15.悪役令嬢、魔法道具工房へ行く
しばらく馬を走らせてゆくと、城下町を離れた森のふもとに、どっしりと構えた大きな工房が姿を現した。魔法道具工房だ。
まるで製鉄所のように無骨な造りながら、窓枠や扉に施された鉄細工にはどこか粋な趣がある。煙突からはもくもくと白い煙が溢れている。
ここに辿り着くまでの道中、人通りの多い通りでは、「殿下、久しぶりですね!」とあちこちから声がかかり、「まあ、後ろにおられるのは、噂の婚約者さまかしら?」と興味深げな視線が注がれた。
先日の宴の後、国王によってクレオードに婚約者ができたことが国民に告げられた。
だが、その婚約者が、サファイア国のジルベール公爵令嬢だったこと、王宮から追放されたことは知られていない。
そのため、王宮の外に出てクレオードと隣立って歩くと、「どこのご令嬢かしら」と不思議そうな顔で──時には不審な目で見られるのである。
工房の前で馬から降り、柵にくくりつけた後、クレオードは慣れた様子で扉を開けて入っていく。
私も「お邪魔します」と中へ足を踏み入れた。
工房の中は外から見るよりも広く、十数名の職人がなにか道具を作っているのが見える。鉄を叩く音や魔導炉の唸る音が低く響いていた。
私たちの近くにいた髭の生えた初老のおじさんが、「殿下!」と駆け寄ってくる。
「アルジーさん、元気だったか?」
「ええ、おかげさまで。殿下と会うのは久しぶりですなあ。美しい姫様までご一緒に来てくださるとは。さては、噂の婚約者ですな」
人好きのする人相の優しそうなおじさん──アルジーは私に微笑みかけてくれる。
「初めまして、マリーゼと申します」
「どうもご丁寧に。工房長のアルジーです。申し訳ありませんなあ。今は受注品への対応で忙しくて、ろくなもてなしもできませんで……」
困ったように眉を下げるアルジーに、クレオードは工房を見渡して眉をしかめる。
「かなり大変そうだが……なにかあったのか?」
「最近は隣国の影響か、魔法道具の需要が増してるんですが、鋳造には魔力の消費が激しく……地脈からの供給が追いつかないんです」
そう話すアルジーは大きな釜を手に抱え、煤汚れたエプロンを身につけている。
ここは『魔法道具工房』と名を打つ通り、武器だけでなく、土鍋やボトル、時計や蓄音機まで様々な道具を作っているようだった。
魔法道具とは、魔力を通して使用することができる道具のことで、魔力を注入する分、普通の道具よりも高性能なのが特徴だ。特に魔法武器などは、魔物退治や戦争には欠かせないものである。
隣国とは、おそらくサファイア国のことだ。
魔力供給源の私が生まれたことにより、サファイア国では魔力が潤い、魔法道具の流通が盛んだ。その風を浴びて、人々の魔法道具への興味が駆られたのだろう。
たしかに、いくら人手がいても賄えそうにないわね。
この国はサファイア国と違い、人工的な魔力の供給源がない。そのため、この国では魔力を使った産業が緩やかで、まだ社会の中心になってはいない。
そこで無料をして魔法道具を量産するのは、いささか無謀なやり方に思える。
「……あなた、わたくしに国のために貢献して欲しいって言ってたわよね?」
「ああ? 言ったな」
私が問いかけると、クレオードは不思議そうに頷く。
よし、出番ね。今ここに困っている人がいて、自分の能力が役に立つのならば、使う他ない。
「殿下、あなたの魔法で魔力保管装置は作れる?」
「本で少し見た程度だが……上手くいくかな」
クレオードは私の言わんとしていることを察したのだろう。腕を組んで眉根を寄せる。
「アルジーさん、右奥のスペースを借りてもいいか?」
「うむ、邪魔にならないなら大丈夫ですぞ」
戸惑いをにじませながらも、アルジーは快く頷いてくれた。
クレオードは工房の右奥、まだ誰にも使われていない空間へと歩み寄る。そして静かに手をかざし、目を閉じて深く息を吸い込んだ──その瞬間、彼の手の甲に現れた魔法印が光を帯びて輝き始める。
「……よし、俺は天才だな。作れちまった」
