しばらく布団に顔を押し付けていた。
気を逸らすため、貰った指輪を眺めて考える。これのおかげで、私はいつでもエルフたちと話ができるという。そういえば、人間とエルフは不可侵条約を結んでいるというが、それはどうなるのだろう。シスの墜落とゼフの失踪という緊急事態だから構わないのか。私だから、なるようになっているのか。
色々考えた結果、やはり、この異世界は転生者の私にとって、どこかご都合主義にできているのかもしれない……との結論に至った。
夕暮れを迎え、クレオードが政務から戻ってくると、私は彼に今日の出来事を報告する。長老から予言を伝える許可を貰ったので、半月後に魔女が現れることも彼に告げた。
「ということで、殿下。わたくしもサファイア国に連れて行ってちょうだい」
「それは構わないが……いや、君は本当にすごいな……あの翠羽の山に入れたなんて」
話を聞き終えたクレオードは、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締めて言った。
最初は半信半疑だったが、回復ポーションや通信指輪といった証拠があるおかげで、話の信憑性は高まったようだ。
「事情は分かったが、本当に計画を始めても大丈夫なのか? まだ解除魔法所持者を見つけてないのに」
「そこは、セシルの魔力切れにかけることにしたの。それよりも、彼女が覚醒する前にわたくしが魔女を倒さないと」
「覚醒?」
「あ、いや……コホンッ、とりあえず催眠を解く方法は置いておいて、計画のために動きましょう」
「マリーゼがそれでいいなら、そうしよう」
いけない。クレオードに、「セシルは主人公だから覚醒して、三つ目の魔法なんか手にしちゃったりして、ますますサファイア国で成り上がっちゃうわ」……なんて言えない。
何言ってるんだコイツと思われるだけだ。前世があるのは私だけなのだから。
「それでなんだけど……この国の軍事力を貸してくれないかしら。強力な魔法を持つ人間と、武器と装備をたくさん。後は、魔女を倒すために作戦を練りましょう」
「ああ。契約通りそれは用意するが、本当にそれだけで魔女を倒せるのか」
クレオードは僅かに眉根を寄せる。
それは、当然の疑問だった。相手は、一国が負けそうになったほどの強敵だ。エメラルド国の力をもってしても勝てるかは分からない。
けれど、私はゆっくりと頷く。
「あなたにはまだちゃんと言っていなかったけれど……私にはひとつ秘策があるの」
「秘策?」
クレオードに問われ、私は少し唇を引き結び、覚悟を決めたように視線をまっすぐに向ける。
「わたくし、魔女の正体を知っているの」
その一言に、クレオードの眉がピクリと動いた。
「……なんだって?」
彼が目を細め、真剣な色を帯びた視線を送ってくる。私は一呼吸置いてから、ゆっくりと話し出した。
「彼女は──蒼羽のエルフ”の生き残りよ。かつてサファイア国に住んでいたけれど、人間とエルフの権威争いの際に家族を失って……国を恨むことになった」
「以前、"喧嘩別れした"と言っていたのは……」
「そう。本当は喧嘩どころか戦争だったのよ。あの国の上層部によって、たくさんのエルフが殺されたわ。……エルフが国のためにと供給していたポーションを使われて」
クレオードの表情が固まる。小さく息を呑む気配が伝わってきた。
「三年前の魔女戦争も、その恨みが理由だった。彼女は……ずっと一人で、怒りと悲しみに囚われていたのよ」
私の声には、無意識に同情の色が混じっていた。
これはあくまで、当時のゲーム内で開示されていた情報にすぎない。だから、私は彼女の正体のすべてを知っているわけではない。けれど、この事実だけでも、魔女の孤独と悲しみが理解出来る気がする。
「だから、わたくし……会って、話しをしてみたいの。完全に対話できるとは思っていないけれど、きっと彼女の心に隙をつくることができるわ。そこを突いて、戦うか……できるなら、止めたいのよ」
「止める……? 殺さずに?」
「ええ。けれど、それが無理だと判断したら──わたくしも覚悟を決めて倒すわ」
魔女の過去には同情できる点もあるが、彼女は既に何百人もの人間を殺している。止めることができなければ、やはり、殺すしか方法はない。
クレオードは小さく息を吐き出して、頷いた。
「分かった。魔女への対応は君に任せる。……その情報はどこで知ったんだ」
「サファイア国で聞いたのよ」
本当は違う。サファイア国の人々も、魔女の正体は知らない。この情報は、プレイヤーという第三者だから知り得たものだ。けれど、今はそう答えるしかなかった。
クレオードは特に疑う素振りも見せずに受け止める。
「そうか。それじゃあ早速、明日から出立の準備をしよう。騎士の能力について、何か要望はあるか」
「そうね……変身魔法が使える人っていないかしら」
「変身魔法? そういえば、騎士団の中にいたな」
「本当!?」
思わず身を乗り出す私に、クレオードは苦笑しながら頷いた。
「セルジュという若い騎士だ。彼は武にも秀でている。当日も連れていく予定だから、魔法をかけてもらえばいい。その代わり……君も、持ち前の魔法でしっかり助けてくれよ」
「もちろん、任せてちょうだい」
頼もしい返答に、私は胸を撫で下ろした。
変身魔法は、情報戦や潜入において非常に優れた魔法のひとつだ。能力に制限はある。外的な傷や強い精神的ショックで魔法は解除されるし、感知系の魔法を使われれば、正体が露見する可能性もあるのだ。
それでも、それさえ乗り越えられれば、変装では誤魔化しきれない相手にも姿を隠せる。
今の私は、サファイア国では既に死んだ存在となっている。
いざというときまでは、その存在を伏せておきたい。けれど、ゼフに関する手がかりを探るには、王宮の近くに足を踏み入れなければならない。そうなれば、セシルやユリウス、あるいはその信奉者たちに気づかれるリスクも高まる。だから、今はまだ別人の姿で潜むほかない。
ほんとは、自分でもこういう魔法が使えると嬉しいんだけどねえ。
好きな姿に変身できる。そんな力は、子どもの頃からの密かな憧れだった。ゲームや漫画の世界でも、そういうキャラは強くて魅力的だったし……。
でも今は、自分の憧れに浸っている場合じゃない。
時が来るまで、この魔法を活用してセシルとユリウスの目をかいくぐってみせるわ。




