10.悪役令嬢、婚約する
気がつけば、既に玉座に国王の姿はなく、広間には私とクレオードだけが取り残されていた。
「……おい、大丈夫か?」
クレオードに恐る恐る声をかけられ、ハッと意識を取り戻す。
「ちょっと、どういうこと? わたくしがあなたの婚約者だなんて……」
距離を詰めて上目に問うと、クレオードはゆるゆると首を横に振る。
「仕方ないだろう……父上のあの顔、見ただろ。実は聖女に騙されて帰ってきたので婚約者はいません、なんて言えるわけない」
困ったようにため息を零すクレオードに、はあ……と私も息を吐き出す。
今の流れを考えれば、こうなるのも致し方ないとは思う。思うのだが……私はいいとして、クレオードはそれでいいのか。つい半日前に悪役令嬢として断罪された女なのだが。
「だからって、わたくしを代わりにするなんて極端よ。もっと、こう……」
最善策が思い浮かばず、言葉を切る。
せっかくエメラルド国に招いてくれた恩人を責めるのは筋違いだ。
「……いいの? 連れていってと言ったのはわたくしだけれど、こんなことになっちゃって」
「君は俺の婚約者になるのが嫌なのか? 俺は王太子だぞ。地位も権力も欲しいままだし、ルックスもそれなりにいい」
不安げに問う私に、クレオードは先程までと打って変わり、腕を組んで口角を上げる。
輝く金髪に翡翠の瞳、間違いなくイケメンだ。
そういえば、この男はナルシスト気味な性格だった。
セシルが憎いのも、この俺を陥れた上に捨てやがって……という怒りからである。
たしかに、エメラルド国の王太子であるクレオードの婚約者の地位に着くことができれば、この国ではこの上ない待遇を受けることができる。救世主計画も進めやすい。拠点作りという点ではこの上ない提案だ。
それに、正直言って、個人的にクレオードはユリウスのビジュアルよりも好みだし、性格もあの王太子に比べればかなり良い方だ。契約が完了した以上、私を裏切ることもないだろう。私の知る限り、この男は約束はちゃんと守る男だ。
「……まあ、悪くないわね」
私はそう結論付ける。
突然のことに驚きはしたが、これは自分にとっても都合がいい。婚約破棄されてすぐに婚約ってのも変な話だけれど、これも契約だと考えればいい。
私はにやりと笑い、髪を払って明るく言う。
「あなたこそ感謝しなさい。こんなに美しいわたくしの婚約者になれるんだもの」
「相変わらず気丈だな。まあ、俺としても悪くない。メソメソした気弱な女より、君のような強い女の方が何倍も好ましいよ」
クレオードはそう言って顔を綻ばせる。
「でしょう? でも、国王様にはひとつ訂正しないとダメだわ。あなたもパーティーで聞いたでしょう。わたくしは爵位を剥奪されたから、もう公爵令嬢じゃないのよ。ただの平民だわ。身分だけ見たらとてもじゃないけれど釣り合わない」
「そんな些細なことはどうでもいい。自由の国だから、父は許してくれるはずだ」
「そう……寛容なのね」
どうやら、身分制社会の固まったサファイア国とは違い、エメラルド国は制度にも自由な風が吹いているらしい。
「これで、君はこの国で動きやすくなっただろう。最上の地位を得られたんだ。君の素晴らしい魔法能力で、エメラルド国に貢献してくれよ」
「わかったわ。契約が続く限り、わたくしの力はあなたのものよ」
クレオードがそっと私の手を取る。
「よし。改めて、契約成立だな。婚約も」
私も彼の瞳を見据えて、力強く頷いた。
まさか、この男の婚約者になるとは思ってもみなかった。もしかして、私にとってのクレオードルートが始まったんじゃない……? なんて。




