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11.悪役令嬢、住処を得る

 謁見の間から出ると、クレオードは客室へと案内してくれる。それは、王宮の敷地内に立てられた彼の屋敷の中にあった。


「すごい! こんな豪華な部屋まで用意してもらっていいの……?」


 屋敷に足を踏み入れた私は、その二階に設えられた華麗な一室を見て驚いた。

 フリルのあしらわれたカーテンや花柄の絨毯、白いレースの天蓋付きベッド。可愛らしいチェストやテーブルセットなどの調度品が揃えられており、私の乙女心を擽る素敵な部屋だ。

 そんな中、目に付いたのはテーブルの脚の彫刻。それはサファイア国では見かけない鳥のモチーフで、異国に来たのだと、じわじわと実感する。


 どうやらこの部屋は、エメラルド国に帰国してすぐクレオードが命令して、彼の執事たちが早急に整えてくれたらしい。


「いいもなにも、部屋がないと困るだろ。どこで寝るつもりだったんだ」


 クレオードは呆れ顔で言う。


「それはまあ、とりあえずは野宿というか……」

「野宿!? 世慣れしない姫様がそんな危険なことを……!?」

「なんとかなるかなって」


 驚くクレオードに私は苦笑する。

 実際に野宿も覚悟していたし、先のことは後で考えようと、勢いのみでここまでやってたのだ。


「まったく、君は危なっかしいところがあるな」


 クレオードはやれやれとため息を零す。

 私は言い返す言葉もなく、「用意してくれてありがとう」と素直に感謝を述べた。


 それから、「ここが厨房」「ここが浴室」「君の部屋の向かいに、俺の部屋がある」とクレオードから一通り屋敷の説明を受け、宴まで自室で休むことになった。

 室内の戸棚をよく見てみると、着替えのドレスや靴まで用意してくれていて驚いた。女性への対応に慣れているのだろうか。


 ぼうっとベッドに座っていると、腹からぎゅるるるるる……と酷い音が鳴る。

 お腹が空いた。そういえば、昨日の昼からなにも食べていない。


「宴までの辛抱よ……きっと、そこでなにか食べれられるはず」


 ぽすりとシーツの上に横になり、自分に言い聞かせる。

 薔薇恋のイベントでも、【サファイア国のパーティー】というものがあった。本来昨日行われるはずだった親交パーティーのような、華やかな宮殿内のカクテルパーティーで、スチルにも美味しそうな料理がたくさん描かれていたのを覚えている。

 そんなことを考えているうちに、瞼が下がっていく。疲れが溜まっていたのだろう。


 ──そのまま、夢の中へ落ちていく。

 

 全ては、セシルが召喚されてから始まった。

 白薔薇のように可憐な彼女は、ユリウスに恋心を抱いているようで、常にわたくしに対して敵対心を向けていた。

 いつからか、周りのわたくしを見る目が変わった。

 誰もがセシルの傍に集まるようになり、わたくしに憎しみをぶつけた。……婚約者である、ユリウスさえも。

 後に、セシルが「マリーゼに虐められた」と言って回っていたことが分かった時は、頭が真っ白になったのを覚えている。


 王宮の廊下。淡い光が射し込む窓辺。

 わたくしはひとり、壁際を歩いていた。


 次の角を曲がったとき、三人の侍女とすれ違う。見覚えのある顔。セシルのお気に入りの者たちだ。

 視線を落としながら、そっと「ごきげんよう」と小さく声をかけたそのとき。


 ゴリッ。

 鈍く重たい痛みが、足の甲に走る。


 「……っ!」


 ヒールの踵が、わざとらしい角度で、わたくしの足を踏み抜いていた。

 彼女はくすりと笑い、去っていく。

 わたくしはうずくまることもなく、ただその場に立ち尽くしていた。何が起きているの、と。


 小さな晩餐会が開かれた夜。

 出席者の一覧には、わたくしの名前も書かれていた。けれど、通された席には、既に他の貴族夫人が座っていた。


 「この席はわたくしの……」と口にすると、支配人が一歩前に出て小さく頭を下げた。


「申し訳ありません、マリーゼ様。お席の変更がございました」

「変更? では、わたくしはどこへ……」

「申し訳ありません。本日は既に満席ですのでお引き取りを」


 支配人は面倒そうな表情で、広間の外を示す。

 仕方なく、わたくしが踵を返したそのとき、視界の端に笑顔のセシルが映った。

 

 とある、夏の日。

 私が王宮の自室に戻ると、床に何かが散らばっていた。近づくと、わたくしのお気に入りの緋色のドレスだと分かった。裾が、刃物で裂かれたようにずたずたにされている。

 震える手で拾い上げると、背後から、侍女の一人がぼそりと呟いた。


「まあ、誰でしょう。ゴミ屑をこんなところに置いたのは」


 彼女はそれだけ言って、わたくしの顔も見ずに去っていった。

 わたくしは声も出せず、ただ裂かれた布地を抱きしめるしかなかった。



「ぁ……」


 私は息苦しさに目を覚ます。胸元がしっとりと汗ばんでいた。

 いつの間にか、窓の外は日が暮れて、夕焼けと夜闇が混じったような色に変わっている。


 今のは夢だけれど、それは実際にあった出来事でもある。前世を知らなかった頃の、マリーゼ(わたくし)としての現実だ。


 誰も異変に気づかなかった。催眠にかけられているなどと知らず、ただセシルの言葉を信じ、従い、笑っていた。私だけが、違う世界にいた。

 あの頃は、怖かった。悔しかった。「誰にも救ってもらえない、わたくしの味方はいない」のだと悲観していた。

 けれど、今は違う。私は、あの頃の私じゃない。悪女のレッテルを貼られ、破滅していくだけの存在じゃないのだ。


 新天地に来たってのに、過去のことを思い出すなんてダメね。こんなことしてたら、またクレオードに寝坊助と言われてしまうわ。

 私は起き上がり、深呼吸をする。


 コンコンコン。

 ノック音が鳴り、部屋の外から声がかかる。


「マリーゼ、そろそろ宴の時間だ」


 クレオードだ。

 私は「わかったわ」と返事をして、慌てて身だしなみを整える。備え付けの縦鏡の前に立つと、髪が乱れていたので、ちょいちょいと手櫛を通した。

 

「どこへ向かうの?」

「王宮の外の広場だ。宴はそこで開かれる。美味しい食べものがたくさんあって、街の人たちもやってくるんだ」

「美味しいもの!」


 食欲をそそる言葉に、私は目を輝かせる。

 エメラルド国の料理はどんな感じだろう。サファイア国とは国風が違うので、郷土料理も変わってくるはずだ。

 それに、野外の宴に参加するのは初めてで、想像がつかない。楽しみだ。

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