「ありがとう!」
光がすっと収まると、クレオードは満足げに手を払って、ふふんと鼻を鳴らした。
そこに現れたのは、艶やかな金属の質感をたたえた、円柱型の魔力保管装置。彼の胸元ほどの高さがあるその装置は、無から生まれたとは思えないほど精巧で緻密に創られているように見える。
サファイア国の地下にある装置をそのまま縮小させたようなものだ。
「殿下! これはなんだい?」
突然のことに、アルジーは目を丸くして保管装置をまじまじと見つめる。
「アルジーさん、わたくしに少しだけ時間をちょうだい」
「は、はあ……」
私は保管装置に手をかざして、魔力連携魔法を発動させる。かつて王宮の地下で、定期的に繰り返してきた作業だ。
生活圏から離れたところにある地脈を工房の地下に連携させ、そこに流れる魔力を保管機まで運ぶ。
さらに、増強魔法を使って、一定期間は生産力を高められるように、機会に蓄積される魔力を強化しておく。
「ふう……これでいいわね」
「前から思ってたんだが、君の魔力は減らないのか?」
「ええ、わたくし自身は、常に地脈から魔力を得られるんですもの。疲れはするけれど、魔力が空になることはないわ」
地脈と対象物を永遠に連携させることはできないが、魔法を持つ本人だけは例外だ。常に無自覚下で魔法が発動しているため、私の中の魔力が枯れることはないのである。
よくよく考えればチートすぎるのでは……と思うが、ありがたくこの能力を甘受することにする。
「殿下、わしには何がなんだか……ちゃんと説明してくだされ」
「アルジーさん、これは魔力を蓄積する保管装置だ。職人たちはここに保管された魔力を使うことが出来るから、しばらく楽になると思うぞ。この姫様が作ってくれたんだ」
「クレオードも一緒にね。おそらく、数ヶ月は持ちますわ。また辛くなったら、わたくしを頼ってくださいませ」
「魔力保管装置ですと……?」
マリーゼは装置の効用について説明する。
保管機があれば、その周囲の広範囲で、蓄積していたものが枯れるまで、魔力の供給が無限に続けられる。さらに増強魔法を使ったため、いつもより魔法効率が高くなっている。これで、道具製作もスムーズに進むだろうと。
私が話し終えると、アルジーはぐすりと涙ぐみ「なんと有難い……」と地に着くくらい深くお辞儀をした。
そして、勢いよく顔を持ち上げ、私に詰め寄る。
「姫様! お礼になにかプレゼントさせてくだせえ! 大したもんはございませんが……」
「別にお礼なんていらないのよ」
「そうはいきませんよ! ささ、この工房にあるものならなんでも構いません。ああ、受注品以外でお願いしますぞ」
そして、私はアルジーに背中を押されるようにして、色んな商品が並んだところへ案内される。
「これは武器か? なんでまたこんな大量に……」
クレオードが、ずらりと並んだ大量の長剣を見て首を傾げる。それらには受注の札が付けられていた。
「なにやら魔物が活性化してるとかで、討伐軍の皆さんが注文していったんです」
「そりゃ、たいへんだ。俺たちも気をつけないと」
二人の会話を聞いて、魔女のことを思い出す。
魔物の活性化は魔界から魔女が訪れる予兆。サファイア国だけでなく、この国でも広まっているのね……。
そう考えていると、販売用の棚に置かれた革鞘付きの短剣が、ふと目に留まる。
「お礼というなら……この護身用ナイフを貰ってもいいかしら」
「構いませんが……むしろ、そんなものでよろしいのですか?」
「ええ、これがいいの」
私は頷く。これくらいの大きさなら、自分でも自由に扱えるはず。
この先、戦いは避けられないのだから、自分の身は自分で守れるようにしなければ。
「姫様が短剣だなんて。契約したんだし、俺が守ってやるのに」
私とアルジーの会話を聞いていたクレオードが、険しい顔をする。
「念の為よ。でも、あなたにも頼ることにするわ」
「ふふ、任せておけ」
クレオードはにやりと余裕げに笑う。言葉通り、この王太子はとても頼りになりそうだ。




