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17.悪役令嬢、狩りをする(下)

 ギィィッ!

 獰猛な鳴き声が、森の静寂を裂いた。頭上を見上げると、一羽の大きな野鳥が弧を描くように飛来していた。


「さあ、行くぞ。あの鳥だ」

「あっ、ちょ、ちょっと!」


 クレオードは空を舞う鳥を指差すやいなや、素早く馬に跨り、私の手を取って軽やかに抱き上げる。

 次の瞬間、私は彼の腕に守られるように馬の前方へと乗せられていた。

 彼の体温と息遣いを背中に感じながら、馬は森へと駆け出す。風を切って走る馬の蹄音と、野鳥の鳴き声が耳をつく。


 野鳥は空をくるくると旋回し続ける。

 そのすぐ真下まで馬を寄せたクレオードは、私をそっと抱えて地面に降り立ち、鋭い視線で空を仰いだ。


「……こいつ、すばしっこいな。猟銃の方がよかったかもな」


 木々の間をすり抜ける陽光の下、野鳥はキィキィと警戒するように鳴きながら、止まることなく空を旋回している。

 姿は七面鳥に似ているが、異様に力強く、空を滑るように飛ぶその様は前世で知る鳥とはまるで違う。異世界の生き物なのだと思い知らされる。


「……その弓矢って、魔法道具?」

「ああ、一応魔力を注ぎ込んで使えるタイプだ」


 クレオードは弓矢を掲げて見せてくれる。

 たしかに、通常のものよりも重く、造形も凝った感じがする。


「ちょっと失礼するわね」


 私はそう言って、弓矢を握ったクレオードの手に自分の手を重ねる。

 彼に魔法を使うのは、もう何度目だろうか。

 拒否されないと自負しているように、彼自身驚きはするが私を拒む素振りは全く見せない。


「なにを?」

「魔力増強魔法を使ったの。いつもより狙いやすいはずよ」

「へえ、そりゃありがたい」


 クレオードは私と接触した部分をまじまじと見つめる。まだ実感はないようで半信半疑な顔をしている。


「よし、それじゃあさっそく……」


 クレオードは姿勢を正して、飛び回る鳥を狙うように弓を構える。

 すると、彼の纏う雰囲気が一瞬にしてハンターと同じそれになった。口を一文字に結び、目は鋭く獲物を捉えている。

 その様子を、私は息を呑んで見守る。


 クレオードは矢を番えたまま、静かに息を整えた。鳥は風の流れに乗り、時に木陰に紛れる。


「今だ!」


 シュッ!

 いよいよ、クレオードは弓を引き、矢を放った。狙い通り野鳥の臀に矢が刺さり、ギィィと鳴きながら地面に落下する。一拍おいて、家賃は草むらの中に墜落した。


「すごい……!」

「こりゃなかなか大きいな。美味い飯になりそうだ」

「えっ、食べるの?」

「もちろん。ちょうどランチにしようって話してただろ。捌いてくれるいい店があるんだ」

「そうなのね」


 美麗な容姿をした王太子が駆り立ての野鳥を持ってはしゃいでいる。そのあべこべさに、私は思わずぷっと吹き出してしまう。

 クレオードは携帯していた革のバッグから大きな麻袋を取り出して、いそいそと鳥を詰め込む。

 封をしても血と野生の臭いが漂ってくるが、まあ許容範囲内だ。


「ねえ、わたくしの魔法の効果はどうだった?」


 私は期待の眼差しをクレオードに向け、うきうきと尋ねる。


「かなりいい。弓を引くのがいつもより軽いし、狙いやすかった」

「わぁい!」

 

