14.悪役令嬢、乗馬する
翌朝、私は薄絹のカーテン越しの朝日で目が覚めた。
よいしょ……と、淑女に似合わぬ掛け声で上体を起こすと、見覚えのない可憐な部屋が広がっていた。
ああ、そうだった。エメラルド国に来たんだったわ。
ここはクレオードの屋敷に用意された私の部屋だ。まだ見慣れず、どこかの宿舎へ旅行に来たような気分である。
昨夜は用意されていたネグリジェに着替えて眠った。この部屋には不足なく全てが揃っている。
「ふぁあ……」
私は鈍い動きでいつものドレスに着替え、昨日クレオードが説明してくれた間取りを思い出しながら、屋敷のホールへ向かう。
廊下を抜けてホールに足を踏み入れると、白いジャケットを羽織ったクレオードと目が合う。
髪も服装もきちんと整えられており、今すぐにでも出立するような格好だ。
「あれ、今から出かけるの?」
寝ぼけ目のまま問いかけると、クレオードは頷く。
「ああ、少し散歩ついでに街を見て回ろうと。久しぶりに帰ってきたからな」
「へえ」
「俺は君を縛るつもりはないから、これから自由に過ごしてくれて構わない。解除魔法所持者の情報を得るには少し時間がかかるから、それまでは暇だろう。なんだったら、王宮の外に出てもいいよ」
「そうね……お邪魔じゃなければ、わたくしも着いて行っていい?」
思い切って尋ねると、クレオードは「もちろん」と目を細める。
「いいよ、公務じゃないからな。せっかくだから、俺がこの国を案内してあげよう」
「わあっ、ありがとう」
懐の広い王太子に、私は両手を合わせて感謝する。
私一人で自由に過ごそうにも、この国は知らないことだらけだ。案内人がいてくれると旅も楽しくなるというもの。
「それで、どこにいくの?」
「国一番の魔法道具工房だ。最近、公費で新しい機械を導入したっていうから視察に行こうと思って」
魔法道具工房といえば、薔薇恋のゲーム内にもあった。魔物と戦うミニイベントのための武器を買うショップだ。集めたダイヤと交換できるのだ。
ここは現実だから、工房には実際に使える道具や武器が置いてあるのだろう。
そこへ王太子がわざわざ視察行くとは、意外な話である。
「王太子って、そういう仕事もやるのね。ユリウスは街工房の視察なんて一度もしてなかったはずだけど」
「まあ、本来は俺が直々に出向く必要はないんだろうけどね。仕事ってよりというより、俺個人が好きにやってる。色んなものを見て回るのが趣味なんだ」
「そうなのね」
私は素直に感心する。
民にとっては、閉じこもっている王子よりも、クレオードのような人の方が好ましいではないだろうか。
外に出ると、屋敷の前に芦毛の馬が用意されていた。どこか、気高そうな面相をしている。
「馬に乗ったことは?」
「馬車ならあるけど……」
「そうかい」
まさか、直接馬に乗って移動するのだろうか。
驚いたたのも束の間、ひょいと芦毛に馬乗りになったクレオードが「ほら」と言って私の腕を掴む。
「の、乗ればいいのね?」
私は導かれるままクレオードの後ろに跨る。思いの外不安定で、咄嗟に彼の腰をぎゅっと掴んでしまう。
「あ、ごめんなさい」
「それでいい。本物の騎乗は乗り心地が全く違うぞ。しっかり掴まってろよ」
「へ?」
クレオードはくすりと笑って、私の手を引っ張り腰に回させる。
突然のことにドギマギする私をよそに、王宮から駆けて出ていく。
道路を小気味良いリズムで走り、その度にふわりと風が私の髪を掠める。天を見上げると、澄みきったスカイブルーの空が広がっていた。
「……わたくし、馬で駆けるのがこんなに気持ちいいなんて知らなかったわ」
私はすっかり騎乗に夢中になり、クレオードの背にぎゅっと抱きつく。
今をときめく王太子と乗馬をするなんて、本当に乙女ゲームみたい。
前世でも今世でも馬に乗るのは初めてだったが、恐怖は一瞬のうちに消え去り、爽快感が押し寄せてくる。
「気持ちいいだって? こういうの、箱入り令嬢はもっと怖がると思ってたんだが。やっぱり君は変わり者だな」
「あなたには言われたくないわよ」
すっかり変わり者認定されてしまっているが、私からすれば、クレオードの方が変わり者だ。今までサファイア国で見てきた皇族とはまるで異なる。
なんか、薔薇恋での印象とも違う気がするし。
「わたくし、幼い頃からずっと宮殿で過ごしてきたから、ほとんど街に出たことがないの。あなたは皇太子なのに、あんまり制限されていないのね」
私は王宮のすぐ傍に建てられた公爵家で育てられ、ユリウスの婚約者となってからは、一歩も外に出ることなく王宮内で過ごしてきた。魔力を補充する役目があるため、両親や国王陛下から「王宮から出ては行けない」と言われていたのだ。
「俺の国は昔から開放的なんだ。自由こそ正義だと。その伝統を継ぐ父上は、『自分の足で歩き、色々なことを経験しろ』って俺に言ってくれた。サファイア国への外交もその一端だ」
「まあ、陛下は本当に素敵な御方ね。わたくし、窮屈なサファイア国の王宮よりこの国の方が好きよ。空気も美味しいし」
「それは良かった」
私が褒めると、クレオードは嬉しそうに笑う。
この男は、本当にエメラルド国のことが好きなのだろう。




