24.悪役令嬢、騎士団長と遭遇する(中)
部屋に入ると、アイクによって窓の扉を閉められ、密室に二人きりという状況になった。
私はアイクと向かい合い、冷たい印象を与える彼の顔を見上げる。
この目が苦手なのよね。
紺色の瞳孔にうっすらと浮かぶ薔薇の紋様。セシルに操られている証拠だ。
私に与えられた打開策は、アイクの洗脳を解いてしまうこと。なぜかクレオードは自力で解けたようだが、アイクは依然として効果が持続している。
「話とはなんだ。はやくしろ」
顔をしかめて急かすクレオードを前に、私は頭を素早く回転させる。
私に出来る解除方法は一つだけ。外部から対象者の自我へ強く干渉すること。アイクの感情を揺さぶればいいのだ。なにか、催眠を解いてしまえるような激しい感情を。
……この男には、あれしかない。
「アレクシス、目を覚ましなさい」
私はアイクの琥珀の瞳を見据え、"アレクシス"と呼んだ。優しく、それでいて強く、諭すように。
アイクは瞠目し、信じられないといった表情を浮かべる。
「なぜ、その名を……」
「わたくしは、あなたのことならなんでも知っているわ」
動揺を隠せないアイクに対して、私は淡々と言ってのけた。
これは、前世の記憶を持つ私だからこそ知り得る事実。
この男の本名はアレクシス。アイクは彼の真の名ではないということ。偽名を名乗るのには、彼の暗い過去が関係してくる。
私はアイクルートもクリアしたから、彼の性格も過去も全て把握している。その知識を活かして感情に訴えかければ、催眠魔法を打ち破ることができるかもしれない。
それが、私の作戦だった。
「よく聞いて。あなたはセシルに洗脳されて、彼女に操られているのよ」
私はアイク──アレクシスを真っ直ぐ見つめる。
すると、彼はぎゅっと眉根を寄せた。
「洗脳だと? そんなわけないだろう。私を騙そうとしても無駄だ」
「あなたは知らないだろうけれど、セシルは双魔法所持者よ。ひとつは聖女の証である治癒魔法……そして、もうひとつは催眠魔法。実際に、あなたの瞳には催眠魔法特有の紋様も現れてるわ」
セシルは周囲に自分が双魔法所持者であることを隠している。催眠魔法を使っていることがバレないように、念入りに気を配っているのだ。
「セシルは、あなたの好意を弄んで、ただの都合のいい駒としているだけ」
私が語る真実に、アレクシスはぴくりと眉を動かし、ますます苦い表情を見せる。
「王宮の人達は皆、セシルに操られている。彼女はユリウス殿下と婚約するために、わたくしを冤罪で追放したの。あなたは今、無実の人間を陥れようとしているのよ。それでいいの? 騎士道はどうしたというの」
私は一歩踏み出し、アレクシスとの距離を詰める。
騎士道という言葉を出した瞬間、アレクシスがぐっと息を呑むのがわかった。騎士道は彼の精神形成に大きく関与しているのだ。
よし、あとひと押しだわ。
でも、それは同時に、彼の過去をえぐることにもなる。痛みを伴う真実だ。
ごめんなさい。でも、あなたの心を取り戻したいの。
糸が張り詰めたような空間で、私は覚悟を決めて、とっておきの台詞を言い放つ。
「受け継ぐと胸に誓ったあなたの兄の、本当のアイクの想いは、どうなるのかしら」
私が訴えかけると、アレクシスは愕然と目を見開き、雷に撃たれたように固まってしまった。
「にい、さん……」
薄く開かれた彼の口から、子どものような力のない呟きが零れた。
アイクというのは、アレクシスの双子の兄の名だ。
騎士の家系に生まれた二人は、同時に騎士団へと入団した。
それから数年が経った頃、アイクは優れた能力を発揮し、騎兵隊長に昇格していた。しかし、彼は戦争の最中に戦死してしまう。
アレクシスは悲しみと葛藤の末、兄の名とその意志を受け継ぎ、騎士として名を挙げていった。そして、騎士団長の《《アイク》》となったわけだ。
「そうだ、私は兄さんと約束したんだ……」
アレクシスは呆然と言葉を紡ぐ。視線は合わず、虚を見ているようだ。
一瞬、瞳の中の薔薇の紋様が、ゆらりと揺らぐ。
「誰よりも高潔な信念を持って、勇敢に。弱者を守り、悪を罰する。偽りを見極め、何よりも真実と忠誠を胸に……」
自分に言い聞かせるようなその様子に、私は胸を打たれる。
口から零れる言葉は、騎士道精神に基づくものだろう。「決して騎士道精神を忘れるな」というのが、アイクの口癖だったという。アレクシスはずっと、その言葉を胸に抱き続けてきた。
最愛の兄を失った彼の憎しみ、怒り、悲しみを、私はよく知っていた。