 笑顔で褒めてくれるクレオードに、私は素直に喜ぶ。

 サファイア国では、誰しも私の能力に慣れきっていて、賞賛の言葉を貰える機会はほとんどなかった。ここに来てからは、新鮮な喜びを味わえる。


 その後、クレオードは麻袋を馬に縛り付け、私を前に乗せてまた駆け出す。()()()とやらに案内してくれるようだった。


「ねえ、あの山は何か特別なものなの? サファイア国には、あんなふうに神秘的な景色は存在しないの」


 馬の歩みに揺られながら、私はずっと胸に引っかかっていた疑問を口にした。

 森の向こう、はるか遠くに連なる山々。その姿は、土や木々の色をしていながら、どこかこの世のものとは思えない。山肌は淡い水色に染まり、陽の光を受けるたびに不思議な輝きを放っている。

 遠くから見ているだけでも、そこに息づく植物や大地は異質な存在感がある。

 異世界の中でも、特に異世界って感じだわ。


「あそこには行ったらダメだぞ」

「え、どうして? とても綺麗なのに」

「綺麗に見えるだろ? あそこには翠羽のエルフたちが住んでるんだよ。彼らは余所者──人間を拒むんだ」

「まあ……! あそこはエルフの住処なのね」


 クレオードの説明に、俄然興味が湧いてきた。

 この世界には魔物が存在するように、他にも多種多様な人外が存在する。中でも代表的なのがエルフだ。


 たしか、あの()()もエルフだったっけ。

 薔薇恋の攻略対象の一人に、ゼフというエルフ族の男がいた。謎めいた緑髪のイケメンだ。

 私の好きな声優が担当に決まったのよねぇ。


 たしか彼も、エメラルド国の翠羽のエルフだったはず。

 外から見てエルフが人間と異なる点は、異様なまでに白い肌と額にある紋様、そしてツンととんがった耳だけ。帽子を被ってしまえば、瞬時に見分けがつかない。なんなら、高位のエルフは人間に変化できる。

 ただ、その質は特殊だ。エルフは食事を要さず水だけで生活できる。また、彼らは人間と同じくそれぞれ魔法能力を備えているだけでなく、全員が空を飛ぶことができる。エルフの住む土地は神聖で、独自の文化もあるそうだ。


「皇族でも入れないの? あの山もエメラルド国の領土なのよね」


 エルフの土地といえど、国の大地は人間の王が所有するもの。それが決まりのはずだ。


「表向きはね。だが、うちでは不可侵を結んでる。なにかあった際にエルフはエメラルド国を守るという約束の代わりに、俺たちは有事のとき以外彼らに干渉しない」

「へえ、そうなんだ」


 私が「知らなかったわ」と零すと、クレオードはなにか思い当たったように「ああ」と呟く。


「サファイア国にはエルフが住んでないんだっけか」

「ええ。遠い昔に喧嘩別れしちゃったみたいなの」

「そうだったな」


 私はゲームで読んだサファイア国の歴史書を思い返す。薔薇恋は魔法辞典やら歴史書やら、こういった細かい資料は妙に凝っていた。


 ──かつて、蒼羽のエルフは人々に回復ポーションを始めとする天然ポーションを供給してくれていた。しかし、ある王の治世で権威争いが起きてしまい、エルフたちはサファイア国の外へと出ていってしまったのである。今では、トパーズ国で暮らしているとか。


 その後、サファイア国で聖女という概念が生まれてからは、回復ポーションの需要も無くなっていった。

 私が産まれてからは魔力効率が高まり、強力な人工ポーションが発明され、蒼羽のエルフの存在は完全に不要になってしまったのだ。

 もしかしたら、昔はサファイア国にも同じようなエルフの住む山があったのかもしれない。


「どうしたんだ?」


 難しい顔をして口を閉ざした私に、クレオードが問いかける。


「ごめんなさい、なんでもないわ」


 いずれ、エルフにも会える機会があるといいなあ。

 私はまだ出会ったことがないエルフに思いを馳せる。

 残念ながら、私は前世でも今世でもゼフとは面識がない。前世では、彼が正式に実装される前に死んでしまった。彼は私が断罪されるまでのストーリーには一切登場しないため、今世ではそもそも会うタイミングがなかったのだ。

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