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30.悪役令嬢、情報収集する

 それから三日間、エメラルド国は激しい雨に見舞われていた。

 先日、私たちが魔法協会から屋敷へ戻った直後に雨が降り始め、途切れることなく続いている。そのため、私は大人しく、屋敷の中で静かに過ごす日々を送っていた。


 そして今日──ようやく雨脚が弱まり、小降りになってきた。

 クレオードは朝から政務のため王宮へ向かっている。どうやらまた、サファイア国との国交関係らしく、「五日後にあっちへ赴くことになったんだ」と気まずげに言っていた。何もなければいいが。


 私は久しぶりに一人でカシオハウスを訪ねてみることにした。

 情報収集のため、というのもあるが、それ以上に、彼の作る料理が恋しくなったのだ。美味しい食事は、それだけで気持ちを明るくしてくれる。


 カシオハウスのカウンターで、私はそっとスプーンを置き、満ち足りた息を吐いた。前回と同じく、他のお客さんはいない。


「ふう……」


 厨房に立つカシオは誇らしげに腕を組みながら尋ねる。


「どうだ? 今日も上出来だろう?」

「ええ、とても美味しかったわ」


 今日のメニューは、じっくり煮込まれた牛肉のシチュー。深くまろやかな味わいは、何日もかけて丁寧に熟成されたかのようだ。ここに来る度、自分も調理補助魔法が使えたら楽しいだろうなと思う。

 私はカシオに問いかける。


「ねえ、この前話してくれた魔女の話に進展はあった?」

「ああ、あの噂か。班長さんによると、また魔物の群れが発生してるらしいが、その原因は不明のままだってよ。やっぱり悪い魔女のせいなのかなあ」


 カシオは腕を組み、苦い顔をして「うーん……」と唸る。

 その時、不意にカランッと店のベルが鳴った。音の方を向くと、見知らぬ男が立っていた。


「おっ、噂をすれば班長さんだ。いらっしゃーい! 騎士団の訓練はいいの?」

「今日は非番だ。そちらのお嬢さんは見ない顔だな」

「知らねぇの? クレオード殿下の婚約者、マリーゼ様だぜ」

「ああ、あの噂の!」


 男は入口でピタリと足を止め、私を見て目を見開いた。

 私も思わず彼を見つめ返す。

 日焼けした肌に短く刈られた黒髪、精悍な顔立ちに鋭い眼光。筋肉質な体つきは、いかにも戦い慣れた兵士という印象で、着ている軽装の鎧もどこか品の良さを感じさせた。


「これは失礼。エメラルド騎士団第三部隊班長、リオン・グラウスです。お噂はかねがね」


 男──リオンはそう名乗り、軽く胸に手を当てて礼をした。


「マリーゼと申します。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」


 私も立ち上がり、ドレスを持ち上げて挨拶をする。

 リオンはカシオに魚料理を注文し、私の隣の席に座る。

 カシオは調理しながら、リオンに言う。


「班長知ってた? 殿下、マリーゼ様にベタ惚れらしいぜ」

「なんと、あの殿下が……! 本当に素晴らしいお嬢さんなんだろうなぁ。いやはや、人目見ただけで分かりましたぞ。意思が強そうで美しいですから」

「い、いえ、それほどでもありませんわ……」


 カシオはにやにやと、リオンは感心した目で私を見つめる。

 なんてこった、些細な冗談が大きく広がってしまっている。


「それと、班長さん。マリーゼ様が魔女の話を聞きたいってよ」

「魔女?」

「はい。トパーズ国に現れたって話を聞いて、気になって」

「ああ……魔物の群れが現れたから、魔女じゃないかって皆騒いでたんですよ。最近は、向こうは落ち着いたらしいんですが、今度はサファイア国に群れが出現したとか」

「本当ですか!?」


 思わず大声を出してしまった。

 胸の奥がドクンと跳ね、心臓が速く打ち始める。指先がじわじわと冷たくなっていくのを感じながら、ぐっと手を握り締めた。


 魔物の群れは、魔女の出現の兆候。

 まさか、こんなにも早く来るなんて……まだ心の準備も、解除魔法所持者も、すべて整っていないのに。

 でも、もう動かなければ。救世主計画を、本格的に始めなければならない。

 焦る私を他所に、リオンは困惑しつつ話を続ける。


「マリーゼ様はサファイア国出身だっけか……あそこは魔力をたんまり蓄えてるらしいが、エルフがいないんですよね。対魔戦にはエルフの助力が重要だってのに」

「あの国には、エルフの代わりに聖女がいますの」

「ああ、そうでしたね。聖女様がいる崇高な国だとか」


 リオンの言葉通り、サファイア国は聖女──治癒魔法能力を生得する娘が生まれる数少ない国であることをとても誇りに思っている。

 だから、特別な存在であるセシルは、生まれが貧しくとも多大な権力を持ち得るに至ったのだ。


 ふと、窓の外からゴロゴロッ……と雷の音が響いた。

 カシオが窓の外を確認して叫ぶ。


「うわっ、すごい雷だ! 最近天気悪かったからなぁ……」

「マリーゼ様。雷は危険なんで、そろそろ帰った方がいいかもしれませんよ。俺が送っていきましょうか」


 心配してくれるリオンに、私は小さく首を振る。


「お気遣いありがとうございます。これくらいなら、わたくしひとりで大丈夫ですわ」


 二人に軽く会釈し、店を後にして路地へ出る。

 そこで、私は持参していた白のフリル傘を静かに広げた。


 この傘は、今朝クレオードが創造魔法で作ってくれたものだ。雨を気にしていた私に、「雨傘がないと困るだろう」と声をかけてくれたのがきっかけだった。

 私が何気なく「傘が欲しい」と答えると、お得意の創造魔法で作ってくれたのである。

 その優しさのおかげで、クレオードルートの記憶が再び頭に浮かんできて、悶えてしまったものだ。


 サファイア国の王宮で過ごしていた頃の、息の詰まるような日々とはまるで違う。エメラルド国という温かい環境の中で、心も身体も少しずつ回復しつつあるのを実感していた。


 だけど、魔女がもうすぐ現れる。私はサファイア国に戻り、救世主計画の実行に移らなければ。

 サファイア国を守り、王宮の人々の催眠を解く。マリーゼ(推し)が報われるために、セシルとユリウスへ復讐を。

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